王城へ ②
「あ、ああ。すまない、キアル」
キアルとオルレンの存在をすっかり忘れていたレオリードが謝罪するけれど、キアルはレオリードではなくルークへ真っすぐに対峙して
「アンタがルクルス・マーシャル?」
「そうだ」
「聞きたいことはいろいろあるけど、レオンに何させた?」
シャッと音がなり、キアルは腰から短剣を抜いてルークへと向ける。
「なっ!キアル!?」
レオリードは慌てて立ち上がろうとするが、キアルに目で制されて浮かしかけた腰をまたベッドへと下ろす。
「状況は良く分からないが、シスツィーア嬢へレオンは魔力を流したんだよな?なぜ、王族であるレオンがシスツィーア嬢へと魔力を提供しないといけない?」
王族であるレオリードがシスツィーアへ魔力を流すなんて、常識的にあり得ない。
さすがに眠っているシスツィーアに非があるとは思っていないし、アランとシスツィーアの関係がはっきりするまではその身柄を確保し、安全を保障することにキアルとて異論はないが、それとこれとは話が別だ。
いくらレオリードの頼みとはいえ、そして同じ建物内だからすぐに合流できると、マーシャル家の者がレオリードを害することはないだろうと、軽く考えて了承したことにキアルは苦い思いしかない。
半分八つ当たりと自覚しながらも、キアルはルークへ問い詰めることをやめられなくて
「王族を顎で使うなんて、許されない暴挙だよな?それに、シスツィーア嬢が何でそんな状態になってるんだ?」
ルークは眉間にしわを寄せて、臆すことなくキアルを見つめ返す。
ほんの少し動けば短剣がルークの喉へと当たるのにものともしない姿に、キアルは苛立ちが抑えられなくて
「答えろ!」
「キアル!俺が、俺がやると」
「だからと言って、本当ならルクルス・マーシャルがやるのが筋だろ?理由を説明しろよ」
キアルの声に含まれた怒りに気が付いたレオリードが慌ててルークを庇おうとするけれど、キアルはルークに向けた短剣を下ろすことなく
「レオンは黙っててくれ」
他人へ魔力を渡すなんて、医療者であっても滅多にない行為。
それをまだ学生のレオリードに行わせたルークへ、そしてなによりもそばを離れたことでレオリードを危険に晒したと、後悔でキアルは自分自身への怒りが湧いていて
レオリードとてキアルの怒りは理解できる。けれど、「やる」と言ったのはレオリードであって、ルークから言われたからではない。だからルークへの怒りは筋違いだけれど、レオリードとてシスツィーアがなぜこんな状態になったのかも知りたいから、強くキアルを諫めることも出来なくて
「・・・・・・嬢ちゃんがこんな状態になった理由は、オレにも分からん」
「それで?」
「・・・・・・・・オレの魔力は、朝、嬢ちゃんへ流した。そっから、まだ全快じゃあねぇ」
「今朝?ずいぶん短いな」
「ああ。王子がやんなきゃ、オレがやっていただろうが、嬢ちゃんを救えたかは分かんねぇな。最悪、共倒れだ」
「ですが、殿下にさせることではなかったのでは?」
オルレンもキアルの隣に立ち、ルークへ非難の視線を向けるけれど
「王子の魔力なら問題ないと踏んだ。実際、何ともなかっただろ」
すっと目を細めて、キアルとオルレンより背の高いルークはふたりを見下ろす。
「嬢ちゃんの状態は一刻を争った。あのままだと死んでただろうな」
「っ!」
ルークが淡々と放った言葉に、レオリードはまだ握りしめたままだったシスツィーアの手をさらに強く握りしめる。
「だから!」
「ルクルス卿、あなたはシスツィーア嬢を救うためにはレオリード殿下が魔力が必要だったと、あれが最善だったと、そう断言できるのですか?」
思わず怒鳴りそうになるキアルを制して、オルレンが抑えた声で尋ねる。
オルレンとてレオリードの行為は予想外で、レオリードがシスツィーアへ魔力を流しているのを見つめながら、離れるべきではなかったと自己嫌悪に陥っていたのだ。
それでも、それが必要なことだったのであれば
(必要なことだったのであれば・・・・・・・まだ、飲み込める)
幸いレオリードは無事だった。このことを教訓として、今後は絶対にそばから離れなければいい。
起こってしまったことは取り返しがつかないから、せめて納得したい。
そんなオルレンの思いが伝わったのか、ルークは肩をすくめて頷く。
「ああ。あれが最善だった」
「キアル、オルレン、心配させてすまない。だが・・・・・・・同じ状況になったら、俺はまた同じようにする」
シスツィーアから手を離すことなく、レオリードはふたりを真っすぐに見上げて
「すまない」
レオリードの心からの謝罪に、キアルとオルレンはそれ以上何も言えずにレオリードからそっと視線を逸らして
何とも言えない気まずい雰囲気にのまれそうになるけれど、それよりもレオリードには気になることがあって
(さっきの、ルークが言っていたことが本当なら・・・・・・)
朝から魔力を補充したのに、夕方にはまた足りなくなっている。
それほど、シスツィーアの『器』が大きいと言うこと
(・・・・・・・王都まで、移動に耐えられるか?)
レオリードはシスツィーアへと視線を落とす。レオリードの魔力がどれほど持つのかは分からないけれど、王都まで約二日。その間にもシスツィーアは魔力不足に陥るだろうし、魔力を補充するとなると休息も多く必要だ。レオリードの回復を考えてると、もっと日数がかかるかもしれない。
なにより
「・・・・・・・・シスツィーア嬢は、王都まで・・・・・・」
持つのだろうか?とは口にすることができず、けれどキアルたちには伝わったのか、はっと息をのむ音が響いて、ルークも顔を険しくする。
「さあな。出来ねぇことはないだろうが、魔力を補充しながらの移動は簡単じゃあねぇ」
シルジの街まで、シスツィーアが魔力不足にならなかったから2日かからずに来れた。それよりも日数がかかるのは想像に難くないし、なによりも魔力の回復が追い付かなければ、シスツィーアは魔力不足で死ぬしかない。
けれど、このままシルジの街にいてもシスツィーアの問題を解決できそうにはなくて
ルークからも迷いが伝わって、レオリードは逡巡するけれど
「ん・・・・・・・」
不意に繋いだままのシスツィーアの手が動いて、微かに開かれた唇から声が零れる。
「シスツィーア嬢!?」
レオリードが身体をシスツィーアへと向けて、名を呼びかける。
けれど、瞼が開かれることはなくて
「ん・・・・・・・・・や・・・・・・・・」
シスツィーアの声は弱弱しく、眠ったままの表情はそれまでと変わることはなくて
身じろぎすることもなく、うなされているわけではなさそうだけれど、指先が微かにピクピクと動いて
ぎゅ
安心させるように、レオリードが強く握りしめるけれど、シスツィーアの手からすっと力が抜けて
「・・・・・・・・・・王都へ、戻る」
「レオン?」
「殿下?」
(迷っている暇はない)
アランとシスツィーアの魔力が繋がっているのなら、シスツィーアを、アランを救うために二人を再会させる必要がある。
(このままここにいても、シスツィーア嬢は・・・・・・・)
シスツィーアの手を包み込むように上げると、そっと手に口づける。
(必ず、助ける)
すっと立ち上がると、レオリードはキアル、オルレンとじっと視線を合わせて
言葉を交わすことはないけれど、レオリードの決意が伝わったのかふたりが頷く。
レオリードも頷き返すと、最後にルークと真っすぐに向き合って
「ルーク、協力してくれ」
険しい顔つきのままのルークへと、視線を逸らすことなく頼んだ。
最後までお読み下さり、ありがとうございます。
次話は11月8日投稿予定です。
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