神殿訪問 ①
「ようこそ、おいでくださいました」
神殿訪問の日。
約束の時間の少し前に着いたシスツィーアたち。けれど、神殿の入口にはアランの出迎えのために、教会の最高責任者である教主も来て待っていた。
「第二王子のアランディールだ。今日はよろしく」
神殿の作法に従ってアランがお辞儀をすると、白髪の教主は微笑みながら礼を返す。
そのあと司祭たちの紹介が行われ、
「アランもレザ司祭さまと知り合いだったの?」
アランが「久しぶり」とレザ司祭へ声を掛けると、知らされていなかったシスツィーアは目を丸くして、ふたりを交互に見る。
アランは「言ってなかったけ?」という感じだが、レザ司祭はいたずらっ子のように微笑み頷く。
(また、黙ってたのね・・・・)
レザ司祭のこんないたずらにはずいぶん慣れてたと思ったのに、最近でも驚かされるばかりのシスツィーアはため息を吐く。
「ええ。こう言ってはなんですが、貴族出身の神官たちの中でも、私が一番爵位が高いですからね。王族への対応は、私へ一任されてますよ」
嫌味でもなんでもなく単なる事実だと、レザ司祭はあっけからんと言う。
「オルレンの叔父だっけ?それで、母親が僕の・・・・なんだっけ?父上の従姉弟だったよね?」
「ええ。私の母が陛下の従姉弟にあたりますね」
と言うことは、オルレンはアランと再従兄弟(?)になるわけで
(今度、家系図?相関図?作らないと、覚えきれないわ・・・・・)
新しい情報になんだか疲れながら、そっとノートの隅に書いておく。
8人いる司祭の紹介が終わると、「神殿の案内は顔見知りが良いでしょう」と、レザ司祭と、先日の魔道具の事故でアランと顔見知りになった、リド神官がしてくれることになった。
「ここが魔力検査に使われる部屋です」
「へぇ。結構狭いんだね。ツィーアもここでしたの?」
「え?ええ・・・たぶん?」
最初に案内されたのは、魔力検査に使われる部屋。
アランは神殿の敷地内にある、王族専用の建物で魔力検査を行った。その部屋はもっと広かったとアランは記憶しているから、大人が4人も入れば手狭なこの部屋は、なんだか新鮮だった。
「ええ。シスツィーアの魔力検査は、この部屋で私とリドファルドで行いました」
覚えていなかったシスツィーアが、助けを求めるようにレザ司祭へ視線を向けると、レザ司祭は微笑みながら答える。
「ここは貴族用の部屋で、平民はまた別のところにあります」
「そうなんだ。理由はあるの?」
「魔力検査用の宝珠が、平民とは造りが違っているそうですよ」
「なるほどね」
アランが質問した内容と、レザ司祭の回答をシスツィーアはノートへ書いていく。
「この、宝珠の下にある紋様は?」
「神殿が造られたときよりあるものです。宝珠と繋がっているのか、魔力検査のときには宝珠と同様光りますね」
「僕が魔力検査した部屋にも、この宝珠と紋様はある?」
「ええ。宝珠の造りは違うと伝わっていますが、紋様は同じものがありますよ」
「えっと、この紋様は写しても大丈夫ですか?」
「構いませんよ」
シスツィーアは許可を取って、紋様を書き写す。その間に、アランは部屋を一周して
「壁にはなにもないんだね」
「ええ。宝珠と宝珠を置く台、そして紋様以外は、何もない部屋です」
「掃除してて、紋様は消えないの?」
「ええ。不思議なことに、この神殿が造られてから欠けることなく、そこに存在していますよ」
シスツィーアが写し終わるまで、アランはレザ司祭と部屋を眺めながら雑談をしている。
「終わりました」
「では、次へ行きましょう」
そんなことを、いくつかの場所で繰り返して、
「少し休憩いたしましょう」
案内が始まって2時間近くたったころ、シスツィーアも何度も来たことがある、レザ司祭の部屋で休むことになった。
ソファーで向かい合ってアランとレザ司祭が座り、リド神官が飲み物の用意をするのをシスツィーアも手伝う。護衛騎士はロイが部屋の中で窓側に立ち、ラルドは扉の外に立っている。
「司祭さまになっても、同じ部屋なんですね。変わったと思ってました」
「普通なら、もう少し広い部屋なんですけどね。レザ司祭が「移動が面倒だから」と断ったんですよ」
用意してあったのは冷たい果実水で、シスツィーアはアランと自分の分をテーブルに置き
「えっと、先に毒見するわね」
そう言って、アランのグラスに手を伸ばす。
「ツィーア?それって、護衛の仕事・・・」
「え?レオリード殿下が視察に行ったときは、オルレンさまがしてるって」
「だって、護衛ってキアルだろ」
アランの呆れた声に、シスツィーアが首を傾げると「キアルは王族」と、小さな声でアランが指摘して
(えっと・・・・仕事、奪ったことになるのかしら?)
ちらっと部屋の中にいるロイを見ると、気まずそうにすーっと視線を外して
(・・・そう言えば、毒見のことは話してないわね)
シスツィーアは自分がするつもりだった。けれど、ロイたちも自分の仕事だと思っていて、打ち合わせの時には話が出なかったのだろう。
他にもそんなことが発覚して、それで昨日のアランは機嫌が悪かったのかもしれない。
「えっと、護衛の方が倒れると困るから、わたしがするわね」
「おや?シスツィーアは私が毒を盛るとでも?」
シスツィーアがカップを口へ運ぼうとすると、今度はレザ司祭が意地悪く言う。と言っても、レザ司祭の顔は笑っていて、楽しそうだ。
「司祭さまがそんなことなさるとは思ってません。するならもっと、ばれないようにするでしょう?」
レザ司祭へ呆れた顔を向けて、シスツィーアはカップへ口を付ける。
(ん・・・美味しい)
ゆっくり一口含んで、口の中でころがすように味わって、ゆっくり飲み込む。柑橘の味がする冷たい果実水は、すーっと身体に染み込むようで
「大丈夫よ」
「ありがと」
アランが受け取って、「ん、美味しい」とほとんど一気に飲み終える。
「これって、セイリアの実?」
「ええ。女神セフィリアの実ですよ。神殿で栽培しております」
「へぇ。こうすると美味しいね」
セイリアの実は『女神セフィリアの実』とも言われ、女神が好んだ果物と言われている。
日本で言う柚子のような果物で、神殿では果実水にして飲むことが多かった。
アランにお代わりを注いで、シスツィーアはアランのうしろに立つ。
神殿の日課をレザ司祭が、奉仕活動をリド神官が話し、アランは時折質問をして。
「シスツィーアは奉仕活動のときに、いつも活躍しているのですよ」
くすくすと笑いながら、リド神官が奉仕活動のときのシスツィーアの様子を教えて
「ツィーアが?」
「ええ。シスツィーアは治癒の魔道具を使って、恵まれない人々へ治癒を施していましたから」
「ほんと?すごいね」
アランが驚くと、レザ司祭もからかうようにあとに続いて。
シスツィーアは恥ずかしさで頬を染めて、少しだけレザ司祭たちを睨むようにして抗議する。
「司祭さま!それは内緒って」
「おや?この間の一件で、アランディール殿下はシスツィーアが『治癒の魔道士』資格を持っているのをご存知なのでは?」
「それは!そうですけど・・・」
「褒めてるんだし、嫌がらなくて良くない?」
(司祭さまたちが「内緒」って、言ったのに)
確かにアランにも騎士たちにもばれているけれど、だからと言って面と向かって言われるのは、恥ずかしくて
「魔力制御の・・・実践を兼ねてよ。褒められるようなことじゃ」
「でも、それで助かった人もいるんだろ?」
「ええ。私たちよりも多くの人々を救いましたよ」
「ほら」
「司祭さま!」
シスツィーアの顔を真っ赤にする様子が、微笑ましくて
気がつけばロイも肩を震わせていて、部屋が明るい笑い声で包まれて
和やかな空気の中、アランが飲み終わるのを見計らって、レザ司祭が立ち上がる。
「そろそろ行きましょうか。最後に聖堂をご案内いたします」
最後までお読み下さり、ありがとうございます。
次話もお楽しみいただければ幸いです。




