魔道具の事故 ①
「っ!きゃあ!」
急な揺れで、シスツィーアは身体をしたたかに壁に打ち付ける。
痛いと思う暇もなくまた地面が揺れ、壁に手をつきながら必死に立ちあがるけれど・・・
(殿下はっ!?)
今度こそ守らないと。
そんな思いでレオリードを探すが、身体が揺れて視界が定まらない。
それでもかろうじてレオリードも、片膝をついて地面にしゃがんでいるのが見えて
シスツィーアはレオリードに覆いかぶさるように飛びつき、彼の頭を両手で抱きしめる。
(守らないと!)
「王族を守るのが、お城で働く人の最優先事項よ」
訓練をしてくれた、女性騎士の言葉を思い出す。
両手に力を込めて、必死にレオリードを守ろうとして
ようやく揺れが収まると、また外が騒がしくなる。
シスツィーアがぎゅっと閉じていた目を開けると、恐る恐る床に伏せていた事務官が立ち上がり、窓の外へ視線を向けていた。
「大変だ・・・!」
事務官の言葉にレオリードが反応し、力が緩んでいたシスツィーアの手をどけると窓へ駆け寄る。
シスツィーアも立ち上がって外を見ると、演習場で今度は煙と共に火が上がっているのが見えた。
「っ!演習場へ行く!扉を開けろ!」
レオリードの言葉に、事務官が慌てて鍵を解除する。
外へ飛び出したレオリードを追ってシスツィーアも外へ出るが、棟の外はむっとする空気と、焦げ付く臭いで辺りが満ちていた。
そのまま演習場へと走るレオリードを追いかけるが、シスツィーアはどんどんと引き離されてしまって
演習場へ着くころには、完全に見失っていた。
「アランは・・・!?」
さすがに騒ぎが続いていたのだ。もうアランはここにはいないと、そう思いたかったが、王族の控え室として使用すると聞いていた天幕の方へと向かう。
天幕のあたりはシンと静かで、天幕前に一人だけ騎士が立っていた。
話しかけるとアランが中にいると言われて、シスツィーアは急いで天幕へ入る。
「アラン、いるんでしょう!?」
「ツィーア!?来たの!?」
椅子に座って項垂れていたアランが、はっと顔を上げる。
シスツィーアも急いで駆け寄って、椅子の前に跪く。
「怪我はない!?」
「僕は大丈夫。だけど庇ってくれたキアルが」
地響きが鳴り渡った時、演習場では地割れが起こったと青ざめた顔で教えてくれる。
ちょうどアランの足元で地割れが起こり、隣にいたキアルが引っ張ってくれたから良かったが、代わりにキアルは割れた地面に身体が入りこみ、揺れがあったことで足を骨折したそうだ。
「一歩間違えれば、キアルは割れた地面に、身体が落ちていたかもしれない」
それを目の当たりにして、アランはショックで動けずにいた。
(無理もないわ。自分を庇って誰かが怪我をするなんて、耐えられないもの)
たとえ護られるのが当たり前でも、慣れるはずはなかった。
ましてそれが従兄弟なら、当然だ。
「君が無事でよかった」
「どうしたの?」
シスツィーアはぎゅっとアランから両肩を掴まれ、耳元で囁かれる。
「魔道具が、燃えているんだ」
「ええ。聞いたわ。原因までは分からないけれど」
「僕を、狙ったものかもしれない」
「えっ!?それって!」
「しっ!まだ確証はないんだ」
シスツィーアが目を見開いてアランを凝視すると、アランは顔を歪める。
「エツィールド家に行ってからだよ。身の回りでおかしなことが。今日だって、君が参加しないと決まったのは昨日だった」
「ええ。側妃さまが嫌がったって」
側妃の反対にあって、シスツィーアは演習への参加を取りやめて。
それは偶然だったけれど
「もし、参加していたら、君が殺されていたかもしれない」
「まさか!」
囁くアランの声は、震えていて。
(キアルは助かった。けど、ツィーアだったら?)
シスツィーアがアランを庇って、キアルのように裂けた地面に身体を挟まれたら?
華奢なシスツィーアなら、そのまま地の底に落ちていたかもしれない
(助かったとしても、キアルみたいに骨折だけでは、すまなかったかも・・・)
そう考えると、アランはシスツィーアを失うかもしれない恐怖で、押しつぶされそうになって
ぎゅっ。
アランがシスツィーアを、縋りつくように抱きしめる。
「君は、何ともなかった?」
「えっ、ええ。レオリード殿下が一緒だったから」
小刻みに震えるアランを振り払うことは出来ずに、シスツィーアがそのままの姿勢で、魔道術師団の棟での出来事を話す。
「良かった。兄上と一緒で」
そう言って、やっとシスツィーアから離れ、青ざめながらくしゃっと泣きそうな顔を見せるアラン。
(ここにいるのは、危険かもしれないわ)
本当にアランを狙って、この騒ぎが起こっているなら
警備がしっかりしている、王宮の方が安全だ。
シスツィーアはアランの手を取って、立ち上がる。
「アラン?ここにいたら危ないかもしれないわ。王宮へ戻りましょう?」
「ううん。さっきのことで動揺したけど、騒動がおさまるまでは見届けたいんだ。僕にも出来ることはしたいしね」
「でも・・・、狙われているかもしれないんでしょう?」
「うん・・・。でも、確証はないし、考えすぎかもしれない。だから」
ぎゅっと、シスツィーアが取った手に、力がこめられる。
「君も危ないかもしれないけど・・・まだ、城に戻りたくない。お願い。怖いけど、逃げたくないんだ」
アランにとっては、ここが正念場。
ここから逃げても、誰もアランへ文句は言わないだろう。
王族として身を守ったと、誰しもが納得する理由がある。
けれど、逃げてしまっては、まわりから認められることはない。
ずっと、認められたくて頑張ってきた。
それを台無しにしたくない。
それになにより
(目の前で傷ついている人がいるのに、見捨てたくない)
シスツィーアやレオリードや、ほかのアランを助けてくれた人たちと同じように、
(僕だって、誰かを助けたい)
(ここで逃げたら、ダメだ)
「役に立つかは分からない。足を引っ張るかも。けど、出来ることをしたいんだ」
さっきよりも落ち着いて、そうシスツィーアへ告げるアランの目は迷いがなくて
「ごめん。迷惑かけるけど、現場に戻ろうと思う。一緒に行ってくれる?」
「もちろんよ」
出来ることをしたいと、震えながらも言うアラン。
シスツィーアも微笑んで応えた。
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