閑話 王宮案内
任命書が届いた翌日。
「王宮の説明をするので」と、アランと会う2時間前に来るよう指定されていたのもあり、シスツィーアはそれよりも早めに家を出て城へ向かった。
余裕を持って出てきたから、予想より早く城へ着く。
軽く身支度を整えて門番に声を掛けると、使用人用の出入り口を教えてもらう。
お礼を言ってそちらへ移動すると、出入り口には「門番から連絡が来たので」と案内役のメイドが待っていた。
お礼を言うシスツィーアを軽く上から下まで眺め少し迷った後、メイド長の所へ案内してくれる。
メイド長はいかにも仕事のできるキャリアウーマン風の、まだ20歳代後半くらいの若い女性だった。
「アランディール殿下よりお話は聞いております。メイド長のローザリアです。お仕事内容に関してはわかりかねますが、何かありましたらご相談ください」
「ありがとうございます。シスツィーアと申します。どうぞよろしくお願い致します」
「早速ですが、シスツィーアさんは歩いて登城なさるのですか?」
「はい。お恥ずかしながら、馬車を使う余裕はなくて」
お茶会の日は馬車でお迎えが来たが、今日からは働くのだ。当然お迎えはないし、子爵家に馬車はない。必要な時は乗合馬車を使うか、業者から馬車を借りているのだ。
シスツィーアには馬車を借りる金銭的な余裕はないし、乗合馬車は出発の時刻が決まっていて毎回乗れるか分からなかった。
それに、アルデス家から城までは歩いて一時間程度。歩けない距離ではない。
ただ、今の季節は夏で、日本と比べて湿気が少ないとは言え、外は暑くてここに着くまでに汗をかいてしまう。
今日は途中まで乗合馬車を使ったし、門番に会う前に化粧室に寄ったけど、迎えに来てくれたメイドから見たら、あんまりな恰好だったのだろう。
「分かりました。では、更衣室を用意します。明日からはそこで身支度をなさってください」
「ご配慮ありがとうございます。わたしからお願いできないかと考えておりました」
ほっとして、メイド長へお礼を言う。さすがに汗だくのままアラン会うわけにはいかないと、内心どうしようと思っていたのだ。
更衣室へ案内してもらうと、空調装置があって部屋の中は涼しかった。
シャワー室もあり自由に使って良いと言われ、明日からは早めに来て使わせてもらうことにする。
今日も制服で来たからブラシを借りて簡単に汚れを落として、持ってきた櫛で髪も整えて準備ができたら、メイドへチェックしてもらって
「うん。大丈夫よ」
「ありがとうございます」
その後は、王宮内を案内してもらう。
「アランディール殿下には、専属のメイドがいないから上級メイドが持ち回りでお世話をしているの。だから、用があるときはこの部屋に来てね」
王族の私室のある王宮。
お世話する人がころころ変わると落ち着かないからと、王族は自分の専属メイドを指名する。
ただ、アランは寝たきりが多く専属を決める余裕もなかったから、お世話をするメイドはある程度決まってはいるものの専属はいない。
だから、用がある時は上級メイド用の事務室へ行くのだ。
「まあ、お元気になられたら専属メイドも指名されるかもね。そうしたら、殿下のお部屋近くに控え室があるから、そちらに声を掛けてね」
「いまは、その部屋は使用されていないんでしょうか?」
「その日の担当がお世話に必要な物を置いてるわ。メイド自体はいつも一人は殿下のお側にいるしね。ただ、」
声を潜めて、「ないしょよ」とこっそりと
「専属でもないのに、私物を置くわけにはいかないじゃない?それに休憩時間くらいゆっくりしたいし」
「わかります」
シスツィーアもくすっと笑ってしまう。
確かに休憩時間に王族の近くの控え室で休むより、食堂や休憩室に行きたい。
ついでに『上級メイド』についても尋ねると
「王族や各国からの賓客を直接お世話するメイドね。試験があって、下級メイドの仕事を完璧にこなせることや、最低でも2か国語は話せること、礼儀作法も問題ないことが条件なのよ。その分、お給料は良いし、お掃除や雑用は下級メイドに頼めるから待遇は良いわよ」
「そうなんですね」
ついでに以前から疑問だった『侍女』についても尋ねてみると
「侍女は従者と同じで、私的な文官かしら?代筆やお茶会の趣向を考えたり、夜会のドレスを選んだり、贈り物とかを選んだりね」
なんとなく私的な秘書のイメージだった。
侍女は上級メイドの中から、主となる女性王族から直接指名され、名誉な仕事である反面、とても狭き門で王妃ですら二人しかいないらしい。
食堂は見学会でも利用したけど、利用方法を簡単に教えて貰う。
「見学会では決まった内容だったけど、ここに『本日のメニュー』があるから、このなかから選んで、あそこで注文してお会計してね。量が多かったら、注文の時に伝えると少なくもしてくれるわ。パンは1個か2個か選べるし、パスタの量も少なくしてくれるの。最初は普通量頼んでみて、次から減らすか決めるといいわ。わたしのおススメは『バジルのパスタ』よ、気が向いたら食べてみて」
「わぁ。ぜひ食べてみたいです」
その後は、使用人用の通路を教えてもらいながら、アランの部屋へ向かう。
部屋の前に着いたのは、ちょうど待ち合わせの時間10分前だった。
最後までお読み下さり、ありがとうございます。
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