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はじまりの物語  作者: はあや
本編
290/431

マリナ・マーシャル公爵令嬢 ⑭

「本当に、こんなところにいましたのね」


母から譲り受けたもののなかにあった、エリックの執務室の鍵。仕事の邪魔をするつもりはないと、使うつもりはなかったけれど、遠慮する必要もなくなった。


隠し扉はすぐに見つかり、石畳の廊下を進んで、この場所が地下牢であることに少しだけ溜飲を下げるけれど


当たって欲しくないマリナの予想は当たって、シスツィーアはエリックに匿われていた。


こんな場所にいるのに心なしか肌の白さや髪の艶やかさは増して、ほっそりとしていた身体はそのままに、けれど頬は少しふっくらとしていて、エリックの選んだ服に身を包まれて


冷遇されているのではなく、大切に扱われていることが一目で分る。


そのことがさらにマリナの逆鱗に触れ、シスツィーアへ憎しみしか抱けなくて、それでも冷静に問い詰めようとしたのに、


『なぜ、ここに?』と言わんばかりの、きょとんとした顔で見つめ返されて


思わずカッとなって乱暴に押すと、今度は目を見開いて見上げられ、その瞳にはマリナへの恐れが見えて


それが腹立たしくて、わざと微笑んだのに、シスツィーアはマリナから視線を逸らすこともなかった。


それどころか、マリナが扇で牽制すると、怯えているのにマリナの質問に答えることはないから、マリナはエリックとシスツィーアの間には、マリナに知られたくない秘密があるのだと余計に腹が立って


アリサがシスツィーアのカバンに気が付き、なかから次々と取り出してテーブルに並べる。当然その品々は、マリナが店で確認したエリックが選んで購入したのとすべて同じもの。


(やはり・・・・・・この女へ贈ったのね)


苛立ちは最高潮に達して、シスツィーアを射殺さんばかりに睨みつけて


「お父さまを、どうやって誑かしたのかしら?」

「誑かしてなんて!」


異母姉妹だなんて認めたくないから、わざと父を誑かしたと責めれば必死になって否定して、それどころか「責められる理由が分からない」と言わんばかりに、悲し気に目を伏せる。


その姿も腹が立つけれど、それよりもマリナはシスツィーアの手にぴったりとはめられている腕輪が、やけに気になって目を凝らす。


(魔道具・・・・・?)


マリナが母から譲り受けたチョーカーと、よく似た宝石の付いた腕輪。


魔道具だなんて高価なものを、たかだか元子爵令嬢が持っていたことに違和感を覚えてカマをかけると、それは当たっていたようで


(お父さまお手製の魔道具。わたくしだってもらったことはないのに)


エリックが趣味で魔術式をいじったり、魔道具を作っているのは知っているが、マリナはそれまで興味がなかったから、どんなものを作っているのか詳しくは知らない。


けれど、魔道具の作成は試行錯誤を重ねて行われるから、時間も費用も相当掛かることは知っている。


「まさか、お父さまの後妻に、わたくしの継母にでもなるおつもり?」


汚らわしいと吐き捨てると、さすがにシスツィーアの顔色が変わって、さっきよりも必死で否定してくる。


(ああ・・・ダメね。怒りが抑えられないわ)


所詮はこの女にとっては、エリックですら踏み台。


これまで放ってい置いたエリックの罪悪感につけ込んで、さらに上の、その身には分不相応な相手(レオリード)を手に入れるための駒。


そう考えると、シスツィーアに騙されて良いように使われるエリックやレオリード、それに側近としたアランのことが情けなくて


「では、どうしてレオリード殿下はわたくしとの婚約解消を父に願ったの?」


呆然と見上げられて、マリナが知っていることに驚いているのだと思って


「わたくしがレオリード殿下に相応しくないと、婚約を解消されて当然とでも仰るのかしら?」

「な・・・・・ん、で・・・・・・」


シスツィーアの瞳がさらに大きく見開かれ、呟く声は掠れていて


「そんなこと、わたくしが聞きたいわ。お父さまも了承なさったのよ?」

「そん・・・・・・な・・・・・・・」


カタカタと小刻みにシスツィーアの肩が震えて、声にならない声でなにか呟いているけれど


「あなたが、裏で糸を引いたのでしょう?」


マリナを騙そうとして失敗して、呆然としているシスツィーアが滑稽に思えて


(ふふっ。やっと、誰を敵に回したのか理解したようね)


青ざめた顔で震えるのは、マリナへの畏怖の念を抱いたから


なんだか可笑しくて、楽しくて


「では、どうして?お父さまはレオリード殿下に、あなたとの婚約を勧めたと聞いたわ」


ふたつ目のカマをかけてみる。


大きな瞳をさらに見開いて、口をぱくぱくさせるシスツィーア。


(わたくしが知っていることが、そんなに驚くことかしら?)


ここまでこの女に虚仮にされていたのだと、軽んじられていたのだと思うと、シスツィーアへ一矢報いたと胸がすく思いで


(まだまだ、序の口ですわ)


怒っているのに、怒りは収まらないのに、不思議な高揚感がマリナを支配して


心とはちぐはぐで、くすくすと嗤いが零れて


マリナはこれから行う復讐を考えただけで、うっとりとしてシスツィーアの髪へと手を伸ばす。


(ふふっ。綺麗だけれど、この女には相応しくないわ)


「女性なら誰しもが憧れる『女神の髪色』。女神に祝福されたあなたなら、わたくしから婚約者を、父を奪っても、わたくしをこんなに侮辱しても許されると言うことかしら?」


あなたがこんな思い違いをしたのも、きっとこの髪のせいね


そうマリナが続けようとするのを、シスツィーアが「そんなの!」と言って遮るからカッとなってしまって


ぐぃっ!


シスツィーアの髪を掴んで、マリナは勢いよく引っ張る。「っ!!きゃぁ!!」と悲鳴が聞こえるけれど、マリナが気にする必要はない。


「どうやって、殿下を、父を誑かしたの!?」


捻り上げるように、マリナは渾身の力でシスツィーアの髪を巻き上げて


「許さない・・・・・・わたくしから、わたくしから幸せを奪うだなんて、絶対に許さないわ!」


手にした扇を振り上げて



















ここ数日のことを思い返して、シスツィーアへの憎しみを新たにして


血だらけで横たわるシスツィーアを見下ろして、マリナは最後の仕上げに取り掛かるために、ポケットからチョーカーを取り出すと、シスツィーアの首にぴったりと隙間なく付ける。


(これで良いわ)


このチョーカーも魔道具。


これをマリーゼから譲り受けたとき、マリナはまだ幼かったけれど


「当主となる方が、道を踏み外さないとは限らないわ。このチョーカーは、そんな当主へ「お仕置き」するために、女主人に代々受け継がれてきたのよ」


あなたには必要ないでしょうけどね


そう微笑むマリーゼから、この魔道具が「魔力を生成する力を奪う」ものだと教えられた。


「鍵を使えばすぐに外すことができるし、すぐに元通りになるから、なにも心配いらないわ」


そう教えられても、幼いころのマリナは「使いたくない」と、この魔道具は生涯使わずにいようと決めたのだけれど・・・・・・・・・・



どうせ、エリックやレオリードから嫌われて、疎まれて、全てを奪われるのなら、相手への同情なんて必要ない。


(そう簡単には、奪わせないわ)


マリナとて易々と奪われるつもりもないし、エリックたちに屈するつもりはない。


けれど、どう考えても、マリナ一人で公爵家の、王族の力に抗うなんて無理がある。


それならば、抵抗するための手は打てるだけ打っておく。


昨日、マリナはそう決めて、決行した。



(これで、この女はいずれ誰かから魔力を貰わなくては生きていけなくなる)


誰かの手を借りなくては生きていけないものを、生涯にわたって面倒を見るのはたやすいことではない。


最初は手差し伸べる者がいても、途中からは面倒になって嫌気がさして離れていき、最後にはボロボロになって打ち捨てられる。


そして鍵は、誰にも奪われないところへと片付けた。これで、マリナ以外このチョーカー(魔道具)を外せるものはいない。


やっと肩から力を抜いて、マリナは大きく息を吸う。


(あとは・・・・・・・この髪ね)


女性の憧れの『女神の髪色』


『女神』に愛されて、祝福されていることの象徴。


昨日、マリナはシスツィーアへチョーカーを付けると決めたときに、その髪も邪魔だと思って


『女神』と名に付くのだから、その色を持つ者は物語の聖女のように、穢れを知らない清らかな者にこそ相応しい


(相応しくないものが持てるのですもの。誰が持っても良いなら、独り占めは良くないわ)


『女神に祝福された』ものなのであれば、それはみんなと分かち合うべきではないだろうか?


そう考えついて



「護身用のナイフを頂戴」


マリナはアリサの隠し持っているナイフを受け取り、シスツィーアの髪を持ち上げてナイフを当てる。


(お父さまたちにも『女神の祝福』を分けて差し上げなけくてはね)


この髪を切り裂いて、部屋に置いておいたら、エリックはどう思うだろうか?


エリックの、レオリードの驚きを想像するだけで可笑しくて


ぐっと力を込めて、まずはひと房切り落とす。


一度には無理だから、数回に分けるつもりだったけれど・・・・・・


「なにしてやがる!!」


ルークの珍しく血相を変えた声に邪魔されて、マリナはその手を止めた。








最後までお読み下さり、ありがとうございます。

次話は明日9月19日投稿予定です。

お楽しみいただければ幸いです。

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