プロローグ ③
『シスツィーア』と呼ばれるようになってひと月立つ頃には、ここでの生活もなんとかこなせるようになっていた。
今のわたしは『シスツィーア・ロック』と言う男爵令嬢で、家族は両親と兄が一人。
父の名はアルバートで、母はシーリィ、2歳上の兄はアルツィード。
お父さまは家にいないことが多くて滅多に会うことはなかったし、お母さまも忙しくて一家団欒した記憶はあんまりない。
だんだん分かったことだけど、『魔物の森』と呼ばれる森が領地にあって、お父さまはそこから魔物が出てこないように見回りと魔物討伐、民家や農地に被害が出ないように結界の維持と、なかなか忙しい毎日で朝早くから家にいなかったみたい。
お母さまは実家が魔道具工房をしていて、お祖父さまが腕の良い職人さんで魔物討伐用、結界維持用、治癒系魔道具と幅広く作っていて、そのお手伝いに毎日駆り出されていたそうだ。
お兄さまは執事さんに文字を習ったり領地のことも少しずつお勉強していて、「お兄さまの邪魔をしてはいけませんよ」と言われていたから、一人で過ごすことが多かった。
だけど、ひとりで過ごすのはつまらなくて、メイドさんたちのお仕事を見よう見まねで覚えて少しずつお手伝いしたり、「お兄さまと一緒にお勉強したい」と言って、お兄さまの邪魔をしないことを条件に隣で文字を習ったりしていた。
そんな感じで少しずつこの世界に馴染んで
8歳になる日、王都にある『神殿』で魔力検査を受けた。
「貴族家の者は、王都にある神殿で検査を受ける決まりだから」と、誕生日の数日前に領地からお祖父さまも一緒に家族全員で王都へと移動して、当日は両親と神殿へと向かった。
神殿は教会よりかなり大きくて、荘厳な建物
圧倒されてしまったけれど、両親とは神殿の入口で別れて、神官さまに先導されながら検査の部屋まで行って
一人で部屋のなかに入って、教えられていた通りに『宝珠』に手を伸ばして
ぱぁぁぁぁぁぁぁ!!
目を開けていられないほどの、真っ白な光に包まれた
そのあとは、気が付けば神官さまたちと向かい合って座っていて、五歳のときと同じ柑橘の香りがするお水を飲みながら、神官さまたちの説明を聞いた。
だけど、わたしの頭はまだぼんやりとしていたし説明されたことが難しかったこともあって、ただ頷くことしかできなくて
両親のもとに戻ると、検査結果を聞いたお母さまは泣き崩れ、お父さまもお母さまの肩を抱きながら、怖い顔をしてわたしを見下ろすだけだった。
せめてもの救いは、お祖父さまが「良かったな」と笑って頭を撫でてくれたことと、寝る前にお兄さまが「遅くなったけど誕生日おめでとう」といって、笑いながら小さな包みをくれたこと。
わたしが神殿に行っている間にお祖父さまと選んでくれたと教えてくれて、さっそく包みを開けてみると、可愛らしい手のひらに乗るくらいのウサギのぬいぐるみ。
首には赤いリボンと、チリンと微かに音がするベルが付けられている。
「わぁ、可愛い!ありがとう、お兄さま」
この世界に来て、初めてもらったプレゼント。
嬉しくてベッドに入る時も、ぎゅっと握って眠った。
そして領地に戻って数日たったころ、他家に養子に出ることが決まった。
神官さまのお話が本当の意味で理解できたのは、たぶんこの時。
『魔力がないと生きていけないこの国では、魔力量が多いこと、多い魔力を保持できる器が大きいことは、それだけで価値があります』
『けれど、下位貴族で魔力量が多いことは利用される可能性があるということです。それを避けるために、当主は対策を講じることがあります』
神官さまたちのお話で、わたしの養子の話はその対策の一環だと分かるけれど、やっぱり納得できなくて
お父さまは理由を説明してくれなくて、お母さまも困った顔で「聞き分けて」と言うだけだった。
ちょっと家出してみたけど、すぐに見つかって怒られただけで、何も変わらなくて
だけど、お祖父さまが「王都に行く」と、領地の工房をお弟子さんに任せて新しい工房を王都に作って、「領地にいるよりも、王都の方が勉強になるだろう」と、お兄さまと一緒に学園の初等科に通うことになった。
初等科は貴族に入学義務がないから、家名のない『シスツィーア』として
『この家を継ぐのはアルツィード。そうしたらシスツィーアは貴族と結婚して貴族のままか、平民になるしかない』
そうお父さまはわたしに言っていたから、平民になった時のために、繋がりを作っておこうと思った。
中等科では魔力の制御を習うけれど、貴族より魔力量が多くない平民向けの授業では心もとなくて。
領地にいるときはお父さまに教わっていたけれど、お祖父さまの勧めもあってレザ神官さまたちに会いに行って、魔力の使い方を教えてもらえないか頼んだ。
神官さまたちは快く承諾してくださって、他にもわたしが平民になっても生活できるように、いろいろと教えてくれた。
わたしが初等科を卒業するまでは、お兄さまとお祖父さまと3人で暮らしていたけれど、やっぱり養子に行くことが決まって
中等科に入ると同時に、『シスツィーア・アルデス』になった。
初めてアルデス家の方たちとお会いした時
養父となるアルデス子爵からは、「外では『お養父さま』と呼びなさい」と言われ、養母となるアルデス夫人も無言で頷くだけだった。
歓迎されてない、この人たちにとっても今回の養子縁組は望んだものではないことが、ありありと態度に出ていて、「はい」と言っただけであとは俯いていた。
唯一、義姉となるリューミラさまだけは「妹ができて嬉しいわ。お義姉さまと呼んでね」と、そう言って笑って受け入れてくれたから、お義姉さまだけは『お義姉さま』と家でも外でも呼んでいる。
お兄さまとお義姉さまの3人で中等科に通って、週に一度はアルデス家に礼儀作法の先生を招いて、お義姉さまと一緒に貴族としての振る舞い方を習って
そして、15歳の春に国立学園の高等科に入学した。
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2024.6.24 加筆修正いたしました。