16.疑いとその真意2
「だからこそよ」
ヴィクトリアは良縁だからこそ、引っかかる。
「いい、ロザリー? 相手は裕福な侯爵家のご子息よ? しかもご本人だって騎士団長になって、騎士爵も賜っているの。侯爵家の後ろ盾があれば男爵どころか、子爵にだってゆくゆくはなれるはず」
むしろ、子爵までは確定路線でなれると思っている。その上の伯爵は難しいかもしれないが、あるいはと思う。
「つまり、お金も爵位もある人間が、どうしてわたくしと結婚したいと思うの? 一目惚れって言葉をまさかみんな信じているの?」
「むしろ、一目惚れじゃないと結婚する理由がなさそうですよ、お嬢様」
「相手は百戦錬磨とまで言われる騎士団長。言葉で騙されてはダメよ」
言葉の裏に何かありそう。
どちらかと言えば現実主義なヴィクトリア。運命や一目惚れを信じていないわけではないが、自分が関わってくるとどうしても疑いたくなる性分だ。
「それに、もしわたくしと結婚するなら婿養子になるわ。わたくしがこの家を継ぐのだから」
前提条件はそれだ。
ヴィクトリアはこの子爵家の唯一の跡取りだ。つまり、ヴィクトリアが爵位を継ぐか婿が継ぐかのどちらかだ。
「まさか、ルドヴィック様に婿養子になってほしいと言えるわけないわ。こちらの方が圧倒的に家格が下なのに」
「婿に入ってもいいと思っていらっしゃるかも知れませんよ?」
「ルドヴィック様がいいと思っても、あの方のご実家は良しとしないと思うわ」
三男は気楽ではあるものの、将来は自分で何とかしなければならない。
そういう意味ではルドヴィックはきっちりと自分の足で歩んでいる。しかし、どこの貴族家も家長の存在というものは大きい。
「ルドヴィック様は実家を出ているとお聞きしているけど、御父上が反対なさったらそれを押し切れるのかしら? ミルドレット家ともめごとになる方が困るわ」
「お嬢様……」
「ミルドレット侯爵家は、本当にすごい家柄だもの。どれだけお金を持っていようと、我が子爵家くらい簡単に捻り潰せるわよ」
ヴィクトリアの家だってそこそこ名の知れた商会を運営しているが、それでもミルドレット侯爵家に敵うかと言われれば否定しかない。
もし本当に睨まれれば、お金を持って国を出る――そんな方法しか思い浮かばない。
「お嬢様、わたしは偉そうな事言えませんが、ミルドレット様にはっきりとお聞きになった方がよろしいのではないでしょうか? ここで悩んでいたってなにも解決しませんし。それに求婚されて三か月、そろそろ友人関係でごまかす事は誠実ではないと思います」
返事を保留して、友人として付き合っているのはルドヴィックからの提案だったが、ヴィクトリア自身もそろそろ誤魔化すのは限界だと思っていた。
信用と誠実。これは家訓でもある。
求婚されて驚いたが、考える時間はあった。
いつまでも、あの時の求婚をそのままにしておくことは出来ないのはヴィクトリアも分かっている。
父親にもそれとなく言われていたりするので、そろそろはっきりさせるべきだった。
「クレメンス様の事があったせいで個人的にお付き合いする男性に遠慮気味になっているようですが、もし本当にお付き合いして結婚するのなら、それではいけないとも思います」
「わたくし、両親のような夫婦関係になりたいと思っているのは知ってるわよね? 果たしてルドヴィック様とそのような関係になれるのかは分からないけど、少なくともクレメンス様よりかは、一緒にいて楽に呼吸ができているわ」
どこか信用ならないが、ルドヴィックはヴィクトリアに誠実ではあると思う。
「ロザリーの言う通り、本音を聞いてみようと思うわ。わたくしも少し警戒しすぎているのかも知れないし」
さらりと流して別の話題に挿げ替える事が得意な相手であるので、どこまで本音を語ってくれるかは分からないが、とりあえずご実家のことはきっちりと聞いておこうと心に決めた。
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