赦されたものと赦すもの
「見つかった!?」
「いえ、まだです」
騎士団の棟に来たアランは、シスツィーアが未だ見つからない状況に苛立ち声を荒げる。
「あと探していない場所は!?」
「この場所を中心に捜索範囲を広げておりましたが、なにぶん範囲が広く」
シスツィーアが行方不明になってから、もう半日。夜が明けたのだから、なにかしらの痕跡を発見できると考えていただけに、なんの手がかりも見つからない状況にアランだけでなく騎士たちも焦り始める。
「ラルド・フォーンは!?」
「城を出てからの足取りはまだ・・・・・・伯爵家にも騎士を向かわせております!」
ぎろりとアランから睨まれ、騎士は背筋を正して答える。
(とっくに伯爵家には誰か向かわせたと思ってたよ!)
ぎりっと奥歯を噛みしめて、「遅い!」と怒鳴りそうになるのを堪える。
騎士たちにしてみれば辞めたとは言え仲間を疑うより、シスツィーアが隙を見て逃げたと思うのが当たり前。
ぐぐっと堪えて、アランは落ち着くために深く息を吸って、ふーっと吐く。
「マーディ」
「アラン!」
「兄上!?」
マーディア侯爵の様子を尋ねようと口を開いた瞬間、バァン!と扉が勢いよく開かれ、レオリードが部屋に飛び込んでくる。
「シスツィーア嬢は!?」
「え!?ま、まだ」
「そうか!状況は!?」
はぁはぁと息を切らせて、レオリードが近くの騎士から話を聞く
アランはレオリードが来たことでドクドクと鳴る心臓を抑え、緊張と動揺とで声がでなくて
「ラン?」
「え!?ご、ごめん・・・・・・・・どうかした?」
レオリードの言葉がまったく耳に入っておらず、アランははっと我に返る。
息はもう整っていて、いつも通りのレオリード
けれど、いつもよりじっと見つめられて、アランは思わず視線を伏せる。
「ど、どうかした?」
「いや・・・・・・・・・・・」
なんの感情も籠らない声
ズキッと心臓に痛みが走って
アランが恐る恐る顔をあげると、レオリードと視線が交わる。
真剣なレオリードの瞳
怒りや憎しみを感じることはなく、少しだけほっとするけれど
コツ
不意にレオリードが動き、アランはビクッと身体を竦める。
視線が外されることはなく、そのまま見つめ合って
ふわ
レオリードの手が伸びて、アランに抱きつく
「え!?」
「良かった」
心からほっとしたと分かる、嬉しそうな声。
「あ、あに」
「マーシャル公の日記を読んだんだ」
レオリードの言葉に、アランの身体が一瞬にして強張る。
「あ・・・・・・・・・・」
あれを読んだのであれば、アランを救うためにレオリードになにをしたのか
「知ったんだよ・・・・・ね・・・・・・」
「ああ。日記は父上に渡してきた」
シグルドの手に渡ったのであれば、じきにここへ調査の命令がくるはず
そんなことをぼんやりと考えて、けれど、それよりも
「あ・・・・・僕は・・・・・・・」
「なにも言わなくて良い」
「でも!」
「な?」
アランから身体を離し、レオリードがまっすぐにアランを見つめる。
本当に嬉しそうに破顔しているレオリードは、いつも通りのアランが尊敬する大好きな兄
アランはじわっと心が、目が熱くなって
「俺はシスツィーア嬢を探してくる。ここは任せて良いな?」
ポンとアランの両肩を叩く。
「う・・・・・・・うん!」
いつもより真っ直ぐに見つめられ、アランが顔を赤くして頷くと、また嬉しそうに笑ってレオリードは飛び出していく
アランは戸惑いながらも、見送って
(兄上・・・・・・・・・・赦してくれた?)
騎士たち、他の者の目があったからかもしれない。
けれど、レオリードの嬉しそうな顔に嘘はなく、アランへの怒りや憎しみなんてどこにも見当たらなかった。
(なんで・・・・・・・・)
じわっと瞳に涙が盛り上がり、慌てて瞬きをして涙を乾かして
「・・・・・・・・マーディア候はどうなってる?」
「はっ」
少し湿った声に、騎士が答える。
騎士の報告によると、マーディア侯は取り調べには応じているが協力的とは言えず、「あの女が近づいてエリックが倒れた。私は関係ない」との姿勢を崩すことがないし、騎士としてもエリックの証言があるとは言え、意識が朦朧としていたことを指摘されては強くは言えず、話は平行線のまま
身体調査も行ったが、犯行に使われた凶器と思われる「針」も所持しておらず、取り調べは難航している。
「これ以上の取り調べは、難しいかと」
「そう」
じきにシグルドから命令が届く
そうすれば、もっと踏み込んだ尋問が行える。
いまは我慢のときだと、アランが手を握りしめたとき
「アラン」
「父上!?」
シグルドの登場に、アランだけでなく騎士たちも驚く。
後ろには騎士団長が付き従い、その後ろには魔道術師団長までいる。
さっと敬礼する騎士たちに、「ご苦労」とシグルドは敬礼を解くように言い、騎士たちひとりひとりと視線を合わせるとおもむろに告げる。
「マーディア侯爵には、禁止されている魔術式の報告を怠った疑惑がでた」
「それは!?」
取り調べ室にいたはずの副団長だが、誰かが知らせたのか扉の前で声をあげて、衝撃のあまり固まっている。
シグルドは副団長へと身体を向けると、「驚きはもっともだ」と同意し、再びアランに身体を向け
「マーシャル公爵邸にてレオリードが発見した、エリック・マーシャルの日記。それに『他者の魔力に干渉する』魔術式の記述が見つかった」
「「!?」」
もたらされた新たな情報に、部屋に緊張が走る。
「日記によれば、マーディア侯爵はその存在を知っていたようだ。よって、これよりマーディア侯爵は『禁止された魔術式隠匿』の罪で取り調べを行う」
「誤魔化そうとしたり、怪しい素振りを見せたらすぐに報告しろ!些細な変化も見落とすな!」
「魔術式に関することだ。魔道術師団も同席する。尋問においても発言を行うので、そのつもりでいるように!」
「「はっ!」」
シグルドと騎士団長、魔道術師団長の言葉に、副団長たちも敬礼で応える。
これからが正念場
そんな引き締まった気持ちの騎士たちのなか、アランが口を開く。
「父上。僕にかけられた『禁呪』は、マーシャル公がかけたものですか?」
静かなアランの問いかけに、騎士たちに今度は動揺が走る。
アランたちは知っている
けれど、まだ公にはしていない
(いまが明らかにするとき)
いまが明らかにする好機だと、アランが口にすると、シグルドはゆっくりと頷き
「恐らくは。だが、公爵はいまだ意識不明の重体。今回の事件については被害者でもあるが、アランに対する『容疑者』でもある。事態を解明するためにも治癒を全力で行うよう、医師長にも指示している。副団長」
「はっ!」
「マーディア侯爵は?」
「マーシャル公については、「自分は目撃しただけだ」と」
「そうか。では、騎士団長、魔道術師団長」
シグルドが騎士団長たちへと向き直ると、ふたりは姿勢を正し
「この件に関してはふたりに一任する。取り調べも」
「お待ちください!」
アランがシグルドの前に進み出る。
真っすぐにシグルドを見つめて、真剣な瞳で
「取り調べは、ぼ、私にさせてください」
「「なっ!?」」
騎士たちがどよめくなか、騎士団長は苦い顔つきをし、魔道術師団長は興味深そうに目を細めて、それぞれアランとシグルドを交互に見る。
「理由は?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
静かに問われて、アランはシグルドに試されていることをひしひしと感じる。
(あの時みたいに、適当に答えたらダメだ)
シスツィーアを探しに行きたいと言ったとき、アランは口をついてでた言葉を利用した。
けれど、今回はそれでは駄目だ。アランの一挙一動を、シグルドだけでなく騎士団長たちも注目している。
王太子とはならなくとも、これまで甘やかされてきたアランが王族として認められるには、ひとつひとつ積み重ねていかなければならない
「マーディア侯爵が隠匿の罪を犯していたのなら、私にも無関係ではないからです」
「そうだな。では、私怨に駆られて過剰な取り調べを行う可能性もあるな」
「そのようなことはしません!」
誰しもが持つであろう疑問をぶつけられて、アランは思わず大声をあげる。
「・・・・・・・教えてもらいました。罪は罪ですが、その理由も理解することなく、私情に囚われて糾弾するのは愚か者のすることだと。マーディア侯爵がなぜ黙っていたのか、彼なりの理由があるはずです。その理由を知らないうちから、私怨に駆られ大切なことを見落とす愚かなことは、したくない」
まだ、マーディア侯爵がなぜ黙っていたのかは、なぜレオリードの身を危険に晒したのか、その理由は明らかになっていない。
アランが望んだことではなかったけれど、結果的にアランのせいでシスツィーアを、レオリードを傷けることになった。
それでも、ふたりともアランに憎しみを向けることはなくて、むしろ優しく気遣ってくれた。
(公爵だって、「罪を憎んで人を憎まず」って言ってた)
マーディア侯爵へ怒りの感情を持つのは、憎しみを持つのは、すべてが明らかになってから
(そして、できれば赦したい)
余計な私情を交えることなく
犯した『罪』だけに『罰』を与えたい
「決して、マーディア侯を罪人だと決めつけた取り調べを行わないと誓います。ですが、自分にかけられた『禁呪』に関わることなら、自分の手で調べたい。どうか、お願いいたします」
シグルドに向かって、深々と頭を下げる。
シンと静まり返った部屋のなかに、更に緊張感を孕んだ沈黙が落ちて
「・・・・・・・・・よかろう」
「っ!」
ばっと顔を上げると、シグルドが微かに笑みを浮かべている。
「騎士団長、魔道術師団長」
「「はっ!」」
「すまないが、アランディールのことを頼む。マーディア侯への過剰な取り調べが起こったときには、部屋から叩き出して良い」
「邪魔だと判断したときにも、よろしいでしょうか?」
「良かろう。本人が気付かぬうちに、捜査の邪魔をしてしまうこともあろう。だが、ことは慎重を要する。アランがマーディア侯爵に冤罪を掛けようとするなど、捜査の邪魔になると判断したときには、すぐに知らせよ。むろん、捜査から外すことも許可する」
「「はっ!」」
魔道術師団長が真面目な顔で確認すると、隣では騎士団長がきょっと目を剥き慌てふためくが、シグルドは咎めることなく可笑しそうに笑いながら、あっさりと許可を出す。
「私は城に戻る。アラン」
「はっ、はい!」
及第点はもらえたと、ほっと胸を撫で下ろしていたアランははっと背筋を正す。
シグルドはアランに歩み寄ると、その肩をポンと叩き
「励め」
「っ!はい!」
期待していると言うように真っ直ぐに見つめられ、アランも応えるように頷いた。
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次話は5月13日21:00の投稿予定です。
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