王太子内定 ③
レオリードがアランの王太子内定の話を聞いたのは、定例議会の初日の夕食の席。
「父上!?今の話は、本当ですか?」
「ああ。本当だ」
驚きで目を見張るレオリードへ、シグルドははっきりと頷いたのだった。
『今日の夕食は全員揃うように』
そうシグルドから連絡を受けて、珍しく全員が揃って始まった夕食。
穏やかにはじまり、そしてデザートが供されたあと
シグルドは徐ろに、今日の議会の話をはじめて
「アランがセフィリア教の支持を得た。よって、これより3年かけてアランの資質を見極め、問題なければ王太子とする」
そう告げたのだった。
「おめでとう!良かったね、アラン兄上」
リオリースが、満面の笑みでお祝いを伝える。
「ありがとう。まだ正式じゃないけどね」
「大丈夫だよ。最近のアラン兄上、前よりも元気だしお勉強も頑張ってるもん」
リオリースが「お祝いにあげるね」と、にこにこしながらアランへ、デザートの果物を分けようとするけれど、
「好き嫌いは駄目だよ。自分で食べな」
「バレたか」
リオリースの苦手な酸味の強い果物だと気付き、すぐにアランが断ると、食堂には明るい笑い声が響く。
「おめでとう、アラン」
「ありがと、兄上」
目を細めて、嬉しそうなレオリード。
(本当に喜んでくれてる)
アランが知っている、どんなときよりも嬉しそうで
喜んでくれているのが伝わって
(僕は・・・・)
チクリと心が傷んで、レオリードを信じきれないことに、罪悪感を覚えた。
「これからは、アランへ王太子教育を施していく。レオリード、リオリース。これからもアランと仲良く、そして協力していくように」
「「「はい」」」
シグルドは笑みながら頷き、ミリアリザは事前に聞いていたのだろう。なにも言わないけれど、薄っすらと瞳を潤ませて顔を綻ばせている。
「ミリアリザは、これからも3人の教育に力を尽くして欲しい」
「かしこまりました。アラン、おめでとう。レオリード、リオリース、これからもよろしくね」
「ありがとう、母上」
「おめでとうございます、王妃さま。これからもご指導おねがいします」
「おめでとうございます!オレも頑張るね!」
「ありがとう、ふたりとも」
レオリードたちにも、ミリアリザが嬉しそうに微笑んで。
食堂のなかが、和やかなお祝いムードに包まれるなか、リネアラだけが淡々と食事を続けていた。
シグルドはリネアラへ視線を向け、穏やかに話しかける。
「協力は、してもらえるか?」
「陛下、ここでそのようなことをお尋ねになるのは、契約違反ですわ」
軽蔑を含んだ視線を、リネアラはシグルドへ向ける。
「母上!」
「良い!レオリード。すまない、リネアラ」
母を咎めようとレオリードが声を上げるも、シグルドが止め、リネアラへ謝罪する。
けれどリネアラはそのままの視線で、シグルドそしてミリアリザを見て、ふっとため息をつく。
「これでは協力しない、わたくしが悪者ですわね。王妃さまも、わたくしの息子たちをすっかり手懐けて」
「わたくしは、そんなつもりは」
「ええ。王妃さまのお人柄でしょう。レオリードとリオリースを、アランディール殿下と別け隔てなく育てて下さったこと、感謝いたしますわ。おかげでふたりとも、誰に恥じることのない立派な王子になりました」
淡々とした口調のままリネアラは言うと、王妃に微笑みかける。
(なに?)
アランの知る限り、リネアラがミリアリザに微笑みかけるなんて、ましてレオリードたちの養育に関してお礼を言うなんて、これまでなかった。
不穏なものが部屋に漂い、リオリースは不安そうに視線揺らして
「リネアラ、それ以上は」
「あら?先にわたくしを悪者にしてきたのは、契約違反をなさったのは、陛下では?子どもたちの前で仰ったのは、わたくしが反論しないと思われたからでしょう?これまでも、わたくしがどんな思いでいたと?」
「・・・・・」
シグルドが制止の声をかけるも、リネアラはいっそ清々しいほどの笑みを浮かべて
「母上、俺たちがアランを支えるのは」
「レオリード?わたくし、あなたがアランディール殿下を支えるのを、反対したことあったかしら?」
「・・・・・いえ」
笑みを崩さずに言われ、レオリードは言葉を詰まらせる。
「アランディール殿下?」
「なっ、なに?」
「お祝い申し上げますわ」
「あ、ありがとう」
アランにも、いつもの嫌味を含んだ笑みではなく、晴れやかに、にこりと微笑まれて
アランの背中に、ひやりと冷たい汗が流れる。
食堂を、緊張を孕んだ静けさが支配して
カチッ
リネアラのティーカップを、ソーサーに置く音が響く。
「食事も終わりましたし、失礼いたしますわ」
「リネアラ!」
沈黙を破り、静かに立ち上がるリネアラに、シグルドが何か言おうとするが
「陛下。わたくしは、この国に生まれ育った貴族として、王命に従ったにすぎないこと、お忘れにならないでくださいませ」
ゆっくり、ひと言ひと言区切るように。
シグルドと視線を合わせて言うと、リネアラは振り返ることなく、食堂をあとにした。
最後までお読み下さり、ありがとうございます。
次話もお楽しみいただければ幸いです。




