儀式
建国記念の儀式で使用される部屋は、男性王族のみが入ることの許された部屋。
『女神の部屋』と同様、『扉』には術が施されていて、当代の国王にしか開くことはできず、王族以外が扉をくぐろうとしても弾かれてしまう。
シグルドは薄手の毛布にくるまれたアランを抱きかかえるようにして、部屋へと入った。
「・・・・・・・・この辺りだな」
シグルドは天井と石畳を交互に確認すると、部屋の中心にアランを寝かせて、自身も隣で片膝をついて跪く。
「・・・・・・・・・・」
アランはすでに呻き声をあげる力すらなく、激痛で気を失うことも出来ないまま、ぼんやりする視界でシグルドを見つめていた。
「・・・・・・・・・・・・」
シグルドの口が動いているから、何か呟いているのは分かるが、何を言っているのかは頭に入ってこない。
ふわり
風が吹いた感覚がして、アランの火照った身体を抜けていく
(な・・・・・に?)
薄暗かった部屋に光が差し込む。
石畳の紋様が淡い光を帯びて浮かび上がると、そのままシグルドを通り抜けて、天井へと吸い込まれるように消えていった。
もちろん淡い光はアランの身体も同じように通り抜け、そしてそのときに、アランは魔力が光へと吸い込まれていき、身体のなかから溢れ出る魔力がおさまったのを感じる。
「どうだ?」
「・・・・・少し、楽になりました」
両手を石畳について、アランは身体を支えながらゆっくりと起き上がる。
(『女神の部屋』に似てる)
見まわした部屋は『女神の部屋』より広い。
床は石畳が敷き詰められて、壁はアランの腰より下は細い飾り模様のフェンス。
天井と壁の上側は、青や藍色などの落ち着いた色合いのステンドグラスでできていて、差し込む陽の光に反射して、石畳のうえでは柔らかい光が揺らめいているし、床に描かれた紋様も、天井のステンドグラスの模様も『女神の部屋』で見た紋様と似ていて、模して造られたのだと分かる。
違うのは、『女神の部屋』のようにアランの身体がぽかぽかとすることがないこと
だんだんとアランの呼吸が落ち着いてきて、シグルドはほっとしたように肩の力を抜くと、今度はアランを部屋の隅へと移動させて、壁にもたれるように座らせる。
「ありがとうございます」
掠れた声でアランが礼を言うと、シグルドは頷いて躊躇いがちに隣へと腰を下ろす。
アランからの拒絶があったからか、人が一人座れるくらいの間隔があいている。
「・・・・・・・・・・」
シグルドへことの真相を尋ねなければと思うけれど、アランはまだ座位を保つだけでやっと
大きく深呼吸をしながら、なんとか身体を整えようとするけれど
「・・・・・・さっきのが、『建国記念の儀式』だ」
沈黙が耐えられなかったのか、シグルドがぽつりと呟く。
「え?」
「床から光が湧きあがって、天井へと吸い込まれただろう?」
「はい」
「我ら男性王族の魔力を『女神』へと捧げることで、『女神』は初代国王の血を繋ぐ者の存在を認知し、そしてまた国民へ『祝福』を授けてくださる。そのための『建国記念の儀式』だ」
女神が愛した初代国王。
その血を繋ぐ者がいる限り、女神はこの国を『加護』し『祝福』を授けてくれる
「建国当初より使われている『国を護る』魔道具が、我らの魔力でしか動かないのも同じだ。初代国王が興した国だからこそ、『女神』は加護して下さる。彼の存在を感じることができ無くなれば、『女神』はこの国から去るだろうとさえ言い伝えられている」
「なぜ・・・・・ですか?」
「さあな。記してある文献があっても良さそうだが、時とともに失われたのか。どちらにせよ、口伝はそこまでだ」
シグルドはゆるく首を振る。
また気まずい沈黙が降りるかと思ったのだが
「・・・・・・・先ほどの、父の望みかと尋ねたことだが」
「・・・・・・はい」
アランの呼吸が落ち着いたと判断したのか、シグルドがアランへと向き直り
「お前が苦しむのを、望んだことはない」
「ええ。それは分かっています」
きっぱりと言い切るシグルドは真剣な目をしていて
アランも父からの愛情を疑ったことはなかったから、すぐに頷く。
「では?」
「・・・・・・・・・・・・・・」
なにから話したらいいのか分からず、アランが視線を彷徨わせると
「シスツィーア嬢・・・・・・彼女から魔力をもらっていたのか?」
「・・・・・・・・・はい」
どこか震える声で尋ねるシグルドへ、さすがにこれ以上隠すことはせずにアランは頷く。
「僕は彼女から魔力をもらうことで、魔力不足から解放されていた。彼女がいなくなれば、また魔力不足になると思っていたのですが」
「シスツィーア嬢と魔力性質が同じだったということか?」
「・・・・・・・たぶん」
エリックの『おまじないの護符』が原因でシスツィーアと繋がったが、魔力性質が同じだったから繋がったのかは、誰にも分からない。
(僕の魔力が・・・・・・)
アランの魔力がここまで多いのだから、シスツィーアの魔力なんて塗り
(え?)
浮かんだ考えに、ひやりと背筋が冷たくなる。
(・・・・・・それって)
アランの膨大な魔力がシスツィーアへと流れていた。
それは、シスツィーアの魔力を塗りつぶすほどの量。
(もしかして・・・・・僕の魔力が・・・・・・・)
アランの魔力がシスツィーアの魔力を飲み込んで、アランの魔力性質と同じだと錯覚させていたのなら?
それなら、アランの魔力がなくなったシスツィーアは、どうしているだろう?
「アラン?」
「え・・・あ・・・・」
急に黙ったアランへ、シグルドが心配そうにのぞき込む。
その姿は、その顔つきはレオリードによく似ていて
「あ・・・・・・・・」
「どうかしたのか?」
不思議そうに首を傾げるシグルドへ、尋ねなければならないこと
もうひとつあった、アランにとって避けて通ることのできない・・・・・・・
「・・・・・・・・・父上は、ご存じだったのですか?」
「なにをだ?」
「マーシャル公の『護符』のことです」
些細な変化も見逃さないようにと、アランはシグルドをじっと注視する。シグルドは首を傾げていたものの、すぐに思いだしたのか「ああ」と頷く。
「レオリードがエリックに頼んでもらった『護符』のことか?たしか、ミリアリザに許可をもらったと」
「はい。その『護符』の意味を、ご存じでしょうか?」
(これまでの、父上にはおかしなところはない)
シグルドの口調はいつも通りで、なにかを隠す素振りも見当たらない。もっとも、アランが気付かないだけかもしれないが
ドクリドクリと心臓の音がうるさく鳴り、こめかみにはツーっと汗が流れる。
「いや。アランの魔力過多を和らげるものとしか聞いていないが」
「・・・・・本当ですか?」
「ああ」
アランから視線を逸らすことのないシグルドは、嘘を言っているとは思えない。
ふーっとアランは詰めていた息を吐く。
(良かった)
シグルドがレオリードを犠牲にしようとしていたのではないと分かって、アランは大きく安堵して
「どうかしたのか?」
「実は」
「陛下!アランディール殿下!」
アランが説明しようとした矢先、激しく扉が叩かれたかと思うと
バアン!!
本来ならシグルドにしか開くことのできない扉が開かれ
「申し訳ないが、すぐに部屋を出ていただきたい」
焦りを隠すことなく、エリックが叫んだ。
最後までお読み下さり、ありがとうございます。
次話は明日1月2日の夜に投稿予定です。
お楽しみいただければ幸いです。




