プロローグ
初投稿です。よろしければお付き合いください。
気が付いた時には、身体中が痛むことが増えていた。
血液と一緒に、針で刺したみたいな痛みが身体中を巡って
我慢できない程ではなかったけど、足の裏も痛いから歩くことがきつい日もあって
最初に、「そう言えば、身体が痛いな」と感じたのは、中学三年生の11月ごろ
受験生だったし、椅子に座っていることが多かったから、身体中が固くなっているのかなぁと思っていた。
一応、お母さんに連れられて病院へ行ったけど、どこにも異常はなくて
受験のストレスかもしれないし、あんまり深刻には考えてなかった
できるだけストレッチとかもして身体が固くならないように、ほぐすようにしていたのに、やっぱり週に一回は身体中が痛くて
その時は1時間もすれば治まっていたから、我慢できた。
だけど年が明けて、いよいよ受験本番に近づくけど身体中が痛くて仕方なくて、ベッドで寝ている日が出てきた。
それでも、何とか第一志望に合格できて卒業式も無事に終わって
受験のストレスから解放させたら、きっと痛みも引いていくと思っていたのに
3月の終わりごろには入院した。
痛みがくると動けなくて身体中が重くて、痛みが治まっても倦怠感がひどく、そして決まって熱も40℃近くでた。
だけど、いろいろ検査してもやっぱり原因は分からなくて
一週間くらいで退院して、入学式は出席できた。
いつ痛みがくるかわからないから、なんだか落ち着かなかったけど、席が近い子とは仲良くなれそうで、担任の先生も話しやすそうで、これからの学校生活が楽しみだった。
2歳年上のお兄ちゃんが一緒の学校だから、通学は一緒に
痛みがあったらすぐに病院へ行く。
あといくつか両親と約束したけど、4月の終わりには「GWに遊びに行こう」って約束する友達もできた。
体育はお医者さんに言われて当分は見学だけど、他の授業は普通に受けることはできていたし
始発駅から電車に乗るから、毎日座って窓から海を眺めるのが好きだった。
放課後は身体が疲れて重くて、家の帰るのがやっとだったから部活は入らずにいたけど、休みの日は友達とショッピングモールへ行って、映画を見たり、買い物したり、入ったカフェでどうでもいい話でお喋りしたり。とっても楽しくて、充実した毎日だったと思う。
だけど梅雨の時期には、学校にいけない日が出てきた。
授業中に痛みが酷くなって保健室へ行くことが増えた。
夏休み、また入院した。
いっぱい検査もしたけど、やっぱり原因は分からなくて。
中学の友達も、高校でできた友達もお見舞いに来てくれた。
お兄ちゃんも時々来て宿題教えてくれたし、お父さんもお母さんも毎日のようにお仕事帰りに来てくれた。
お休みの日は「○○のケーキ買ってきたぞ」ってわざわざ遠出して、わたしが好きなお菓子やケーキを買ってきてくれた。
恵まれていたと思う。
わたしもみんなに迷惑かけたくなくて、日中は笑って過ごした。
泣きたいときは、夜一人になってからこっそり泣いた。
痛みが酷いときは、誰にも会いたくなかったけど、心配してそばにいる両親やお兄ちゃんにそんなこと言えなかった。
だから心配かけないように振る舞って、できるだけ無理して痛みを我慢した。
だけど
気が付いたら、「篠崎 優愛」と言う普通の日本人だったわたしは
別の人間になっていた。
最後までご覧いただきありがとうございます。