再会
日が暮れて、今日はこれ以上の移動はナシだとルークに言われたレオリードたち。
キアルとオルレンは馬を休ませるために、水をやったりブラシをかけたりと世話をしていて、ルークは野宿の準備を始めている。
レオリードも手伝おうとしたのだが、シスツィーアへ水を飲ませろとルークに言われて、敷物へと寝かせたシスツィーアのところへと向かう。
あれから目を覚ますことのないシスツィーアを、敷物を敷いてあるとは言え、土の上に寝かせたくはなくて
レオリードはシスツィーアを抱き上げると、敷物の上に座り樹に背中を預ける。
膝の上にのせたシスツィーアへ、そっと唇を開いて水玉を入れると、眠ったままでも「こくっ」と微かに喉が動いて
レオリードはほっとすると、シスツィーアが少しでも楽なようにと姿勢に気を付けながら、水玉をまた一つ口に入れる。
腕のなかにいるシスツィーアは、レオリードが思っていたよりも小さくて、軽くて、大丈夫かと不安になるけれど、『ここにいてくれる』安心感もあって、シスツィーアを支える手には自然と力が入る。
さっき、馬を走らせているときにバランスが崩れそうになり、レオリードが慌ててシスツィーアの姿勢を治すと、シスツィーアの手が微かに動いてレオリードのシャツを掴んだ。
力は入っていないし、ほんの少しだけ手が動いたように見えただけだから、見間違いかもしれない。
それでもレオリードの心のなかは、じんわりと温かくなって
ずっと食事をしていないからか、青白い顔で微かに唇を開けて呼吸しているシスツィーア。
レオリードは目を離せなくて、飽きることなくシスツィーアを見つめ続ける。
昼にルークが魔力を流したから、チョーカーも腕輪も石の色は透明。
それでも心配で、今日はもう眠るだけだからと
(魔力を・・・・・)
『息を吹き込むようにして、魔力を流せばいい』
ルークの言葉が蘇り、吸い込まれるようにレオリードはシスツィーアに唇を重ねる。
(ゆっくりと、そっと)
微かに開いた唇へ、魔力を流す。
こくり
シスツィーアの喉が嚥下するように鳴って、重ねたままの唇が小さく動いて、レオリードの魔力がシスツィーアに飲み込まれたのが分かる。
(もう一度)
今度は微かに開いた唇を、もう少し開いて
先ほどとは違い、深く唇を重ねて
「ん・・・・・・」
シスツィーアから甘やかな声が溢れて、微かに身じろぎするけれど、レオリードは離れることなく魔力を流す。
こくり こくっ
またシスツィーアの喉が鳴って
「ん・・・・・・・・」
レオリードとシスツィーアの間にあった、シスツィーアの指先が小さく動いて、レオリードのシャツを掴む。心なしか頬に赤みが差したようにも見えて
思わずレオリードの頬が緩み、蕩けるような笑みを浮かべる。
(もう一度・・・・・・・・・)
シスツィーアの姿勢を少しなおすと、レオリードはまた魔力を流そうとして
「そこまでだ」
惹き寄せられるように、吸い込まれるように唇を重ねようとしたレオリードに、キアルがさすがにストップをかける。
「それ以上は、犯罪だ」
キアルは怒っていると言うより、恥ずかしさから顔を真赤にして、レオリードの額に手をやりシスツィーアから顔を離す。
「いくら生死がかかってるとは言え、気を失ってるときに襲うとか、なに考えてんだ」
「なっ!襲ってなど」
「相手の合意なくすることでもないだろ!」
顔を上げればオルレンも気まずそうにレオリードから視線を逸らすし、ルークに至っては「若いな」とにやにやと楽しそうに見ている。
まさかキアルたちに見られているとは思わず、レオリードも顔を真っ赤にして反論するけれど、シスツィーアの合意を得ていないのだから説得力は全くない。
「嬢ちゃんが目を覚まさなくて良かったな」
「っ!ルークこそ」
ルークこそシスツィーアを組み敷いていたではないかと反論するレオリードだが、
「あ?オレのは人助けだろ。ついでに言うなら、アンタのは」
「っぅぅぅぅぅぅぅぅ!分かっている!」
ルークがシスツィーアを組み敷いていたように見えたが、実際は胸の傷を治癒していただけ。単なる医療行為で必要なことだったと納得したし、そこに邪な思いがないことは分かっている。
むしろ問題なのはルークではなく、レオリードの行為。
いくら魔力をシスツィーアへ渡そうとしたとは言え、さっきと同じように手から流せばよかっただけのこと。
なぜ口づけたのは、レオリードにも分からない。
気を失っている女性に、勝手に口づけるなど紳士のすることではない。
レオリードだって普通なら理性が働くはずなのだが・・・・・・・
(それだけ・・・・・・惹かれているのだろうな)
シスツィーアへの想いを自覚してから、まだ数時間。
けれど、レオリードは『愛おしい』という想いが抑えきれなくなっていた。
「なあ。嬢ちゃんを連れて行くのは城か?」
火を焚いて囲みながら、ルークが手早く作った温かいスープと炙ったベーコンにパン。
そんな簡単な食事を摂りながら、ルークは行き先を確認する。
予定通りに進めば、明日の夜には王都郊外に着く。無理にでも王都に入るか、それともあと一泊野宿をするか微妙なところで、考えるための質問だった。
「ああ。一刻も早くシスツィーア嬢を治癒したい。何か問題でも?」
「いや。夜中でも城に入るのは可能か?」
「レオンがいるから問題ないと思うぜ」
「となると、明日は」
ルークが地図を広げて考え始めると、オルレンがこそっとレオリードに尋ねる
「彼の処遇はどうなりますか?」
「・・・・・わからない」
レオリードはゆっくりと首を横に振る。
シスツィーアを探しに来たのは彼女を『保護』する為であって、王都を出たときにはこんな状況は想定してなかった。
シスツィーアのこの状態は、誰かが意図的にシスツィーアを傷つけようとしているとしか思えなくて
(やはり・・・・・・マリナ、か・・・・・・?)
シスツィーアを傷つけたい人物なんて、レオリードにはマリナしか思い浮かばない。
それに、シスツィーアと反比例するように魔力が飽和状態になったアラン。
アランがなぜ急にあんな状態になったのかも分からないままだし、シスツィーアが『女神の部屋の扉』を開けるのかもはっきりしていない。
謎ばかりがレオリードの前に積み上げられ、そしてその全ての鍵を握っているのはシスツィーア。
だから、レオリードにもルークが今後どうなるのか見当もつかなくて
(ルークからも話を聞くべきだが)
ルークにも詳しい話を聞くべきだと分かっているが、話を聞いて、シスツィーアを救うために力を貸してくれているルークを、処罰するようなことは避けたくて聞けずにいるのだ。
(君が、目覚めてくれたら)
敷物の上に寝かせたシスツィーアへと手を伸ばし、そっと手を取る。
「おい、もう魔力は流す必要ねぇぞ」
「分かっている」
まだ城までは距離があるから、ここでレオリードが無理をして足を引っ張るわけにはいかない。
それでも、シスツィーアに少しでも触れていたくて、そっと手に口づける。
「ん・・・・・・・・」
ぴくり
シスツィーアの瞼が動いて
「シスツィーア嬢!?」
慌ててシスツィーアを抱き起して、必死に呼びかける。
「どけ!」
このまま目を覚まさせようと、ルークがシスツィーアの口に何か流し込み
「お・・・・・みず・・・・・・?」
「気が付いたか!?」
ぼおっとした視線がレオリードに向けられる。
完全には目覚めていないが、意識を取り戻しそうで
口の端からはルークが飲ませたものがつーっと溢れて、レオリードは慌てて手で拭う。
また瞼が閉じられようとして
「駄目だ!」
シスツィーアの手を握りしめて、身体を揺さぶって
必死になって呼びかける。
どれくらい、それを繰り返しただろう
「レオ、リード・・・・殿下・・・・・?」
まだぼんやりした視線のまま、掠れた声がレオリードの名を呼んだ。
最後までお読み下さり、ありがとうございます。
次話は11月15日投稿予定です。
お楽しみいただければ幸いです。




