女神の部屋
「アラン!もう少しゆっくり」
「ごめん」
アランに腕を掴まれて、シスツィーアも回廊へと入る。
けれど、なんだか焦ったようにアランが歩くので、シスツィーアは追い付くのが精いっぱいで
転びそうになりながら、アランへ声を掛ける。
それでも先を進むアランは、スピードを緩めることはなくて。やっと回廊を半分ほどのところで立ち止まり、シスツィーアもほっとする。
「けど、驚いたわ。アランが扉を開くことができるなんて」
「・・・僕じゃないかも」
シスツィーアの言葉に、アランが小さく呟く
「ツィーアの魔力で開いたかも」
「まさか。わたしが触れる前に、扉は動き始めていたわ。アランの魔力よ」
アランはそれには答えずに、再び、今度はシスツィーアと手を繋いで歩調を合わせて先へ進む。
回廊には壁はなく、細い飾り細工のフェンスのようなもので作られていて。
「綺麗ね・・・」
ゆっくりと歩きながら見る景色は、シスツィーアをまるで湖の上を歩いているように錯覚させている。
「・・・うん」
アランはなにか気にかかるのか、上の空で返事して
着いた部屋は思ったよりも広くて、シスツィーアとアランが入っても十分な広さがある。
「・・・・あったかい」
部屋の真ん中あたりに立つと、アランが呟く。
回廊を進んだ時から感じていたけれど、部屋が近づけば近づくほどアランは身体がぽかぽかして、心のなかもあたたかなものが広がって
「女神の力かしら?」
シスツィーアもあたたかいとは感じるけれど、それ以上はなにも感じなくて
(王族だから、女神の力を強く感じているのかもしれないわ)
そう思って、その場にたったまま部屋を見回す。
「アラン・・・天井・・・」
ステンドグラスで作られた天井には、またなにかの紋様が描かれていて
「・・・あそこから、なんか降り注いでくる感じがする・・・」
ステンドグラスを通して降りそそぐ光とは別に、なにかあたたかなものを感じて
よく見ると、床の上にも薄っすらと紋様が描かれていて
シスツィーアから手を離して、アランはひとりでその紋様の中心に立つ。
「・・・っ!」
とたんに、なんだかアランの身体がずしりと重くなって
思わずふらつくのを、シスツィーアが慌てて支える。
「大丈夫?」
「ツィーアは?なにも感じない?」
「え?ええ。わたしは」
「何も感じない」とそう言いかけて、シスツィーアもなんだか身体が動かしにくい感じがして
「ツィーア?」
「・・・ううん。少しだけ、身体が怠いと言うのかしら?動かしにくい感じはするわ」
なんだか起きるのが嫌で、もう少し眠っていたいときのような、そんな身体が怠い感覚。
そんなものをシスツィーアは感じていた。
アランとシスツィーアはちょうど床の上の、紋様の中心に立っている。それはステンドグラスの紋様のちょうど中心でもあって
「・・・・どちらかの紋様が、なにかの『魔術式』なのかしら?」
「あり得るね」
魔道具を使ったときのような、魔力が減った感じはしないけれど
シスツィーアは身体が怠いのは、「魔力への干渉」だと思えて
アランとふたりで天井と床を交互に見るけれど、ふたつの紋様は同じものではなく、違っていた。
「天井の紋様は、なんだか信徒席に描かれていたものと似ているわ」
「じゃあ、この床の上に描かれているのが、原因?」
「かもしれないわね。写して大丈夫かしら?」
ちらっとレザ司祭たちの方を見ると、回廊の向こうからはシスツィーアたちの様子を、じっと見ていて
「・・・写そう。なにかあったら、僕が責任を取るから」
「分かったわ」
シスツィーアが、持っていたノートに紋様を写しはじめると、アランは邪魔にならないように部屋の隅へと移動する。
「・・・紋様から離れたら、身体が楽になった。ツィーアも離れてみて」
「ええ・・・・本当ね」
描く手を止めてアランと同じように隅へ移動すると、だんだんと身体は楽になって
けれど、離れた場所からは写しにくくて、シスツィーアはまだ部屋の中心へ戻る。
また身体が動かしにくい感覚が戻ってきて
(早く終わらせよう)
天井を見上げながら、続きを始める。
集中するシスツィーアの邪魔をしないように、アランは黙って湖の方へ視線を向ける。
部屋から見える湖は、アランの瞳と同じような色合いをしていて
(底まで見えそう・・・)
惹かれるように湖の底を見つめる。
湖には魚がいることもなく、水草も見えなくて、そのまま底まで見えそうで
(・・・なんだろう?さっきの・・・)
ふっと、アランの脳裏に何かが浮かぶ。それはさっき聖堂でのことと似ていて
シスツィーアは天井を見上げて、しばらくすると手元に視線を向けて写していて、おかしな様子はない。
(僕だけ・・・?)
さっきは女神像へ手をついていた。
それなら———―
聖堂は入って正面に女神像があった。
この部屋の四方は、腰から上はステンドグラスで囲まれていて、下は白い壁で造られていて
(・・・・小さな聖堂みたい)
さっきの聖堂を小さくしたような造りで、それならと、アランは回廊からちょうど正面の壁の前に立つと、聖堂なら女神像があるあたりへ手を伸ばす。
(このあたりかな?)
そっと右手を壁につけて、アランは目を閉じた。
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次話もお楽しみいただければ幸いです。




