恐ろしい考え
「約束?シスツィーア嬢、それは」
レオリードが呟くも、シスツィーアの耳には届いてなくて
「嘘を・・・・・わたしに言ったのは嘘だったの!?」
「落ち着け、嬢ちゃん」
「アランは、いつも通りだって・・・・・・それなのに・・・・・どうして!?」
「どういうことだ!?」
信じていたのにと、裏切られた思いでシスツィーアは涙を零しながらルークを問い詰める。けれど、ルークが答えるよりも早く、キアルがレオリードを押しのけて
「シスツィーア嬢!「約束」とはアランに関係することだな!?一体どういうことだ!?」
キアルはシスツィーアを無理やり自分の方へ振り向かせる。その俊敏な動きは、いつかの夏の終わりより騎士らしく、そして
「場合によっては、王族への反逆行為。拘束させてもらう」
「っ!・・・・・・ちが・・・・・」
シスツィーアへ向けられるのは、あの日とは違って冷ややかな咎人に向ける視線
誤解されることを言ってしまったと、シスツィーアは顔を青くするけれど
「騎士の兄ちゃんも落ち着け。嬢ちゃんはアンタらを裏切ることはしてねぇ」
「では、釈明を」
オルレンもレオリードを守るように、シスツィーアとレオリードの間に立つ。
「シスツィーア嬢。我々とて、貴女がアランディール殿下を害するとは思っておりません。ですが、貴女の今の発言は看過することはできません。釈明を」
キアルほどではないにしろ、オルレンからも疑いの目を向けられて
(どうしよう)
シスツィーアがしたのは、正確には「約束」ではなく「取引」
けれど、エリックは「アランを支持する」とシスツィーアに言ってくれた。
シスツィーアが大人しくエリックに従うことへの見返りだと思っていたし、なにより『歪み』を正すことがエリックの目的なら、アランを害することはないとそう思って
「え・・・・・?」
ふと、シスツィーアの脳裏に
『幼いときの僕は『魔力が多くて寝たきり』だったんだ』
(そうよ。幼いころのアランは、魔力が多くて・・・・・・それで)
魔力が多くて苦しんでいたから、レオリードはエリックに頼んで『護符』を貰ってくれた。
(アランの魔力不足は『護符』のせい・・・・・けれど、それは)
魔力が多いアランを救うための『護符』で、そしてその『護符』があったからこそ、アランは魔力過多から救われた。
(魔力不足なのは・・・・・・・意図的にではなくて、結果としてそうなってしまったのなら?それなら、本当にアランを救うための『護符』だったのなら・・・・・・・・・)
幼いアランには多すぎる魔力を、アランの為に身体から出すための『護符』
身体に見合った魔力を保有することで、アランは苦痛から解放される。
(アランは、魔力不足で苦しむ必要はなくて・・・・・・健康に)
アランは普通の人と同じように成長して、そして、王位を目指せるはずだったのに、『護符』が思った以上の働きをしてしまった。
(それなら)
それなら、エリックが望んだ働きをしていなくて、意図せずに生じた『歪み』を正そうとして当然だ。
「シスツィーア嬢?」
いつの間にか、レオリードがキアルやオルレンを押しのけて、ぺたりと地面に座っているシスツィーアの前で跪いている。
キアルもオルレンも、急に黙ってしまったシスツィーアに訝しそうにしているけれど、シスツィーアは考えに没頭してしまって
「おい、弟王子が急変したのはいつだ?」
「あ?えーっと、3日、いや4日前だな」
「・・・・・オレたちが王都を出た日か」
「ああ」
ルークとキアルのやりとりも、シスツィーアの耳には入っていなくて
「シスツィーア嬢?」
再度のレオリードの呼びかけに、シスツィーアはぎこちなく顔を上げる。
シスツィーアを責める瞳ではなく、心から心配していることが伝わるような、安心感を与えるようなまなざし。
(じゃあ、レオリード殿下は・・・・・?)
レオリードを見つめ返しながら、シスツィーアはぼんやりと思考を巡らす。
エリックはきっと、『余分な魔力』だけをレオリードに流れるようにしたかった
アランを救うために、アランの負担でしかない魔力をレオリードに
(え?)
また、ふと頭に浮かんだ考えに、シスツィーアは冷たい水をかけられたようになって
(『護符』は、アランを救うためのもの・・・・・・・・それなら、レオリード殿下は?)
アランの魔力をレオリードへと流したら、今度はレオリードが魔力過多になってしまったかもしれない。
(殿下が・・・・・・・苦しむことに・・・・・・)
シスツィーアは大丈夫だった。けれど、それはきっと偶然大丈夫だっただけで、レオリードが大丈夫な保証はどこにもない
(レオリード殿下が)
レオリードがアランのように寝たきりになった可能性は、十分にある
「あ・・・・・・・・」
呆然とレオリードを見上げる。
瞳に溢れていた涙は、いつの間にか乾いていて
「シスツィーア嬢?」
シスツィーアを気遣う、レオリードの優しい声とまなざし
ぞわっと、シスツィーアは全身に鳥肌が立って
「あ・・・・・・」
レオリードを王位につけるために、レオリードに魔力が流れるようにしたのだと、アランもシスツィーアも思っていた。
けれど、それは思い込みで
(アランを王位につけるために・・・・・・・レオリード殿下を・・・・・)
アランの為に、レオリードを犠牲にする
その為の『護符』だったのだとしたら?
カタカタといつの間にか全身が震えて
「っ!」
恐ろしい考えを振り切るように、レオリードを見上げる。
シスツィーアを見下ろすレオリードからは、困惑や戸惑いが伝わって
「なん・・・・・・・で・・・・・・・」
「シスツィーア嬢?」
震える手を伸ばして、ぎゅっと、シスツィーアはレオリードのシャツを掴む。
「ちが・・・・・・そんなこと・・・・・・・・」
肩を震わせながら、シスツィーアはレオリードを見上げる。
レオリードは、シスツィーアの知るいつものレオリードで
魔力過多で苦しんでいるようにも
アランの為に犠牲になることを、望まれているようには見えなくて
(・・・・・・・っ!)
こんな恐ろしい考えは、きっと間違い
浮かんでしまった恐ろしい考えを、シスツィーアは早く振り切ってしまいたかった
最後までお読み下さり、ありがとうございます。
次話は11月23日投稿予定です。
お楽しみいただければ幸いです。




