焦りと苛立ち
鉄格子越しに見た地下牢のなかは薄暗かった。
だから、レオリードが見た赤いものが本当に血の跡なのかも、床に散らばる金色の髪がシスツィーアのものなのかも分からなくて当然。
それなのに、あれはシスツィーアのものだとレオリードは直感でそう感じて、それを疑うこともなくて
鉄格子の隙間からじっと部屋の中を覗くけれど、それ以上は何も見えず、レオリードは諦めて鉄格子から手を離し屋敷の玄関へと走る。
鉄格子を握りしめていた両手は火傷のように爛れていて、皮膚が裂けて血も滲んでいるけれど、シスツィーアのことで頭がいっぱいで、ただ必死に走るレオリードは痛みを感じることもなくて
玄関の前でレオリードの戻りを待っていた執事へそのまま駆け寄ると、執事の肩を両手で掴んでエリックの居所を尋ねる。
「えっ、エリックさまは、お城に!」
ただならぬ様子のレオリードに気圧されながらも、あの部屋は足を悪くしたエリックのために館の部屋替えと改築を行い、結果的に地下牢へと続く騎士たちの見張り部屋が執務室になったのだと、懸命に説明する。
そして肝心の執務室への鍵は
「執務室への鍵は、エリックさまとルクルスさましか持っておりません!」
「ルクルス?誰だ!?」
「エリックさまの異母弟君です!すっ、少し前より、この館に滞在されて」
レオリードの剣幕に押されて、恐怖で顔を引きつらせながらも執事が叫ぶ。
(ルクルス・・・・ルークと呼ばれた男だろうか?)
昨日、シスツィーアを迎えに来た男。彼が「ルクルス」である可能性は十分高い。
そしてエリックとあの男しかあの部屋にしか入れないのなら、あの惨状は・・・・・・・
(その男が起こしたのか!?)
サーっと血の気が引く思いで、レオリードは執事をさらに問い詰める。
「その男はどこにいる!?」
「ぞっ、存じません!もともと、用がない限りこの館へ来られることはなく」
「っ!他に入口は!?」
「ございません!あの牢はここ何十年も使われることなく!ですから、エリックさまの執務室へと」
必死に言葉を連ねる執事から乱暴に手を離して、レオリードは頭を巡らせる。
「レオリード殿下!?お怪我を!?」
「黙れ」
手を離した執事の服にべったりと血がついており、レオリードの怪我に気が付いた執事が声を上げるけれど、レオリードには煩わしいだけで
(部屋の中に彼女の姿は見えなかった・・・・・だが、彼女がまだあの地下牢にいるのなら、一刻も早く救出して医師に見せなくては・・・・・・)
あんな薄暗い牢にシスツィーアがいるかもしれないと、考えただけでレオリードは心配で胸が張り裂けそうで、それと同時に込み上げる怒りが抑えられなくて
「城へ戻る」
この場にいる誰も地下牢へ入ることができないのなら、城へ戻りエリックを連れて来るしかない。
レオリードは逸る気持ちのまま馬車を急がせ、城へ戻り・・・・・・
城で出迎えた従者が気の毒なほど、レオリードが鋭い目つきでエリックの居所を尋ねていると、神殿からリオリースも帰ってきてレオリードに気が付いて話しかける。
「レオン兄上も今帰り?ね、レザ司祭って・・・・・・えっ!?兄上、怪我!?手当てしないと!」
レオリードの怪我に気が付いて、慌てて医師を呼ぼうとするけれどレオリードはリオリースの手を振り払い
「いい。かまうな」
大股で歩きはじめるレオリードを、リオリースが小走りに追いかける。
「ちょ、ちょっと待ってよ!どこいくの!?」
「煩い」
最初は心配そうだったリオリースだったが、レオリードの怒りと焦りを感じとり、良くないことが起こっていると、顔を青ざめながらも必死で追いかける
そうして・・・・・・・・
「マーシャル公!!」
部屋に入って来たレオリードは、まるでエリックに殴り掛からんばかりの勢いでエリックの前に立つ。
「兄上!おちついて!」
追いかけてきたリオリースは必死にレオリードの腕を掴んでいるけれど、それすら邪魔だと言わんばかりにレオリードは振り払い
「えっと・・・・・?」
一方、部屋にいたアランたちは、まるで殴り込みをかけられたような状況に、目をぱちぱちさせて
「なにかございましたかな?」
「なぜ、シスツィーア嬢が貴公の屋敷にいる!?」
「はて?なんの」
「とぼけるのはよせ!昨日、帰り際に庭でシスツィーア嬢を見かけた!だが、そんなことは良い!一緒に来てもらう」
レオリードは込み上げる怒りのまま、自身を見上げるエリックの手を乱暴に引き、無理やり立たせる。
「貴公の屋敷だ!行くぞ!」
「まっ、待ってよ!どういうこと!?」
慌ててアランも立ち上がり、エリックを引きずらんばかりのレオリードの前に立つ。
けれどレオリードは、アランすら邪魔だと言わんばかりに押しのけて
「どけ」
「え・・・あ・・・、そ、それより!」
「アラン!話している時間が惜しいんだ!」
アランを押しのけ、レオリードは前に進もうとするけれど足の悪いエリックでは体勢を保つことができず、倒れそうになって
「レオン兄上!」
「っ!」
リオリースの咎める声にさすがのレオリードもはっと我に返り、慌ててエリックを再びソファーに座らせる。
「・・・・・・・すまない」
「・・・・・・・いえ。お気になさらず」
「兄上、ツィーアがマーシャル家にいるってどういうこと?」
まだ肩で息をしているエリックを気にしながら、アランはレオリードへ尋ねる。
「・・・・・・・昨日、マーシャル家の庭で、シスツィーア嬢を見かけたんだ」
「「えっ!?」」
アランとリオリースの声が重なり、エリックも目を見開く。
「なぜ・・・・・?殿下はそのような場所に?」
「いまは関係ない。それに、あの地下牢、あそこにシスツィーア嬢を捕えていたのだろう!?」
あのときの「行かなくては」と言う、呼ばれたような、惹かれたような感覚はレオリードにとって初めてのもの。上手く説明できることではないし、それよりもシスツィーアの事が気にかかる。
「すぐに彼女を解放しろ!それに」
「なるほど。殿下はシスツィーア嬢のいる方へ惹かれ、導かれ、そしてシスツィーア嬢をご覧になったと」
レオリードの言葉を聞いていないようで、エリックは嬉しそうな笑みのまま頷く。
「聞いているのか!?それに、あの牢には血が落ちていた」
「「血!?」」
「ああ・・・・・・・すぐに彼女を牢から解放し、医師に見せなくては」
再びアランたちの声が重なり、エリックへと視線を向ける。もちろんレオリードも鋭い視線を向けるけれど、エリックは動じることなく、なぜか笑みを浮かべるばかりで
それが一層レオリードの心をざわつかせて、苛立ちを募らせて
それを押し殺すようにして
「案内しろ」
低い、地の底から這うような声で命じた。
最後までお読み下さり、ありがとうございます。
台風のお見舞い申し上げます。今夏はお天気安定しませんね。どうかお気をつけてお過ごしください。
次話は明日、8月17日投稿予定です。
お楽しみいただければ幸いです。




