香夜祭前日 ~シスツィーア~
「すまない、シスツィーア嬢。アランが急に体調を崩して」
いよいよ香夜祭を明日に控えた日の午後
今日の授業は午前中で終わりとなり、午後からは生徒会室で準備を始めていたシスツィーアは、レオリードにそっと呼ばれて
会場設営を手伝うために、一緒に中庭へ向かいながら、申し訳なさそうに切り出された。
「え・・・あの、大丈夫でしょうか?」
ここ2日は香夜祭の準備で忙しくて、シスツィーアがお城に行くことができなかったから、魔力が足りないのだろうか?
それとも、アランも王太子教育が忙しくて、無理をして体調を崩してしまったとか・・・?
(両方あり得るわ。夏にも体調を崩していたもの)
急に忙しくなって、精神的にも肉体的にも負担がかかることばかりで、魔力も不安定になってしまって、アランの体調が崩れたのだとしても、不思議はない。
「あの・・・お見舞いに」
「気持ちはありがたいが、君まで体調を崩してはいかない。香夜祭は明日だ。今日は無理をせずに、終わったらすぐに帰って、少しでも身体を休めて欲しい」
「・・・・はい」
そう言われてしまっては、シスツィーアには何も言うことができなくて
「それで、明日だが」
「はい」
「アランは大事を取って、欠席させようと思う」
レオリードの言うことはもっともで、シスツィーアも頷く。
「はい。その方がいいと、わたしも思います」
「ありがとう。それで、ドレスだが」
アランが欠席するなら、シスツィーアがドレスを着る理由はない。
あのドレスはアランと参加するときのものだと、シスツィーアは考えていたけれど
「明日、俺が持ってくるから、安心して欲しい」
「えっ!?」
思わず足を止めて、大きな声を上げる。
「あっ、あの!あのドレスは、アラン、殿下と参加するためのものです。明日は、制服で」
「ああ。アランの側近である君が制服では、なにかと外聞が悪い。それに、ドレスはアランが考案したと公表する。君には着て欲しい」
なぜだか「やっぱり」と、そんな顔で見下ろされて
アランが側近候補を選ぶときの話題にもなると、そう言われては、シスツィーアには断ることは出来ない。
(・・・大丈夫・・・かしら・・・?)
「あの・・・香夜祭は、生徒の・・・だから、アランが来ないなら・・・公表しなくても」
アランが来なくてもドレスを着ないといけないなら、ひっそりと参加したい。
それにアランが来ないのに、ドレスだけ説明されても生徒は困るだろう。
香夜祭は生徒同士の交流の場なのだから、その邪魔をしたくない。
(アランが参加できなくなったことも、言わなければ)
生徒はアランが参加すると知らないのだから、わざわざ「参加できなくなった」と言わなくて良いのでは?
(急に参加できないなんて、まだ体調に不安があると、良くは思われないわよね?)
そんなことを考えて
「ドレスは、着ます。だから、ドレスのことは聞かれたときだけ、答えたらだめでしょうか・・・?」
「・・・そうだな。香夜祭は生徒のためのもので、アランの披露目の場ではない。君の言う通りだ。明日はアランのことは言わずにいよう。指摘してくれて、ありがとう」
シスツィーアがおずおずと言うと、レオリードも視野が狭くなっていたと、アランのことだけしか考えていなかったと反省して、シスツィーアのドレスのことは必要なら話すと、そう約束する。
「すみません。せっかく考えてくださったのに、失礼なこと言って」
シスツィーアはレオリードが受け入れてくれて良かったと、小さく微笑む。
(ドレスを着て、パートナーがいないから、ダンスは踊らずに控えていよう)
下位貴族のシスツィーアが、身分に合わない高級品を身に付けて参加しては、いくらアランが見立てたものとは言え「身の程も弁えずに」と、上位貴族の機嫌を損ねてしまう。
アランが参加できないのなら、尚更、目立たない方が良い。
(・・・大丈夫よ、ね)
絡まれて、アランの評判を下げたくない。
アランが参加しても、しなくても。悩みのタネは尽きなくて
そんな不安が顔に出ていたのか、レオリードは安心させるように微笑み
「生徒会の者にだけは、「アランが贈った」と話しておこう。俺が説明するし、せっかく誂えたドレスだ。アルにも見てもらえば良いし、ダンスも楽しんで欲しい。それに・・・どうしても気になるなら、一曲踊ったあとに着替えると良い」
シスツィーアのことを考えて、負担にならないように提案してくれるレオリード。
「はい・・・お気遣い、ありがとうございます」
「いや。急なことで、君にも負担を掛けてしまい、すまない。着つけのメイドも」
「大丈夫です・・・・その、そこまでして頂いては、申し訳ないので・・・一人で」
さすがに、アランが来ないのにメイドに来てもらうわけにはいかないと、断ると、レオリードもそれ以上は何も言わずに、「分かった」とだけで
「アランに、お大事にと、お伝えください」
「ああ。伝えよう」
再び並んで、歩きはじめる二人。
中庭に着くと、すぐに分かれて、それぞれの受け持ちの仕事を始める。
だから、そんなふたりの会話を、こっそり聞いている者がいたことに、気が付いてなかった。
最後までお読み下さり、ありがとうございます。
次話もお楽しみいただければ幸いです。
 




