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はじまりの物語  作者: はあや
本編
263/431

婚約者と ③

「マリナに会って話をしてくる」


翌日、レオリードはいつもより早く登校して、生徒会の仕事を片付けて


お昼休みになるとキアルとオルレンに告げて、昼食を食べることなく1人でマリナがいるであろう高位貴族用の食堂へ向かう。


最初はマリナへ話すことをキアルたちにも知っておいてもらいたいと、同行を頼んだ方が良いかとも考えたが、流石に子どもではないからと自分で苦笑して


その代わりに、「シスツィーアと出会ったことでマリナを不安にさせた。そんな想いはもうさせないと、マリナへ約束する」と、キアルたちに話す。


退路を断つために


意識したわけではないが、そうして退路を断って逃げ道をなくさないと、レオリードは自分の在るべき道をまた見失ってしまいそうだったのだ。


沈んだ心を奮い立たせて、顔を上げて


そうして食堂へと向かったのだが、そこにマリナの姿は見えなくて


「すまない。マリナ・マーシャル令嬢を見掛けなかったか?」

「マーシャル公爵令嬢はこちらではなく、茶会室をご利用です」


食堂を担当している職員へ尋ねるとそう返され、マリナがいつもどこで昼食を摂っているか、そんなことも知らなかったと、レオリードはまた心が重くなって。


職員へ礼を言い、生徒同士の交流のために貸し出されている茶会室へ向かおうとして廊下に出ると、


「あれは・・・・・」


窓の向こうにマリナが友人たちを従えて、庭を歩いているのが遠目に見える。


(散歩か?こんな寒い日に?)


気候の穏やかな良く晴れた日なら分かるが、今日もちらちらと雪が降っていて、風は強くないものの空気は肌を刺すように冷たい。


それなのにマリナたちは、校舎のある方ではなく人気のない方へ向かっていて


「・・・・・行ってみよう」


レオリードのなかにざわりとしたものが広がって、落ち着かない気持ちになりながらマリナたちを追いかける。


けれど、レオリードがマリナたちの歩いていたあたりに着いた頃にはもう誰もいなくて、寒さのせいか庭に出ている生徒も見かけることはない。


(マリナたちが向かったのは、四阿の方か?)


マリナたちが向かっていた先には四阿がある。けれどそこは隣に池があって、夏の暑さを和らげ、涼を取るためにと造られている。今この時期に行っても、吹く風は池の水のせいで冷たさが増し身体が冷えるだけだ。


ドクリと心臓が嫌な音を立て、嫌な気持ちが先ほどより大きく膨らんで


振り切るように、レオリードは急ぎ足で四阿の方へ向かう。


四阿が遠目に見えると、その手前の方で人の声が微かに聞こえて


「っ」


慌てて木陰に身を隠し、声のする方を覗き見ると


(あれは・・・・・エミリア嬢?)


マリナたちに囲まれるように、レオリードが香夜祭のために声を掛けた女生徒エミリアがそこにいる。


(二人は知り合いか?)


マリナからそんな話を聞いたことはなく、レオリードはまた心がざわついて


学園の中庭は広く、爵位ごとに過ごす場所がなんとなく決まっている。そうでなくても、こんな寒い日にわざわざ庭に出たのだ。マリナはエミリアと待ち合わせていたと考えて間違いない。


(マリナが呼び出したのか?)


エミリアが高位貴族御用達の商家の令嬢であるや、母親が高位貴族出身であることを思い出し、それでもエミリア自身は平民であり、マリナが交流を持つ相手とは思えなかったが、マーシャル公爵家がエミリアの商家を利用している可能性も否定できず、ざわつく心を抑え込んで耳をすませる。


さすがに話の内容までは聞こえることはないけれど、それでも入学式の日にマリナがシスツィーアと共にいたときとは違い、マリナの機嫌は良くエミリアも委縮する様子はなくて、軽やかな声が聞こえてくる。


さすがに寒空のなか長居することはなくて


話していたのは10分もなかっただろう。マリナたちが笑みながら立ち去るのを、エミリアはお辞儀をして見送っていた。


レオリードはマリナたちがこちらへやってくると、慌てて身を潜めて


「・・・・・・・・ですわ。これで・・・・・・」

「ええ・・・・・・エミリア嬢も・・・・・・」

「ふふっ。みなさま、リューミラさまと比べてはエミリア嬢に失礼よ」


だんだんとマリナたちの声が近づいてきて、レオリードは必死で声を拾おうと耳をすませて


「ですが、マリナさまもこれで一安心ですわね」

「ええ。あの女が王都にいない事ははっきりしましたもの」


(あの女?シスツィーア嬢のことか・・・・・・?)


友人たちの清々したと言わんばかりの、嬉しそうな弾んだ声


レオリードは微かに嫌悪感を抱くも、それよりもシスツィーアが「王都にいない」と断言していることの方が気になって


(エミリア嬢から知らされたのか?)


王都に店を構えるのだから、城下街の情報にも詳しいだろう。


シールスにももっと事情を話し協力してもらえば良かった。と、そんな後悔がよぎるけれど


「レオリード殿下はまだ探してらっしゃいますの?」

「まぁ!婚約者であるマリナさまを蔑ろにして、なんて不誠実な!」


令嬢の一人が放った言葉がレオリードの胸に突き刺さって、マリナたちへと意識を戻す。


やはりレオリードの行いは婚約者からみれば不貞を疑われても仕方のないことだと、突きつけられて


ぎゅっと口を結んで手を握りしめて、項垂れるけれど


「構いませんわ」

「マリナさま!?」


レオリードの後悔とは裏腹に、マリナのどうでも良さそうな声が響く


「あの女はもう貴族ではありませんもの。これから先、お会いすることもありませんわ。そうではなくて?」

「ええ!それはもちろん!ですが、よろしいのですか?」

「レオリード殿下も一時の気の迷いでしょう?我が家に婿入りする以外の道は殿下にはありませんもの。少しくらいは大目に見て差し上げてよ」

「マリナさまはお心が広すぎますわ!」

「そうかしら?」

「そうですわ!」


友人たちの賛辞に、ふふっとまんざらでもない笑みを溢すマリナ。

令嬢たちもシスツィーアがいなくなったことで両親や婚約者からの重圧が無くなり、晴れ晴れとした気分で足取りも声も軽やかだ。


シスツィーアのせいでBクラスだと憤慨していたエナも、「来年はマリナさまと一緒のクラスですわ!」と満面の笑みで、ここぞとばかりにマリナを持ち上げる。


「それにしても、あの女がいなくなったのは清々しましたが、どうせなら落ちぶれたところを見て見たかったですわ」

「仕方ありませんわ。きっと今ごろは・・・・・でしょうし」


令嬢の一人が声を潜め何ごとか囁くと、「まぁ!」と恥ずかし気な声が上がって


「まさか」

「あら?他になにかお仕事がありまして?」

「ええ。未成年のうちは裏方でしょうけれど、成人なさったら・・・・ねぇ」

「さすがに見に行くなんてできませんわ」


(あざけ)る声が続き、そして蔑みを含んだ笑い声が上がる。


「もちろんですわ。わたくしたちとは一生無縁の場所ですもの」

「これから先、そんな未来しかないなんて。お気の毒で仕方ありませんわ」

「わたくし、そんなことになったら耐え切れずに、きっと自害してしまいますわ」

「あら?あの女にとっては天職かもしれませんわよ」

「でも、これで          」


陰に隠れたままのレオリードからは、令嬢たちの様子は声からしか分からない。


けれど他人の不幸を嘲り、くすくすと笑い合う令嬢たちからは、醜悪な笑みを浮かべていることが想像できて


令嬢たちの会話は続いて、まるでその場に立ち止まって話しているような錯覚を覚えるほど、レオリードには長く、耳を塞ぎたくなるほど耐えがたい時間。


それでも、しばらくすると声は遠ざかっていき


「             」


最後にマリナの声が響いて


令嬢たちが通り過ぎたあと、木の陰から出てきたレオリード。


ただ茫然と、マリナたちの後姿を見るしかできなかった。




最後までお読み下さり、ありがとうございます。

次話は7月28日投稿予定です。

お楽しみいただければ幸いです。

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