1.年下の婚約者と雲行き怪しい結婚
二つ年下の婚約者からの誘いで、ヴィクトリアはそれなりに凝った少し派手なデザインのドレスを着て、更にはお化粧も年より下に見られるように工夫した装いで出かけた。
婚約者からの誘い――普通は喜んでうきうきするべきところだろうが、ヴィクトリアは憂鬱でしかたない。
彼はどちらかと言えば派手好きで、地味な装いばかりのヴィクトリアの姿を見ればそれだけで機嫌が悪くなるのだ。
というよりも、ヴィクトリアの全てがお気に召さないのだ。
とにかく、年上の婚約者が大層気に食わないらしく、化粧も大人びた落ち着いたものは好まない。
ただし、若い子たちがするような化粧が似合うかどうかと問われれば、ヴィクトリアにはあまり似合っていないのも事実で、なんとかその折り合いで落ち着く化粧を侍女たちが頑張って施してくれていた。
一応、少しでも彼に気を遣った結果だ。
本日の待ち合わせは、予約した店の前。
正確には、店の前にある有名な庭園だ。
そこは待ち合わせに市民からよく使われている場所で、平日でもそれなりに人であふれていた。
分かりやすいように、噴水前でと約束していたのでそちらに向かうも、そこにはまだ相手は来ていなかった。
それはいつもの事。
社交界に置いて、男性が遅刻するなど恥でありルール違反。
もちろん、女性側もそれに配慮して多少遅れて行く、というのが暗黙の了解。
それを知らない筈はない。
なにせ、それを教え込んだのはヴィクトリア自身。
初めてのお出かけの際に、遅れて来た彼にその事を教えてあげた。男として当然教育されて知っているものだと思っていたのに、知らなかった婚約者へふんわりと遠回しに言ったと思っている。
しかし、ヴィクトリアからの教えを聞いた瞬間不機嫌な顔になったことから、女性に何か指摘されるのは好まない性格なのだと気づいた。
それにおそらく知っていた。
知っていてわざとやっていたのだ。
男性――特に婚約当初、年下の婚約者は十四歳。思春期で反抗期の頃だとヴィクトリアも言われていたが、どう接すればいいのかヴィクトリア自身良く分かっていなかった。
ただ、彼が恥をかかないために指摘したことだった。親切心だったが、余計なお世話だったようで不機嫌にしてしまったようだと相談したら、父からは難しい年ごろだからなと言われた。
そう言った父の顔もかなり難しい顔だったが。
一々指図するような事は言いたくなくても、最低限礼儀は守ってほしい。
そう言ったのはいつの事だったか記憶に遠く、現在はその最低限が守られたことは少なくなっていた。
結婚適齢期を超えても相手はヴィクトリアと結婚する様子がない事から、流石に父も相手の家には何度も苦情を言いに行ってくれていた。
しかし、向こうの家柄の方が格上である事から、なかなか難しいところがあるようだ。
格下だと見くびられて、取り合ってもらえないらしい。
「お嬢様、日差しが強いですのでこれを」
「ありがとう、ロザリー……今日もいないみたいね」
日傘を手渡され、ヴィクトリアはどこか諦めたようにロザリーに礼を言う。
すると、ロザリーが憤慨してヴィクトリアの代わりに怒りをあらわにした。
「本当に、ひどすぎます! 本来ならお嬢様はすでに素敵な殿方と結婚できているはずですのに!」
「仕方ないわよ。クレメンス様はまだお若いから……」
擁護していても、若いと言う言葉に苦笑するしかなかった。
女性の結婚適齢期は十六から二十と花の盛りは短い。
そして、ヴィクトリアはもう二十二になっていた。
「若いと言っても、もういい年です! わたしよりも年上です! 成人して何年経っていると思っているんですか? それなのにいつまでもふらふらお金だけせびりに来て! みんな思ってます!」
「家のみんながわたくしを大事に思ってくれているのはうれしいけど、外では控えてね」
「分かってます。お嬢様の顔に泥を塗るようなことはしません」
つんとして怒っているロザリーに、ヴィクトリアは窘める様に言う。
ロザリーは、現在十六だ。
十六で成人となる故郷ロディルガでは、ほとんどの者が仕事をするかもしくは家の仕事を手伝う。
それは学校に通っている人も同じ。
ヴィクトリアも十六の頃、学校に通いながら家の仕事を教えられていた。
ヴィクトリアの家は、ありがたくも爵位を賜っている。
しかし、家の成り立ちはいわゆる成金と呼ばれるもので、格式は低い。
今回婚約が調ったのは、その格式を補う上での政略結婚――と周囲は見ているが、実際は違う。
格上の貴族からの横槍で、無理矢理婚約が調った、というのが実情だった。
彼女の家は成金というだけあって、商売を行っている。
貴族の中には、商売で金儲けをするという事に嫌悪感を表す人もいるが、生きて行く上で働くことは当然だ。
そして、ヴィクトリアは子爵家唯一の相続人。
そのため、幼い頃から仕事を少しずつ学んでいった。
ロディルカでは女性も爵位を継げる。
当然、自分が継ぐのだと思っていたが、格上からの申し込みで爵位は婚約者に継がせ、家の実権はヴィクトリアが貰うという事でまとまった。
あの時は、自分の結婚で上の階級の人たちともつながりができれば商売に役立つと思っていたが、今では後悔しかない。
相手の家柄はどうでも良かったが、その仲介相手が魅力的な相手だった。
知り合っていい印象を与えておけば、有利になる。
しかし、その相手がまさか急死ししてしまうとは思ってもいなかった。
「お嬢様は幼い頃から家を継ぐ者として努力してきたと聞いております。それに見合う努力をするべきだと思います」
ロザリーは本当にヴィクトリアの婚約者の事が嫌いらしい。
このまま結婚するとなれば、問題が起きそうだが、最近では結婚自体が怪しいなと思い始めている。
なにせ相手はほかの女性に夢中だ。
隠しているつもりでも広いようで狭い社交界では、筒抜けなのだ。
考えると嫌な気持ちになるので、あまり考えない様にはしているものの、婚約破棄――そんな言葉をよく思うのも本当だった。
「しかも、男性しかいないところで人を待たせるなんて」
「一人では心細いけど、昼間だしロザリーもいるから大丈夫よ」
現在、待ち合わせの場所には男性が多くいる。
男性側が早く来て女性を持つ、という貴族の習慣が、実は今では平民にまで浸透していた。
すなわち、待ち合わせの場合男性が先に来て待つ、というものだ。
「お嬢様、あちらに座ってお待ちしましょう」
「そうね」
待ち合わせの噴水そばに置いてある椅子には運よく誰も座っていなかったので、そこに腰かけた。
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