マリナ・マーシャル公爵令嬢 ④
「アランが香夜祭に出席することが決まった」
「まぁ!それでは、ついに公の場にお出ましになるのですね」
「ああ。そうなる」
シスツィーアがシグルドたちと対面しているころ
レオリードはマリナを招いての、恒例のお茶会の時間だった。
「それでは、パートナーはどなたが?婚約者の候補がお決まりに?」
目を輝かせてマリナが尋ねると、レオリードも微笑んで
「シスツィーア嬢だ。当日は彼女がアランのパートナーを務めてくれる」
「まぁ・・・・・そうでしたの」
先ほどとは違って、マリナの瞳の輝きが鈍る。それを予想していたレオリードは、焦ることはなくとも、なぜだか苛立ちを覚えていた。
「彼女はアランの側近でもある。おかしなことではないはずだが?」
「ええ・・・そうですわね。申し訳ありません」
レオリードの言う通り、シスツィーアがアランのパートナーと務めることは、おかしなことではない。それがわかるからこそ、すぐにしおらしく謝罪するけれど、マリナの心はざわめいていて
「申し訳ないが、当日はアランの側にいることが多いだろう。君にもいろいろと手助けをして欲しい。頼めるか?」
「もちろんですわ」
王太子へと内定したアランの重要度は、レオリードよりも高い。当日はレオリードがアランの世話をすることも、十分に理解できる。
これから公の場に出るアランへ、学生を紹介したり、学園を案内したり、やることは多いはずだ。
それでも
(わたくしより・・・・彼女が・・・)
アランのパートナーなら注目される。
当日の主役は、アランとシスツィーアとなるだろう。
そう考えるだけで、マリナはふつふつを沸き上がるものを感じて
「警備のこともある。このことは、当日まで黙っていてくれ」
「かしこまりました」
事前に話してくれたのは、マリナを信頼してくれたから
そう考えて、一応の溜飲を収めようとしたけれど
「お嬢さま!!大変ですわ!!」
帰りの馬車のなかで、付き添いで来たメイドが王宮を出て市街地へ馬車が入ると、すぐに興奮した声を上げる。
「なにかしら?騒がしいわ」
お城を出るまでは、どこで誰に見られているか分からないから、マリナも淑女らしい姿勢を崩さないし、メイドもそれは心得ているから、私語を慎む。そして、市街地へ出てしまえば「もういいでしょう」とばかりに、城で仕入れたうわさ話を興奮して話すのだ。
そんなメイドの態度には慣れたけれど、いつになく興奮する姿が、今日のマリナには鬱陶しくて
眉を不快気に寄せて、マリナが応じると
「第二王子殿下の」
「ああ。レオリード殿下より伺ったわ。香夜祭へ出席されると」
「それはそうなんですが!!そうじゃなくて!!」
王宮で見聞きしたことは口外御法度。
だからこそ、マリナであってもお城に連れてこれる付き添いは、一人と決まっている。
それでもレオリードの婚約者として、公爵家の令嬢として、マリナは相応しく振る舞うためにも、お城での出来事を把握する必要があって
城に勤める者たちのなかには、マリナの覚えを少しでも良くしようと、いろいろ情報を流してくれる者もいて
付き添いのメイドは、お茶会の間に情報収集をしているのだ。
「なんでも、ずいぶんとお元気になられて、側近候補を選ぶだろうと、そう噂が」
「あり得るわね。そのためのご参加なのではなくて?」
ふぅっとマリナはため息をつくと、扇を広げて緩く扇ぐ。
このメイドは、マリナに幼いころから付けられた専属メイドで、マリナに付けられた乳母の姪にあたる。
奉公先を探しているところを、マリナの亡くなった母に気に入られて、そのままマリナのメイドになって10数年。有能なのは良いが、少しばかり大袈裟なところもあって、興奮しやすいのが玉に瑕だ。
それでもマリナに忠心を尽くしてくれるし、相性も悪くない。
交友関係も広く、マリナに有益な情報を集めてくれる、有能なメイドだった。
「第二王子殿下は、今回の参加にかなり気合をいれているらしくて、ドレスも自らがお選びになったと」
「そう・・・・はじめての体験で、浮かれているのではなくて?」
「そうかもしれませんが、靴に、宝石に、髪飾りにと、最高級のものを揃えるように商人を手配して、ずいぶん時間をかけてお選びになったとか」
「そう・・・・・」
王族がシスツィーアのために、最高級のものを揃える。
それは、マリナよりも高価で質の高い物を身に付けたとしても、文句をつけることなどできなくて
ぎりっ
無意識のうちに、手にしていた扇を畳んで握りしめる。
「そればかりか、選ぶ際には第三王子殿下もご一緒だったとか」
「なんですって?」
「それにですね!そもそも、ドレスを作るように第二王子殿下へ提案したのは、第一王子・・・つまりレオリード殿下だという話でした」
「なっ!」
驚きでマリナの瞳が見開かれる。
「香夜祭への出席も、レオリード殿下の根回しがあってのことだと」
「それでは・・・・」
アランの出席にはレオリードが一枚噛んでいるとは、マリナも予想がついていたけれど
(ドレスも・・・・?どういうこと・・・?)
アランがパートナーにドレスを贈ることも、問題はない。十分にあり得る話だし、むしろ当然のことだろう。
けれど、そこにレオリードが噛んでいるのは、別の話だ。
(あの女のために?)
『ドレスを用意できない者もいる』
そんな話をしたから、アランへ提案したのだろうか?
(許せないわ・・・・)
レオリードが贈ることはできないから、アランを利用して、シスツィーアへドレスを贈った。
香夜祭でシスツィーアが肩身の狭い思いをしないように
(なんてこと・・・)
どんなドレスかは分からないが、当然、マリナが着ていてもおかしくない、高級なドレスが用意されるだろう。
せっかくの、話題のデザイナーへ依頼した、婚約者から贈られた、マリナお気に入りのドレス
それが、霞んでしまう
それは、これまで最高級のものを身に纏い、他の者から賞賛を浴びていたマリナには、許せないことで
(なんてこと・・・・)
「それにですね、お嬢さま」
「なに?」
言いにくそうに口ごもって、メイドはマリナを上目遣いに見てくる。
「これは・・・確実な情報じゃないんですけど・・・」
「良いから、さっさと言いなさい」
焦れてマリナが叫ぶと、メイドは躊躇いながらも口を開く。
「その・・・ドレスの色合いが・・・」
メイドが声を潜めて、マリナへ耳打ちする
「なんですって!?」
「しいっ!!これは、本当に不確かな情報なんです!!」
いつも情報をくれる者とは、担当する部署が違う者から教えてもらったから、どれくらい信用できるかは分からないけれど
「けれど、お嬢さまへの贈り物と言うことも・・・」
「レオリード殿下が、わたくしへ?あり得ないわ」
これまで一度も出来上がったドレスを贈られたことなんてなかった。
常にマリナの意向を尋ねて、マリナの希望に沿ったものを贈ってくれた婚約者が
「急に、自分で用意してくださるなんて、考えられないわ」
扇がミシミシと音を立てて
「王宮で仕立てられたドレスがあって、その色がレオリード殿下の瞳の色に近いと」
耳打ちされた言葉が、消えなくて
「殿下の色を纏う?あの女が・・・?」
自分で用意することをせずに、アランを利用して
レオリードの色を纏う
「笑えない冗談ね」
婚約者であるマリナですら、レオリードの色を纏ったことなどない。
それはマリナが望まなかったからだけど、マリナとしては、レオリードに乞われて纏いたいと
「このドレスを着て欲しい」と、願われたいと
そんな支配的な願望もあったのだ。
(許せるはずもないわ・・・・)
ぎりっ
奥歯を噛みしめて、扇への力が入る。
みしみしと扇は音を立てて、
(殿下にも・・・お仕置きが必要ね)
マリナのおかげで、公爵家の次期当主と言う地位が手に入るのに
(王位を継がない王子なんて、扱いに困るところを、救って差し上げたのに)
優秀なレオリードのことだから、王族に残ってアランの補佐をすることは、十分に考えられる。けれども、一代限りの当主の座ではなく、建国以来ずっと王家を支えてきた由緒正しいマーシャル公爵家の当主の座は、レオリードにとっても魅力的なはずだ。
それも全て、マリナがいたからこその縁組。
そのマリナ以外の女性に目を移すなど、あってはならない。
そんなことになれば、相応の報いを受けてもらう
(せいぜい、わたくしに縋りついて、慈悲を乞うてもらうわ)
レオリードは考えられるなかで最高の婚約者だが、マリナが望めば国外の、レオリード以上男性を望むことも出来る。
(わたくしを蔑ろにする夫なんて・・・・必要ないもの)
それに、レオリードに後悔させるなら、なにも本人に報復する必要はない。
(お優しい殿下の事ですもの。きっと、ご自身が傷つくよりも、反省してくださるわ)
標的はマリナが反撃される恐れのない相手が良い。
万が一、アランが出てきたとしても、マーシャル公爵家と表立って争うことはできない
(アランディール殿下も、レオリード殿下の事を蔑ろにはできないでしょうしね)
ふつふつと沸き上がるものを、そのまま沸き上がらせて
マリナの心に、黒い刃ができた。
最後までお読み下さり、ありがとうございます。
本日も21時にもう一話投稿致します。
お楽しみいただければ幸いです。




