序曲 ④
(ただ、見舞うだけだ・・・・・・)
レオリードが連れ帰ったシスツィーアが目覚めたのだから、レオリードが見舞うことは不自然なことではない。
それなのに、レオリードはシスツィーアの部屋の前で、見舞いの花を持ったまま立ち尽くしていた。
アランがいない今なら、シスツィーアと話せる。
そう思う一方で、心のなかには会うことへの恐怖も広がっていて
あの日、シスツィーアとアランの手を繋いだとき
眩しすぎるほどの白い光
目を瞑っているのに、眩暈を起しそうなほど輝いていて、レオリードも光に包まれた。
「なん・・・・・だ?」
どれだけの時間が経ったのかわからないが、光がおさまり、恐る恐る目を開け視界が戻ると、ルークが呆然とふたりを見下ろして呟いた。
レオリードにも何が起こったのかは分からないから、ルークへ答えることは出来ない。
けれど
(あの光は・・・・・・あの日の・・・・・)
レオリードの部屋でレオリードの持っていた『護符』が消えて、アランが倒れたときの眩い光
直感だが、同じものだと思えた。
「ん・・・・・・」
微かに声が聞こえて、レオリードが慌ててベッドの側に跪く。
アランの表情はまだ眉間にしわが寄っているけれど、さっきまでと比べて呼吸は穏やかだ。
(良かった・・・・・・シスツィーア嬢は)
シスツィーアの頬には赤みが差し、胸が微かに上下している
レオリードがそっと手を取ると、さっきまでの凍えそうなほど冷たさとは違い、ほんのりとしたあたたかさを感じて
「良かった・・・・・・!」
安堵のあまり、レオリードは握ったままの手にさらに力が籠る。
ぱきっ
小さな音がして、シスツィーアの腕に付けられていた魔道具がベッドの上に転がる。
首元を見れば、チョーカーは原型を留めないほど、粉々に砕かれていて
「外れたな・・・・・・」
ルークはアランとシスツィーアを診て、異常はなさそうだと、ひとまずは安心だと肩の力を抜く
「本当に・・・・・・良かった・・・・・・」
泣きそうになりながら、レオリードは握った手に縋りつき
(もう、大丈夫だ)
これから先、どうなるかは分からないけれど
最悪の事態は回避できたのだと、心から嬉しかった。
それが
(迷惑・・・・・・だろうか・・・・・・・)
魔道具の事故のときのように、シスツィーアの目覚めを自分の目で確認したい。
けれど、あのときのように衝動的に部屋に入ることはできずにいる。
「レオリード殿下」
「あ、ああ」
扉の前で立ち尽くしたままのレオリードへ、護衛騎士が声を掛ける。
レオリードは城へ戻った日から、たとえ城内であっても護衛騎士を側に置くようにと、シグルドに命じられていた。
当然「キアルがいるから」と断ったのだが
「キアルにも護衛を付けることになった。しばらくの間は、お前の護衛に付くことはできない」
そう言われては、逆らえるはずもなく
意を決して、静かに扉を叩く。
コンコンコン
しばらく待ってみたが、返事はなく
「・・・・・・・・失礼する」
レオリードは扉を開けて、部屋へと足を踏み入れる。
部屋はそう広くなく扉からでもベッドが見えるし、誰かが眠っている姿も
本来のレオリードなら、眠っている女性の部屋に入るなど非常識だとするはずもない。
けれど、いまは眠っているシスツィーアとなら言葉を交わす必要もないと、逆にほっとしていた。
レオリードは足音を立てないようにそっと近寄ると、シスツィーアは眠っていて
(良かった・・・・・・・・)
少しずつだが、身体も動くようになったと、食事も自分で採っているとも聞いていた。
それでも、自分の目で確かめたいとの想いが消えることなく膨らんでいたが、シスツィーアが無事でいると確かめたことで落ち着いて
静かにその場を離れ、持って来た見舞いの花をテーブルにある、昨日贈った花が生けられている花瓶へとさす。
今日の花は、オレンジがかったピンク色の可憐な花。
シスツィーアへ届けている花は、毎朝レオリードが選び、自分で摘んでいる。花の名前は知らないが、全てシスツィーアを思い浮かべて選んでいた。
(これで・・・・・良いか?)
昨日の花は、かすみ草のような白い小さな花。そこへ慎重に今日の花を差し込んで
なんとか綺麗に飾ると、レオリードは部屋を出る前に、最後にシスツィーアの側に寄る。
ぐっすりと眠っていて、目覚める気配はないけれど
穏やかに眠る表情は、魔力不足のときを連想させることなはい。
(そうか・・・・・・もう、魔力は・・・・・・・)
いまのシスツィーアは回復のために眠っている。
ほんの数日前の、魔力が足りなくて意識を失っていたときとは違う。
そのことは喜ばしいはずなのに、その手を取る必要がなくなったことに一抹の淋しさを感じて
そのことに罪悪感を覚えて後ろめたく思いながら、レオリードは部屋を後にした。
最後までお読み下さり、ありがとうございます。
次話は1月14日投稿予定です。
お楽しみいただければ幸いです。




