レオリード ③ ~謝罪~
彼女が城まで、歩いて来ている
それを知ったのは彼女が倒れたあと、アルデス家へ連絡するよう手配したとき。
だから城で働く者のための寮へ、入ることはできないかと、メイド長へ相談して
その話をしようと、書類を取りに行っている間に、彼女が帰宅してしまったから、追いかけた。
馬車を停める場所が見つからず、以前アランがシスツィーア嬢と待ち合わせた場所に、停めようと向かう途中で、シスツィーア嬢が歩いているのが遠目に見えて
「兄上、ツィーア歩いてるよ?一人だし・・・僕、追いかけて良い?」
「ああ。騎士を連れていけ。気をつけろよ」
シスツィーア嬢が歩いて城へ来ていることを、アランは知らなかったのだろう。
えっ?と、目をみはって驚いていて。
少し離れた場所だが、アルデス家もすぐ近くだから、問題ないだろう。
そう判断して、アランを行かせたが・・・
「申し訳・・・ありません。謝っても・・・許される」
「そうだ!!謝ったからと言って、簡単に!!」
門を開けると、そんな声が響いた。
急いで玄関へと向かうと、アランが後ろから、シスツィーア嬢を支えているように見える。
「なにをしている?」
言いながらアランたちを見ると
(・・・っ!?)
シスツィーア嬢の顔が・・・あかい・・・
(殴ったのか!?)
瞬間、声をあげそうになるが、必死に抑える
(ダメだ・・・冷静に・・・)
怒りに振り回されると、足元を掬われる。
「あに・・・」
アランが俺を呼ぼうとするが、「黙っていろ」そう目で合図すると、伝わったのかシスツィーア嬢を支えたまま、一歩下がる。
(アランの正体を、知られる必要はない)
アルデス子爵とは接点がない。どんな人物か分からないが、少なくともシスツィーア嬢を殴ったのは、アルデス子爵で間違いないだろう。
そんな人物と、アランを関わらせるわけにはいかない。
「夜分にすまない。なにが起こっている?」
怒鳴り散らしそうになるかと思ったが、口から出た声は自分でも意外なほど冷静だ。
「レ、レオリード殿下!!なぜ!?」
「シスツィーア嬢を送って行こうとしたら、もう帰宅したと言われてね。子爵への説明も必要だろうと、来たのだが・・・」
(シスツィーア嬢が、いったい何をしたと・・・?)
彼女は誰かを、怒らせるようなことはしない。
危険をかえりみず、人に懸命に尽くす人だ。
(なぜ・・・?)
思いつくのは、ずっと家に帰れなかったこと。
それくらいしか、考えられない。
(普通なら心配するのでは、ないのか?)
いくら城から連絡したとは言え、ずっと帰らなければ、心配ではなかったのだろうか?
シスツィーア嬢の家族から面会依頼があれば、許可するように伝えていた。
だが、誰かが面会に来たという話は聞かなかった。
城だから来にくいのかと思い、あまり気にしていなかったが、それは見当違いだったのか?
ぐっと手を握りしめて、怒りに振り回されないように耐える。
暗がりでもわかるほど彼女の頬は腫れあがり、何かがふつふつと込み上げてくるが・・・
「れお・・りーど・・でんか・・。あの、わたしが・・・」
必死で言葉を紡ごうとするが、話すことさえままならない彼女へ、安心させるように微笑んで
(きっとシスツィーア嬢は、俺がアルデス子爵と争うのを、良しとしない)
ここでアルデス子爵へ怒りをぶつけるのは簡単だが、そうするとシスツィーア嬢がアルデス子爵から叱責を受ける。
いや、今以上の暴力に晒されるかもしれない・・・
彼女を城へ連れて帰るのは簡単だが、ずっと面倒を見ることは不可能だ。
アランの側近とは言え、未成年者は家長の意向に逆らえない。
すぐに連れ戻されてしまう。
なら・・・
アルデス子爵へ向き直り、申し訳なさそうな顔をする。
「すまない、アルデス子爵。シスツィーア嬢を長くお借りしてしまい、子爵へも心配をかけた」
本来ならあり得ない
(俺が子爵へ、頭を下げるなんてな)
自嘲的な笑いがでるが、それでもこの場がおさまるなら、それでも良い
「っ!!でん・・・!!」
「殿下!!?」
下げたと言っても軽くだ。
非公式なら問題ないだろう。
それすら一瞬ですぐに顔を上げたが、アルデス子爵は顔を真っ青にしていて。
「こちらから子爵へ、連絡をすると言っておいたのだ。シスツィーア嬢も私への気遣いから、子爵へ連絡するのが憚られたのだろう。子爵へ迷惑を掛けたのはこちらの落ち度だ」
「レオリード殿下!!」
騎士たちも非難めいた声をあげるし、アランは絶句している。
そんな騎士たちに軽く笑うが、シスツィーア嬢は口元を手で覆っていて
(泣かないでくれ)
ぽろぽろと、見開いた両目からは涙が溢れている。
泣く必要などないのに
「っ!やめてください!」
ふらつきながら、シスツィーア嬢が俺の前に来る。
倒れたときのために、すぐに手を差し伸べることができるように
触れるか、触れないかの距離
俺を見上げて、必死に言葉を紡ごうとする彼女の姿が、痛々しくて
見ているだけで胸が苦しくて
再び、握った手に強く力を込める。
「わたしがっ!連絡を・・・!」
「そっ!そうで!」
「君の、あの状態では仕方ない。大切な弟を、従兄弟を、友人を助けてくれて、ありがとう。そのせいで、君が子爵と仲たがいすることになって」
「なっ!仲たがいなど!」
怖がらせないように、穏やかな声を意識して
青くなったまま、必死で言い訳しようとするアルデス子爵へは、もはや嫌悪しかない。
(謝ることすら、しないのか?)
改めてアルデス子爵へ向き直る。
一瞬、たじろいだように見えたのは、見間違いか?
「むろん、王家からの正式な謝罪とはいかないが、どうか怒りを収めてくれないだろうか?」
さらに言葉を重ねると、口をパクパクさせるだけで・・・
(見苦しいな)
自身より弱い者へしか、強く出られないのだろう。
思わず、ため息をつきそうになるが
「もちろんですわ!!」
どこから見ていたのか、気が付けばアルデス子爵の後ろには、夫人らしき人がいて慌てている。
「主人もシスツィーアの帰りが遅く、連絡もなかったことで気が立っていたのです!決して、シスツィーアが憎いからではなくっ!」
「そっ、そうです!心配のあまり、つい・・・。シスツィーア、すまなかった」
アルデス子爵が、慌ててシスツィーア嬢へ頭をさげる。
「では?」
「シスツィーアの頬は、すぐに手当ていたします!主人も咄嗟のことで、力加減ができなかったのでしょう。そうですよね!?」
「ああ・・・。すまなかった」
屈辱に耐えるように、歯を食いしばり、シスツィーア嬢へ謝罪する子爵
(すまなそうには見えないがな)
そうは思っても、口に出すわけにはいかない。
「シスツィーア。旦那さまもこう仰っています。あなたも、もういいでしょう?」
婦人もシスツィーア嬢へ、非難めいた視線を向けている。
(なるほど)
すーっと、どこか冷静になる。
きっと、今に始まったことではない。
彼女の子爵家での扱いは、思っていた以上に悪い
なら、
「子爵夫妻、シスツィーア嬢が帰りが遅いから、心配のあまり荒事になってしまったと?そう言うことで良いか?」
穏やかに確かめる。
「むろんです!そうでなければ、シス・・むっ、むすめに、手を挙げるなど!」
「そうですわ!わたくしたちは、養女とは言えシスツィーアを大切にしております」
こくこくと、首を縦に頷く夫妻。
「そうか、なら、シスツィーア嬢が遅くに返ってくるのは心配だろう?どうだろうか?シスツィーア嬢を寮に入れないか?城で働く者のための寮だから、シスツィーア嬢も権利がある。未成年だから、親の許可が必要だが・・・」
そんなに彼女を疎んじているなら、すぐに子爵は肯くかと思ったのだが
なぜだか、夫妻は目に見えて狼狽えている。
視線をずらすと、アランは目を細めて表情をなくしているし、シスツィーア嬢は
(彼女にとっても、迷惑な提案だったろうか?)
このまま子爵家にいても、彼女はつらい思いをするだけだろう。
けれど、寮へ入ったとしても、子爵が連れ戻しに来る可能性は、否定できない。
(選ぶのは、彼女)
彼女にとって良い方をほしい。
そんな思いで彼女を見るが、立ち尽くす彼女の表情からは、なにも読み取ることができなかった。
最後までお読み下さり、ありがとうございます。




