初日
いよいよ今日から本番。
通勤にどれくらい時間がかかるか分からないから、かなり早めにシスツィーアは家を出た。
まだ朝早かったから乗合馬車は出発前で、出発まで待って乗っても、途中で停まることや着いてから支度することを考えると、間に合うか微妙なところ。
仕方ないから、歩いて城へ向かうことにする。
人の通りもまばらで、歩きだが思ったよりも早く城へ着き、使用人用の通用口から入り更衣室へ向かう。
用意してもらったロッカーに荷物を入れて、シャワー室へ。
まだ涼しかったからあんまり汗もかいてないけど、念のために軽くシャワーを浴びて髪を乾かす。
邪魔にならないように髪をまとめて、持ってきた制服に着替え終わるころには、先日案内をしてくれたメイドが出勤してきた。
「おはようございます。先日はありがとうございました」
「おはよう。今日から出勤?」
「はい。さっそくシャワー使わせてもらいました」
「ふふっ。備え付けのシャンプーとか、なかなか良い使い心地でしょう。『試しに使ってみてください』って、新商品が出るとお店の人が試供品くれるのよ」
「そうなんですね。どうりで、家のよりさらさらになりました」
「うん。今日もおかしなところはないわ。大丈夫よ」
話しながらシスツィーアの身支度をチェックしてくれる。
そんな事をしているうちに、そろそろ出勤時間だ。
「いってらっしゃい。頑張って」
まだ始業時間まで余裕があるメイドに見送られて、アランの部屋へ向かう。
「おはようございます」
「おはよう」
扉の前にいる護衛騎士に挨拶して、アランへ入室の許可を取ってもらい部屋の中へ入ると、アランはソファーに座って、お茶を飲んでいた。
「おはよ、ツィーア。いらっしゃい」
「おはよう、アラン。調子はどう?」
「んー。少しだるい。ね、手」
「はいはい」
先日と同じように、両手を重ねて魔力を循環させて
「ふう。やっと楽になった」
「どれくらいの間隔でした方が良いのかしら?」
ほっと肩の力を抜いて安心した表情のアラン。
シスツィーアは首を傾げながら一度手を離す。
「んー。今みたいに循環させただけだと、僕の体内に残るのは一週間ないくらいかな?」
「じゃあ、あなたに『渡す』感覚でやってみるわね」
今度はアランの右手をとり、シスツィーアの左手と重ねる。
一方通行で流れる感覚がして
「どう?」
「うん。この前より身体に残ってる」
アランはさっきよりも顔色がよく、目も生き生きと輝いている。
一方のシスツィーアは、どっと疲れて肩が落ち気味で、全体的に身体が重い。
「ツィーア、大丈夫?顔色悪いよ」
「ええ・・・・。少し疲れたわ。身体に魔力がないのが分かるわね」
ソファーに深く腰掛け、少し楽な姿勢をとる。
「ごめん。これから兄上のとこに行くのに」
「大丈夫よ。けど、明日からはわたしが帰る前にしても良いかしら?」
「もちろん!ありがとう」
もうしばらく休みたいと思ったが、もうすぐレオンとの約束の時間だ。シスツィーアは気合を入れて立ち上がる。
「行きましょう」
その後、レオリードの執務室へ二人は向かい、今後の方針を教えてもらう。
「夏季休暇の間に、騎士団や魔道術師団との顔合わせをしておこう。日程はオルレンとシスツィーア嬢で決めてくれ」
「分かりました。シスツィーア嬢、レオリード殿下の予定はこちらにありますから・・・・・・」
各所と相談しての日程調節もオルレンの仕事なので、シスツィーアも必死でメモを取りながら覚えていく。
「アランは、顔合わせでなにをしたいかだが」
「兄上は、初めての顔合わせでなにしたの?」
「そうだな・・・・」
アランはレオリードのしたことを尋ね、自分に出来そうな範囲で決めていく。
このなかでは唯一教え子のいないキアルだが、二人が教師役をしている間、二人の分も仕事をしているから暇なわけではなく、なかなか忙しかった。
大体始めて二時間くらいたった頃、レオリードはアランの様子を見て、今日はこの辺りで区切ろうと決める。
「今日はこの辺りでやめておこう。オルレン、お茶を入れてくれるか」
「はい。シスツィーア嬢、執務中にお茶をお淹れするのも私の役目ですから」
「はい。教えてください」
午後のお茶の時間はメイドが軽食と一緒に用意してくれるが、午前中は執務を邪魔されたくないレオリードの意向で、各自で勝手に淹れて飲むかオルレンが淹れている。
だからこの執務室には、三人の好みの茶葉が置いてあるんですよと、お茶を淹れながらオルレンが教えてくれた。
今日はレオリードの好みの茶葉でお茶を淹れて、五人でテーブルを囲むことになった。
アランは今までお茶を楽しむこともできず、出されたものを飲んでいたので、好みの濃さとか茶葉とかこれから探すことになる。
「どうだった?やれそうか」
「ううっ。頭いっぱい。覚えることありすぎだよ」
「ははっ。すぐに覚えるさ。ゆっくりでいい」
アランは疲れた顔で、お茶を口に入れている。
椅子にずっと座っていることも今まではなかったから、長時間座り続けるのも疲れるし、なにより知らないことだらけで頭がパンクしそうだ。
「シスツィーア嬢は」
「・・・・・え?すみません!ちょっと、ぼーっとして」
声を掛けられたシスツィーアは、カップを手に持ったままぼーっとしていて、反応が遅れて慌てる。
「無理をしなくて良い。まだ初日だ」
「そうですよ。間違えて覚える方が厄介ですからね。一つずつ覚えていきましょう」
「ありがとうございます」
レオリードとオルレンの二人に励まされ、ふわっとシスツィーアが微笑む。
そのまま今日はお開きになり、アランとシスツィーアは執務室を出て行った。
「あんな笑顔もできるんだな」
キアルとオルレンも昼食のために部屋を出て行き、レオリードも王族用の食堂へと向かう途中で、さっきのシスツィーアのどこか気の抜けた笑顔を思い出していた。
疲れてぼーっとしていたから、どこか無防備だったのだろう。
今まで見たことのない、ふわっとした笑顔。
その笑顔を見たとき、なぜかとくっと胸が鳴った。
(もっと笑えば良いのに)
もっと、彼女の笑った顔が見たいとそう思った。
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