アランと護衛騎士 ③
アランの疑問に、ロイとラルドは顔を見合わせる。
「騎士団長から聞いていた君たちだと、ツィーアのことも気にかけてくれると思ってたんだ。けど、違うよね?なにか理由あるの?」
「そうだな。日頃のお前たちなら、もっとシスツィーア嬢を気にかけたと思うが」
「「・・・・・」」
顔を見合わせて、また黙って。それをじっと見つめながら、アランと騎士団長が返事を待つ。
「・・・うわさ、です」
「噂?どんな?」
「その、シスツィーア嬢が・・・」
「ツィーアが?」
「・・・・・」
「ああっ!もう!怒らないから言って!」
言いにくそうなロイたちに、アランが焦れて叫ぶ。
騎士団長も目で「話せ」と促して
「その、自分の従妹が、学園に通っているのですが、そこで「シスツィーア嬢は殿下の側近となったことを、ずいぶんと鼻にかけている」と」
「ツィーアが?」
ラルドの思いがけない言葉に、アランが首を傾げる。
「はい。その、従妹が言うには、香夜祭のパートナーの申し込みも片っ端から断り、「一曲だけでも」とダンスを申し込んでも頷かないと。それに、従妹も仲良くしようと何かと気を配っても、無碍にされるらしくて」
「「・・・・・」」
シスツィーアの噂の内容に、思わずアランと騎士団長は顔を見合わせる。
(その噂って・・・かんっぜんに誤解・・・)
シスツィーアの香夜祭のパートナーはアランだ。だが、それを公に出来ない以上、シスツィーアは理由を言えないし、パートナーやダンスを申し込まれても断るしかなくて。
(たぶん、「無碍にされた」って言うのも、同じようなものだろうし・・・)
アランに迷惑かけたくないと、シスツィーアが頑張った結果が、誤解を生んでしまって
なんとも言えない気持ちが、さらに広がるアラン。
(ツィーアも言ってくれたら良かったのに)
そう思うけど、シスツィーアがアランに気兼ねして言わなかったのは、簡単に想像できて。
「シスツィーア嬢は、その、たいへん可愛い・・・ですし」
シスツィーアの容姿を褒めながら、顔を赤くしているラルド。
「ああ。うん、確かにツィーアは可愛いね」
「はい!ですから・・・最初は、従妹の僻みかとも思ったのですが、「身内も手を焼いている」と、そう聞いて」
「身内?」
「はい。「姉に当たる方も困っている」と」
シスツィーアの容姿に関しては、アランも異論はないから同意すると、一瞬ラルドは声を弾ませ、そしてだんだんと言いにくそうにして。
(ツィーアのお姉さんって、あの子だよね)
アルデス家で見たリューミラを思い出して、シスツィーアの義理の姉が言ったなら、騎士たちが信じるのも無理はないと頷く。
「なるほどね。確かに身内が言ったなら、信憑性あるから君たちも信じても仕方ないね」
アランと騎士団長が理解を示したことで、ラルドは肩の力を抜く。
「それに、レオリード殿下のこともあります」
「こうなったら、全部話す」そんな勢いで、ロイも口を開く。
「先日、アランディール殿下とレオリード殿下が外出した際に担当した騎士が、その、レオリード殿下の行動が「軽率」だと・・・あ!口止めをされてますし、なにをなさったかは騎士も話しておりません!もちろん、オレとラルも知りません!ですが、我々がアランディール殿下の騎士になるならと、「気を付けろ」と忠告してくれて」
先日のアルデス子爵家での一件は、レオリードによって箝口令が敷かれている。けれど、騎士たちとて騎士団長への報告は必要だし、アランの騎士になるならと、話をしていてもおかしくはない。
「ですので、その、少しだけ」
「思い上がりなら、その、注意しようと」
シスツィーアが自分の容姿に自信を持ち、アランの側近であることで思い上がっているなら、あえて仕事だけの付き合いをしてみようと。
殿下に気に入られていても、まわりとの協調性がないと、城で働くことはできない。
それを示したかったと言うふたり。
(うーん。何をやりたかったかは、分かったけど・・・)
一昨日の疲れ切ったシスツィーア。きっと、ロイとラルドの態度を見て、「アランの側で働く方の、わたしへの態度はこんなものなのね」と受け取ってしまった。
そして傷ついて。
最終的には「仕事がきちんとできれば、問題ないわね」と、割り切ってしまったのだろう。
はぁ。内申でため息をつくアラン。
「あのさ、君たちのやったことって、ツィーアには伝わってないよ」
薄々はそれに感づいていたと、ふたりは項垂れて。
「アランディール殿下へも、その・・・ある程度の距離は・・・必要かと」
「最初から・・・その・・・近づきすぎては・・・と」
いざと言うときに、アランを諌めることができるようにしようと。
それで距離感が分からなくなったと、縮こまるふたり。
騎士団長は何とも言えない表情で「お前たちは・・・」そう呟いて、はぁーっとため息をつく。
「んー。それで、君たち自身はツィーアのこと、どう思ってるの?」
アランが一番気になる、ふたりのシスツィーアへの感情。
「オレは、先日の件では、腕を治癒して貰いました。恩はあります」
「あれだけ助けてもらったんです。その、正直妬ましい思いはあります。けど、シスツィーア嬢に危害を加えようとは思いません」
ふたりからは、シスツィーアへの嫌悪感とかは感じられなくて。
「僕はね、兄上とキアルとオルレンみたいな関係を作りたいんだ」
アランの理想は、あの三人の関係。もちろん、幼いころからの付き合いだから、あの仲の良さなのも分かる。
けれど、身近な者たちとは、あんな関係を作っていきたい。
「はい」
そう返事をするふたりは、さっきまでとは違っていて
「僕に対して、不満ある?今なら聞くよ?」
「ありません」
「自分もです」
姿勢を正して直立し、真剣な顔つきのふたり。
(大丈夫だとは思うけど・・・)
それでも、一応は釘を差しておこうと、アランは騎士団長へ向き直る。
「騎士団長」
「はっ」
「とりあえず、警護計画とか騎士がかかわるものは、しばらく確認してもらえる?」
「引き続き、このふたりを騎士として、お側に置いてくださるのですか?」
「それはね。まだはじまったばかりだし、ふたりがこれから態度を改めてくれるなら、問題ないよ」
アランの言葉に、ロイとラルドは胸をなでおろす。
自分たちの失態とは言え、たった二日で解任されたなど、恥ずかしくて騎士団にいることもできない。
それよりも、名誉挽回のチャンスがあるだけでも良い。
「執務室へも私室への立ち入りも、最初の話通り許可しない。いい?」
「はっ」
それは正式に決まるまでは許可されないと、事前に言われていたから問題ない。
ロイとラルドの先ほどまでの、どこか暢気な雰囲気が変わり、気を引き締めたのが見て取れる。
(うん。まあ、いっかな)
『視線』に気がつかなかったのは残念だったけど、今のふたりとなら、上手くやれそう。
アランの雰囲気が和らいで、顔も穏やかになって
騎士団長もほっとしつつも、ふたりへ釘を差す。
「お前たち、これからはシスツィーア嬢と連携していけるな?」
「もちろんですよ、な?ロイ」
「はい。騎士団長もご覧になったでしょう?ちゃんと騎士の挨拶もしましたよ」
「騎士の挨拶?」
聞きなれない言葉にアランが首を傾げる。
騎士団長が返事をするかと思っていたら、なぜか固まっていて、不思議そうにしながらもロイが代わりに返事する。
「はい。騎士同士で行うものですが、お互いに敵意がないことを示すもので」
「どんなの?」
「あ、こんなのです」
ロイとラルドがお互いの手で握手すると、アランはんだか面白くなくて
「ふーん。つまり、ツィーアに触ったんだ」
「「はい!」」
けれど、ロイたちはそれには気が付かず、ふたりでシスツィーアとのやり取りを思い出して、楽しそうで
「シスツィーア嬢、手も小さくて可愛かったよな」
「正直、にやけるの我慢するのが大変だよな。戸惑った顔も可愛かったし」
可愛らしい少女と一緒に働いて、楽しくないわけがない。
そう言って、ふたりが声を弾ませる。
「治癒のときの、シスツィーア嬢の魔力も、なんかこうほわほわして気持ちよかったし。やっぱ、可愛い子にしてもらったからか?」
「ずっりぃ。オレもして欲しい」
「おい、おま」
調子に乗って話すふたりへ、騎士団長が制止の声を掛けるも、アランに遮られて
「もしかしてツィーアが可愛いから、それでカッコつけようとした?」
「え・・・実は」
「それもありますね」
照れて頭をかくふたり。
シスツィーアへの感情は、かなり好感度が高くて
アランはそんなふたりを、じっと見たまま黙ってしまって。
騎士団長がそっと空を仰ぐ。
さっきとは違う、アランの冷ややかさに気がついたロイとラルド。
また何か気に障ったかと、ふたりでおろおろして
不気味な沈黙がその場を支配する。
「・・・・・」
むすっとして、黙り込むアラン。
「・・・あの」
「なにか、気に触ることを・・・」
「別に」
不機嫌さを隠そうともしないアラン。
「ツィーアが来るから」と、すたすたと王宮へ歩きはじめて、ふたりが慌てて追いかけて
騎士団長はそんな様子を、ため息をつきながら見送った。
最後までお読み下さり、ありがとうございます。
次話もお楽しみいただければ幸いです。




