傷つけたもの ②
「シスツィーア嬢」
「っ!」
レオリードが優しくシスツィーアの名前を呼びながら、シャツを掴んだシスツィーアの手に自身の手をそっと重ねる。シスツィーアは弾かれたように身体をビクッと震わせて
「す・・・すみません」
「いや。急に考え込んでいたが、なにかあったのだろうか?」
戸惑いながらもシスツィーアを気遣うレオリード。手はシスツィーアに重ねられたままで、伝わってくるあたたかさがくすぐったくて、シスツィーアはかぁっと顔を赤らめる。
「すみません、その、失礼を・・・・・・・」
「いや、かまわない」
アランの手を振り払ったみたいにはできなくて、シスツィーアはシャツから手を離してそっと引く。もともと握られていたわけではないから、スルリと手は離れて
手にあったあたたかさは離れてしまったけれど、いつの間にか身体の震えはとまっていて、いつもと変わらずにシスツィーアを気遣ってくれるレオリードにほっとする。
(考えすぎよ・・・・・きっと)
こんなに優しい人に「犠牲になれ」だなんて、そんな残酷なことを出来る人なんていない
ぎゅっと両手を握りしめるシスツィーアへ、キアルと話し込んでいたルークが声を掛ける。
「嬢ちゃん、弟王子の急変はオレたちが王都を離れた日だ」
「王都を・・・・・」
「アイツとの面会中らしい」
ルークから教えられて、シスツィーアは人目もはばからず、また考え込む。
(城に行くとは聞いていたけれど、まさかアランと会っていたなんて)
あの日、城に行くとは聞いていたけれど、何をしに行くかまでは聞いてなかった。
アランがエリックを呼び出したのなら、シスツィーアに、『護符』に関係することかと思うけれど
(公爵が、アランになにかしたのかしら・・・・・)
アランの急変はエリックと関係がありそうだけれど、ロイやラルドといった護衛騎士だっているし、なにかしたとすぐにバレるような、危険なことをするとも思えない。
シスツィーアにつけた『魔力を受け取らない為の魔道具』。その効果が表れたのが4日前なのだろうか?
それとも
(マリナさまからの・・・・・・・)
そっとチョーカーを触る。ルークから王都を出た日からのことを教えてもらって、この魔道具が『人の持つ魔力へ干渉するもの』には間違いないと思っている。
どちらかの魔道具、それともふたつの魔道具。両方が作用して、アランにも影響が出たのかもしれない。
どちらにしても、魔力が飽和状態だなんて聞いた事がない。
優愛のときの全身の痛みが蘇って、シスツィーアはぎゅっと目を瞑り、握った両手にも力が入って
(そうよ・・・・わたしが『奪っていた』のに『歪みが正された』のなら、当然そのことも考えておくべきだったわ・・・・・・)
エリックが予測していなかったとは思えない。
アランの状態はエリックの予想の範疇
それだけは、間違いない
エリックと「取引」したことが悔やまれて、逃げ出さなかったことに後悔しかないけれど
「アランは・・・・・それまでは、何か変わったことは」
シスツィーアが恐る恐るレオリードたちに尋ねると、3人は顔を見合わせて
「さっきの、続きだが」
「はい」
レオリードが躊躇いがちに口を開く。
こくっとシスツィーアの喉がなって、無意識のうちに腕輪を触っていて
「アランは『女神の部屋』へ入ることができなかった。『扉』を開くことが出来なかったんだ」
「まさか!」
思わず口を両手で覆い、シスツィーアが叫ぶ。
(うそよ・・・・・そんな・・・・・)
血の気が引いた顔で、カタカタと震えるシスツィーアだけれど、緊張感を孕んだレオリードの声が追い打ちをかける。
「君は・・・・・・『女神の部屋への扉』を、開けるのだろうか?」
「え?」
「アランだけでは、アランひとりでは『扉』を開くことはできない・・・・・・アランはそう言っていた」
レオリードからの言葉が信じられなくて、シスツィーアは両目を見開いて
「な・・・・・・んで・・・・・」
「君は『扉』を『開くことができる』、アランの為に黙っていたのだろう?」
ちくりとシスツィーアの心が痛んで、目にはまた涙が溢れて
「正直に答えて欲しい。君とアランの秘密」
「っ・・・・・・・」
「君の知っていることを、話してくれないか?それが、アランを救う手立てになるかも知れない」
真っすぐにシスツィーアを見るレオリードは、どこか悲し気だけれど、アランを心配する必死さも伝わってきて
静かに、涙がシスツィーアの頬を伝う。
(アランを・・・・・・・・)
アランを救う。レオリードたちはそのために来たのだと
シスツィーアの心のなかに、ほんの少しだけ寂しさが芽生えて
けれど、シスツィーア自身がそれに気づくことはなく、必死に涙を拭って答える。
「わから・・・・・ないん・・・・・・・です」
「シスツィーア嬢!」
「キアル!シスツィーア嬢、分からないとは?」
キアルが非難めいた声をあげるけれど、レオリードがそれを制して
「わた・・・・・しは・・・・・『扉』、開けて・・・・・」
「父たちの前で『扉』が開かなかったのは聞いている。あれは『開けなかった』のではなく、『開くことをしなかった』のだろう?」
「は・・・・・・い・・・・・」
こくりと頷く。
「それなら」
「わたし・・・・・・それからも・・・・・・・試して、ないんです」
シスツィーアの言葉に、レオリードたちに衝撃が走る。
「んな・・・・・わけ」
「シスツィーア嬢。『扉』は、たしかにアラン以外が開いた痕跡があるんだ。君でないなら・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
キアルは信じられないと呆然とし、オルレンも驚きのあまりシスツィーアを凝視している。レオリードもシスツィーアが開いたと考えていたから、シスツィーアの言葉に困惑するしかなくて
けれど、シスツィーアはそれ以上話すことは出来なくて、そっと目を伏せる。
そんなシスツィーアたちを、ただひとりルークだけが黙って見つめて
「シスツィーア嬢!教えてくれ!開けた者に・・・・・心当たりは」
「っ・・・・・・」
「知っているなら!」
レオリードから両手で肩を掴まれて、必死な姿に、それ以上黙っていることは出来なくて
「・・・・・・・・マーシャル、公爵・・・・・・・彼が」
「「マーシャル公!?」」
キアルとオルレンの声が重なる。
「な・・・・ぜ?彼が・・・・・・・」
レオリードも信じられないと、愕然とした表情でシスツィーアを見つめて
「・・・・・アランに、会わせてください」
ぽろぽろと大粒の涙を流しながら、シスツィーアは口を両手で覆って
「お願いします・・・・・会わせて」
そう、懇願した。
最後までお読み下さり、ありがとうございます。
次話は11月25日投稿予定です。
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