夏の嵐 ①
ゴロゴロ・・・ガッシャ―ン!!!!
近くで鳴る雷にシスツィーアの心臓がビクッと跳ね、ぎゅっと目をつぶる。
(怖い)
さっきまでは、よく晴れた夏の空だったのに。
ぎゅっと縮こまって雷をやり過ごす。
(なんで、こんな天気になったの・・・?)
夏季休暇もひと月を過ぎた今日。
学園へ登校するキアルに合わせて、「軽く生徒会の仕事を教えておこう」とレオリードに言われ、シスツィーアたちは学園へ来ていた。アランは学生ではないから、家庭教師と一日お勉強だ。
生徒会の大きな仕事は入学式と卒業式、そして秋の終わりにある『香夜祭』。
この『香夜祭』が生徒会にとってはメインイベントで、夏季休暇が終わると本格的な準備が始まる。そうなると忙しくなるので、今のうちに生徒会の『香夜祭』以外の仕事を説明しておこうと言うわけだ。
そんな生徒会の説明も、午前中には終わってしまい。
生徒会室でそれぞれが持ってきた昼食を食べたあと、「午後からは自由にしていい」とレオリードから言われたシスツィーアは、終わりかけの課題を仕上げようと図書館へ来ていた。
夏季休暇中も生徒へ解放されている図書館だが、今日の利用者はシスツィーアだけなので机の上に資料を広げ、のびのびと課題を進めて時折窓の外を見る。
課題の合間に見る外は、晴れた青い空が広がり夏らしい大きな白い雲もあって、見ていて気分がほぐれてくる。そのまま固くなった身体を、軽く手を伸ばしてストレッチをしたりと、気分転換もしながらサクサク進める。
暑い外とは違って空調のおかげで部屋の中は涼しく、少し肌寒いなと持ってきた薄手のカーディガンを羽織った、ほんの僅かな時間。
ゴロゴロ・・・ガッシャ―ン!!!!
一気に空は暗くなり、土砂降りの雨と激しい雷の音があたりに響き渡ったのだ。
(え・・・?なんで・・?)
ついていた灯りが消え、非常灯の小さな灯りに切り替わる。
(どうして・・・?)
キーン!!
なんの音かは分からないが、耳に響く大きな音。窓の外を見ると、風が出ており樹が激しく揺れていた。先ほどまでとは打って変わって台風の中にいるみたいだ。
(窓の側は、危ないわよね)
そろっと椅子から立ち上がり、恐怖で足ががくがくするのを抑えて移動する。
本棚の間は暗くて、飲み込まれそうで行くのを躊躇う。
(えっと、机の下?)
ガシャ!!
急に大きな音がして、びくっと身体が竦み、思わす制服の胸辺りを掴んでシスツィーアはしゃがみ込む。
急に響く大きな音は、『優愛』の時から苦手だった。
ぎゅっと目をつぶって身体を小さくする。
「・・・・・・・?」
(・・・?)
ふと近くで声を掛けられた気がしたが、雷の音が響き渡りすぐにそちらに気を取られる。
図書館には誰もいなかったし、司書も先ほどシスツィーアに「ちょっと用事を済ませてくるわね。30分くらいで戻るわ」と声を掛けて出て行った。
ガタッ!!
風のせいか何かが倒れる音が響き渡り、おもわずシスツィーアは耳を塞ぐ。
(音、近かったよね?)
夕立にしては風が酷く、雨もやむ気配がない。そもそも、『シスツィーア』になってから夕立やゲリラ豪雨的なものに遭遇したことはない。
雨でも雪でも災害がほとんどない国なのだ。
早く止んで欲しいと、身体を強張らせて耳を塞いでいると
「大丈夫か?」
空耳ではなく、頭のすぐ上から声が聞こえシスツィーアは顔を上げる。
そこには心配そうな顔でシスツィーアを覗き込む、レオリードがいた。
騎士科では領地に帰らない生徒を対象に、夏季休暇中に登校日がある。将来騎士になる者が休み中に羽目を外して、だらけないようにと設けられた日だ。
そんなキアルの登校日に合わせて学園へ来たものの、生徒会の仕事らしい仕事もなく。ひと通り生徒会のことを説明したが、午前中で終わってしまった。
シスツィーアへ「自由にしていい」と言った後、レオリードはキアルと久しぶりに手合わせしようと、訓練場へ向かっていた。途中、キアルが担当教師より呼び出されていたことを思い出し、職員室へ寄って用を済ませる。そのまま訓練場への廊下を歩いていると、急に辺りが暗くなり風も湿り気を帯びてくる。
「来るな」
空を見上げながらキアルが呟く。
毎年夏になると、それまで晴れていたのに急に雨が降る日が何日かある。だいたいは土砂降りの雨が数時間程度だが、2~3年に一度は嵐になる。今日がどちらになるかは分からないが、嵐の際は学園内にある魔道具が不具合を起こすことが多く、特に侵入者を防ぐ結界の魔道具が壊れて、外部からの侵入を許すことがないよう、予め決められた者が持ち場へ行き、魔道具の状態を天気が回復するまで管理することが決められていた。
レオリード、キアル、オルレンの三人は学生だが、将来は国の魔道具を動かすことから実践訓練の一環として、学園内にいた場合は教師と共に持ち場を守ることになっていた。
レオリードは生徒会室、キアルは訓練場、オルレンは図書館が持ち場だ。
(ここからだと、図書館が近いな)
「キアル、オルレンは生徒会室にいたな?訓練場へ行く途中で生徒会室へ寄ってくれるか?俺が図書館へ向かうから、そのまま生徒会室を守るよう伝えてくれ」
結界の魔道具の操作方法はどれも変わらず、設置場所もレオリード達はすべて把握している。
だったら、持ち場にこだわる必要なないと判断し、キアルへ指示する。
ここからだと、キアルが訓練場へ向かう途中に生徒会室がある。少し遠回りになるのは仕方ない。
「わかった。気をつけろよ」
「ああ、キアルも」
すぐに走り出し、図書館へ向かう。薄暗い室内。非常用照明に切り替わっており、本来ならカウンターにいるはずの司書の姿が見えない。
カウンターの内側へ入り、奥にある部外者立ち入り禁止の扉をあけ、更に隠すように作られた扉から中へ入り、設置された魔道具を確認する。
結界も正常に維持され、道具の異常も見当たらない。魔力の残量も今のところ十分にある。
空調装置が止まり、灯りも非常用照明に切り替わったのは、魔力を侵入者排除や結界の魔道具へ優先したからだろう。
隠し部屋から出てカウンターへ戻る。図書館は夏季休暇でも、生徒へ解放されている。念の為に他に生徒がいないか見て回ると、閲覧用に用意された机と机の間に特徴のある金髪が見える。
「シスツィーア嬢?」
声を掛けるが、雷の音にかき消される。
近寄ろうとしたが、部屋が薄暗いために置いてあった椅子に気づかず、足がぶつかってガタッと音を立てる。
その音に驚いたのか、彼女は耳を塞ぎ身体を更に小さくさせていて、レオリードは慌てて近づき声を掛ける。
「大丈夫か?」
レオリードもしゃがみ込むと、シスツィーアがえっ?と驚いた様子で顔を上げレオリードを見る。
「レオリード殿下?どうして・・・?」
こんな天気になったら、図書館の魔道具の状態を確認しに来ることになってると説明すると、
「あ・・・先生は、さっき、用を済ませてくると・・・・」
ちょうど出て行ったあとで、不在なことを教えてくれる。
「立てるか?カウンターの方へ行こう」
レオリードがシスツィーアへ手を差し出し立たせると、そのまま二人でカウンターへ向かう。
いつもならすぐに手を離し距離をとるシスツィーアだが、今日はそんな気を回す余裕もないのか顔を伏せたまま大人しく手を引かれていた。
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