20.本性と年上の魅力
「今、なんと申されました?」
「ヴィクトリア嬢が私の求婚を受け入れて下さいました」
遅い時間にもかかわらず、面会に応じた父の顔は驚きで固まっていた。
ルドヴィックの隣に座っているヴィクトリアは、なんとも言い難い顔をしていて、父親である子爵は悟った。
ああ、これは押し切られたなと。
「できれば婚約式は大々的に行いたいと思いますが、どうでしょうか? そちらの希望もあるでしょうし……」
それにぎょっとしたのはヴィクトリアだ。
「え、あのルドヴィック様?」
「なんでしょう?」
にこりと返すその笑みは、反論を許さない強さだ。
店では、婚約者の様に過ごして、どうしても合わなかったら求婚を正式に断ると言う話になっていたのに、大々的に婚約式までやってしまったら、そんなことも言っていられない。
クレメンスの時は、クレメンス側が婚約式さえも渋っていたので行っていなかった。
ゆえに、婚約者として認知されていようとも、正式な婚約者としては認められていなかった。
「ああ、子爵。言い忘れるところでしたが、私が婿養子としてこの家に入る事になります。すべての財産は彼女に継承していただいて問題はありません。爵位も私は必要ありませんので」
「それはご実家も理解しておられるのでしょうか?」
「先日、好きに生きろと放り出されましたので、今さら何か言ってくることはありません。だからと言って、別に両親との仲が拗れているわけでもないので安心してください」
本当に大丈夫なのかと真意を探る子爵の瞳は、ヴィクトリアそっくりだ。
ヴィクトリア自身は母親似だが、目の輝きは父親に似ていた。それはよく取引相手先からも言われる。
「逆に喜んでくれると思います。いつまでもふらふらと結婚もしないで仕事ばかりでしたので」
ルドヴィックの婚約実体についてはすでに父に話している。
驚いていたが、過剰な反応を見せることなく受け入れていた。
「……言いたい事は色々あるが、二人とももういい大人だ。私から何か言うべきことでもないだろう」
できれば色々突っ込んでほしかったヴィクトリアだったが、あっさりと二人の仲が公認されてしまった。
「ありがとうございます!」
歓喜の表情で頭を下げるルドヴィックに、これで本当にいいのかと自問自答してしまう。
年下の相手にはうんざりさせられていて、もし次があるなら年上がいいかなとは心のどこかで思っていたとしても、何か裏がありそうな相手を選んでしまう自分はやはり見る目がないのかも知れない。
仕事では自分の意志を持っているのに、恋愛事情に関しては押されがち。
「遅い時間にありがとうございます、子爵」
丁寧な謝辞を口にしルドヴィックが席を立つと、釣られるようにヴィクトリアも立ち上がった。
「わたくし、ルドヴィック様をお見送りしてきます」
「そうしなさい」
婚約が決まった相手を見送るのはなんら不思議ではない。
しかし、目の前の父親でありやり手の商人は何か察したはずだ。
だからこそ、立場が上の人間を見送るのに、ヴィクトリアだけを差し向けた。
ルドヴィックに関しては何も読み取れない笑みで、ヴィクトリアを自然な動作でエスコートした。
「ルドヴィック様……、何か隠していますよね?」
隠し事が上手いルドヴィックにあれこれ遠回りに聞いたところで、無駄だと判断したヴィクトリアは直球で尋ねた。
これも躱されれば、これ以上ヴィクトリアには真意を確認する術はない。
背の高いルドヴィックを見上げれば、口元がおかしそうに緩んでいた。
「何度も言ったはずですが、一目惚れです。それ以上でも以下でもありません」
「あなたの愛は歪んでいるように感じました。本音をさらけ出すこともなさっていない……、それくらいは分かります」
「これでも、本音なのですが――……鋭いところは、父君似なのかもしれないな」
零した言葉に違和感が出た。
そして、ヴィクトリアを見下ろす目がまるで獲物を狙う獣のようだった。
「ほしいと思ったのは本当だ。そのために、罠を張り仕掛けるのは当然だと思わないか? 接点がないのなら無理にでも作っていく。婚約者がいるのなら婚約を破談にさせる。どこかおかしいか?」
口調ががらりと変わる。
すると、なぜかこちらの方がしっくり来た。
くくっと笑う姿に、これが彼の真実なのだと気づく。
「本性はそちらですか?」
「本性――ね」
「クレメンス様に問題があったことは分かっています。だから、破談になっても傷つかずに済みました。でも、もし心から婚約者を愛していたのなら、わたくしは深く傷ついたと思います」
「そこは、私がしっかりと癒してあげようと思っていた。それに、こんな話はしなかっただろうし。こんな男でがっかりしたか?」
楽しそうにヴィクトリアの反応を眺めて確認している様子のルドヴィックに、しっかりと視線を合わせた。
「あえて言うのなら、お礼を申し上げるべきなのかもしれませんね。クレメンス様は年下のせいかどうにも頼りなくて、お金ばかりせびってきていたのでうんざりしていたのですが、どうすることも出来なかったので。まさか、裏で色々されていたとは思いもよりませんでしたけど」
「欲しいもののために全力を出すのは当然」
「全力を出した結果がこれですか?」
「手に入ったから、結果には満足しているな」
「まだ、婚約です。しかも大々的に触れ回ってもいません」
「まさか、私が手放すとでも思っているのか? それこそ、可能性は限りなく低いな。年下の頼りなさにがっかりしていたのなら、年上の包容力に身を任せてみる気は無いか?」
ルドヴィックが自分の上着を脱ぎヴィクトリアの肩に掛ける。
温もりが伝わってくると同時に、そういう気遣いをされたことが無いので戸惑った。
「これから、君がうんざりするくらい年上の魅力を教えてあげよう」
するりと頬を撫でられて、そのままルドヴィックが背をかがめた。
拒否することもできないまま、ヴィクトリアは固まる。
一瞬の出来事で、目を見開いているうちに離れていくルドヴィックを呆然を見上げた。
男の色気たっぷりな意地悪そうな顔で、ルドヴィックが再び頬をそっと撫でた。
「あまり攻めすぎても、怖がられては元も子もないからな。今日はこれくらいにしておいて、これ以上は段階を踏んでいこう。これくらいは、子供の戯れだ」
頬に落とされた口づけは、親愛の証。
それなのに、どうしてこんなに意識させられるのだろうか。
「おやすみ」
馬車に乗り込む姿を見送りながらも、未だに動けずにいるヴィクトリアは、次第に顔が火照るのを自覚した。
年上の男性……。
人生経験が豊富な殿方。
肩に掛けられた上着をぎゅっと握りしめ、年上だから良いというわけではないと思いながらも、子供っぽさのないしっかりと自分の足で立っている、男性的な色香も持ち合わせている相手を意識せずにはいられない。
「やっぱり、わたくしは男を見る目がないのかもしれないわ……」
紳士だと思っていた年上の男性は、とんだくわせもの。
この先一体ヴィクトリアにどんな風に年上の魅力というものを教えてくれるのか考えたくもなかった。
話はこれで完結になります。
ヴィクトリアはこの先、どうやって攻められるのでしょうね?
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ざまぁが少なめの小説。
『家族から冷遇されていた過去を持つ家政ギルドの令嬢は、旦那様に人のぬくもりを教えたい~自分に自信のない旦那様は、とても素敵な男性でした~』
もよろしくお願いします。
完結してますので、さくっと? 読めます。




