お昼休みと放課後
シスツィーアが学園に入学して、1週間がたった。
クラスメイトもシスツィーアの存在に慣れ、視線を向けることもなくなった。
教師もシスツィーアをいないものとして扱うし、シスツィーア自身も大人しく授業を受けるだけだったから、入学前に思っていたよりも平和な毎日と言える。
けれど、高位貴族のなかで歓迎されていないことには変わりなく、シスツィーアは昼休みには生徒が来ることのほとんどない、裏庭のラーサの樹の近くで過ごしていた。
ベンチに座り、朝から自分で作って持ってきたサンドイッチと飲み物で昼食を済ませ、ぼんやりとラーサの樹を眺めたり、本を読んだりするのが日課だ。
「ここにいたのか」
ラーサの樹を見上げながら、
(もう、花の時期も終わりね)
そんなことをぼんやり思っていたシスツィーアは、声を掛けられ慌ててベンチから立ち上がり礼をとる。
「顔を上げてくれ。学園内でそんなに畏まる必要はないよ」
そう、声の主であるレオリードから言われシスツィーアは顔を上げる。
「座っても?」
頷くと、レオリードはシスツィーアにも座るように促す。
「学園には慣れただろうか?」
「みなさまには親切にして頂いております」
「本当に?」
シスツィーアの返事が気に入らないのか、探るように再びレオリードが尋ねる。
どう答えていいのか、言葉を選びながら
「・・・・・目障りと思われて当然ですが、嫌がらせを受けたりはしておりません」
これは本当のことだ。シスツィーアへは誰も話しかけてこないし、下位貴族であるシスツィーアから話しかけることはできない。もっと上位の、例えば教師から頼まれて話しかけることはあるかもしれないが、今のところそんなことはなかった。
初日に敵意をむき出しにしてきた令嬢ですら、時折シスツィーアへ忌々しそうな視線を向けるだけで、マリナに至っては気にする素振りすらない。
「そうか。なら良いんだ。何か困ったことがあれば言ってくれ。力になろう」
「ありがとうございます」
シスツィーアが頭を下げたタイミングで、レオリードとともにやって来た騎士科の制服を着た男性が声を掛ける。
「お話し中失礼いたします。殿下、そろそろ授業が始まりますので」
レオリードが軽く頷き、ベンチから立ち上がる。シスツィーアも腕時計を見ると、移動しないと授業に間に合わない時間だった。
「では、お先に失礼する」
「お気遣いありがとうございました」
シスツィーアもレオリードが立ち去るとすぐ教室へと向かった。
1日の授業が終わると、シスツィーアは図書館で過ごすことにしていた。
学園にある図書館は、この国で3番目に蔵書量が多いと言われており、授業で使う参考書から少し専門的な本、他国の翻訳された本や恋愛小説などの娯楽小説と一通り揃っている。
学園を卒業したら、シスツィーアはアルデス家を出ることが決まっていた。
だから祖父を手伝い魔道具工房で働くか、城で役人になるかが今のところのシスツィーアの希望だ。
お給料や待遇面から考えるなら役人が一番いいが、女性の役人は少なく、高位貴族も多くいる職であるため、学園と同じように居心地が良いかは分からなかった。
そう考えると、王都を出てほかの街へでるか他国へ行くという選択肢もある。
シスツィーアに魔力の扱いを教えた神官たちは、「神職へ入り医者にかかることができない貧民を助けて欲しい。できれば医師の資格をとらないか?」と言われていたが断った。休みの日にボランティア的に協力するのは構わないが、神職に入る気はなかったし医療系の職も自分に合っていると思えなかったのだ。
それなら、魔道具開発のために魔術科へ進学する方が良い。
この国では、魔道具工房の職人にはランクがあり、国が認めた魔術式を使って魔道具を作るのなら、どこかの工房で3年実務経験を積んだ後、試験を受けて通れば正式な職人となれる。
それに対して、新しい魔術式を使った魔道具を開発するためには、国が認めた機関を卒業する必要があった。魔術式は取り扱いを誤ると暴発する恐れがあるため、一定の知識がないものには開発の許可が下りないのだ。
ちなみに、魔術式は自分の魔力を変換する術のことで、これによって魔道具へ魔力がスムーズに流れ、魔術式が起動すると魔道具が動く仕組みになっている。
シスツィーアは、魔道具を電化製品、魔力を電気と勝手に解釈していた。
祖父の魔道具工房で働いた場合は魔道具職人の資格を取り、既存の術式を使って新しい魔道具を作れないかと考えている。
それなら魔術科へ行く必要はないし、魔道具の扱いに長けていればどこへ行っても職にあぶれることはない。
高等科の選択授業のなかには魔術式に関するものもあるし、どうしても魔術科に進学したいと思えたら、奨学金制度を利用するか働いてお金を貯める選択肢もある。
学生のうちに図書館で目ぼしい本に目を通し、自分で作れそうな魔道具を考えておいて、実用化できそうなら将来的には作って売って。
そうすれば、魔道具職人となっても生計を立てることもできるだろうと考えていた。
けれど、魔道具に関するそれらしい類のコーナーを探すが蔵書量が多く、一冊一冊手に取り内容をざっと見ていくだけでも時間がかかる。
今日で3日目だが、まだ目ぼしい本は見つけられずにいた。
昨日の続きの棚を上から見て行き、しゃがんで下の段を探して立ち上がった瞬間。
シスツィーアはくらっとして、目の前が真っ暗になった。そのままじっとして視界が戻るのを待つ。数秒程度待つと視界がゆっくり戻ってきて、ゆっくりと息を吐く。
(今日はもう帰ろうかしら)
そんなことを考えながら振り返ると、人とぶつかりそうになる。
「すみません、前を見てなくて」
慌てて謝ると、相手は気にした風でもない。
「お気になさらずに。私もちゃんと見ていなかったのですから。お怪我はありませんか?」
「大丈夫です。お気遣い、ありがとうございます。えっと・・・そちらは大丈夫ですか?」
眼鏡を掛けた、アルツィードより少し背の低い男性。ネクタイの色から三年生だと分かり、シスツィーアは思わず「先輩」と呼びかけそうになる。
「ええ。お気遣いありがとうございます。大丈夫ですよ」
そう、穏やかに言われた。
「あなたは・・・・新入生の方ですね。なにかお探しですか?」
「えっと、魔道具に関する本を探してて」
「入口にある新刊コーナーは探しましたか?」
眼鏡の先輩の説明によると、この図書館は卒業生が自分で本を出版した際、一冊寄贈する習慣があり、購入された他の本と一緒にまずは新刊コーナーに並べられる。
「入荷されて三か月たつと、各コーナーに分けられてしまいますから、一度探した場所でも新しい本が入っていることもあります。ですから、新刊コーナーも一緒に見ておくと良いですよ」
シスツィーアへ新刊コーナーの場所も教えながら、アドバイスをする。
「ご親切にありがとうございます。早速見てみますね」
閉館まではまだ時間があるからと、シスツィーアはお礼を言い早速行ってみる。
目当ての者はなかったが、授業に役立ちそうなものがあり、閉館を知らせる鐘が鳴るまで読み進める。
それ以来、図書館で顔を会わせると話すことはないものの、ふたりは会釈する仲になった。
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