シスツィーア ⑦ ~知らない場所~
「ん・・・・・・・」
薄っすらと重たい瞼を上げると、石造りの天井が見えて
「ここ・・・・」
ここはどこ?
重たい頭に重たい瞼
起き上がろうにも身体も重くて
前も同じようなことがあったような・・・?
そんな既視感を覚えるけれど、重たい身体を何とか起こしてゆっくりとあたりを見回す。
寝ていたのは木でできた、粗末と言うか簡素なベッド。
だけど敷いてある布団はふかふかで、掛けてある布団もふわふわして
シーツの肌触りも今までで一番良くて、このままいつまででも寝ていたくなるくらい心地よくて
そしてわたしのいる所は、
「石畳・・・・・牢や?」
わたしが使っていたアルデス家の部屋より広いけれど、壁も床も石でできていて、かろうじてある小さな窓は、私の背より少し高い位置にあるし鉄格子がはめてある。
それに
「なに・・・これ・・・」
いつの間に着けられたのか、右の手首には黒色の金属製っぽい腕輪があって
腕輪と手首の間には指が一本入る隙間があるけれど、外そうとしても留め具は見当たらなくて、溶接したみたいにぴったりくっついている。
それに透明だけれど親指の爪くらいの石が付いていて、なにかの魔道具だとは分かるけれど、それが何なのかは分からない。
「ん・・・・無理ね」
どうにかして外そうと、隙間に手を入れて引っ張ってみるけれど、自分の手が痛くなるだけだから諦める。
せめている場所がどこか分からないかと、ベッドに立って窓の外が見えないか、の下に立って背伸びして覗いてみるけれど、見えるのは樹々だけで、どうやら地下牢みたいってコトしかわからない。
部屋のなかも一通り見て回ると、ベッドの他には一人用のテーブルと椅子。そして、まわりから隠されるようにトイレとシャワーがある。
まるで長い間、ここに人を閉じ込めることができるように造られていて、そう思った瞬間ぞわっと背中が冷たくなって
(このまま、餓死させるつもりじゃないわよね・・・・)
扉は施錠してあって動かそうにも動かないし、シャワーからは水が出るけれど部屋の中には食べる物はなにもない。
それに腕に付けられた魔道具だって、この様子じゃわたしにとって良いものとは思えないし、そもそも何の目的で、誰がこんなところへ連れてきたのかが分からない。
(誰かがわたしをここに閉じ込めて、そのまま・・・・・・)
それ以上は考えたくなくて、ベッドの上に座って
時計がないからどれだけ時間が経ったのか分からないけれど、だんだん外が薄暗くなって
心細いし泣きそうになるけれど、いつ誰が来るか分からないから必死に堪えて、ごろんとベッドに横たわる。
眠るつもりはなかったけれど、いつの間にかうとうとしていたらしくて、瞼を開けるとさっきまで薄暗かったのに、ほんのり明るくて視界がぼやけて
「目ぇ覚めたか?」
ぱちぱちと瞬きをしていたら、男性がやって来てわたしを見下ろして
「ん・・・・」
おでこに手を乗せられて、その手もほんのり温かくて
「んー。ま、いいだろ。口開けろ」
「え・・・・?」
言われた意味が分からなくて聞き返そうとすると、唇にひんやり冷たいものが当てられて
そのまま口に入れられると、口の中で弾けて思わず飲み込む。
「み・・・ず?」
意識がはっきりとして、目もしっかり開くと
「ん。起きれんならこっちから飲め。昨日から飲み食いしてねぇから、ちったぁ水分摂っとかねぇとな」
背中に手を入れられて支えられながら身体を起して
「ん。口開けろ」
「ん・・・・」
コップからゆっくりと水を流し込まれる。
(おいし・・・)
ずいぶんと喉が渇いていたみたいで、冷たい水が美味しくて。飲み終わるころに「かちゃ」っと音が聞こえて
「おや?お目覚めかね」
コツコツと足音と杖をつく音が近づいてきて、見覚えのある男性がわたしを覗き込む。
「マーシャ」
「こんにちは、お嬢さん。いや、こんばんはかな?ああ、無理はしない方が良い。ルーク、彼女の容態は?」
「あ?目ぇ覚めたばっかだからな。問題はねぇと思うケド」
「そうか。どこか痛い所やおかしなところはあるかね?」
ベッドの隣にあった椅子に座って、気遣わし気にわたしへ声を掛けるマーシャル公爵。
「な・・・い。です」
「ずいぶんと疲れていたようだね。一日中眠っていたよ」
「一日!?」
「ああ。私と君がいつ会ったか覚えているかね?」
「・・・・・・・あ」
言われて、少しずつ思い出す。
「しん・・・でん」
「そう。『女神の地』で」
少しずつ思い出すのと同時に、少しずつ身体が強張って
「思い出したかね?」
マーシャル公爵がわたしを覗き込んで
(・・・・アラン・・・・)
じっと目を合わせると、マーシャル公爵の瞳はアランと同じ湖のような色で
「ええ・・・・・」
弱っているところをみせたくないし、心細く思っていることも、怖がっていることも知られたくないから、きゅっと顔を上げて
「覚えて・・・・る」
そう言いながら、マーシャル公爵と『女神の部屋』の前で再会したときのことを、思い出していた。
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次話もお楽しみいただければ幸いです。




