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シャルル・フライツマールはお友達 1


 クロイツベルト公立学園の学び舎は二階建ての建物が三棟コの字形に並んでいる。

 中心にあるのは大噴水で、コの字型の棟の中心が一学年から三学年までの教室に分けられており、右隣が食堂や部室、役員室などになっている。

 左隣にあるのが職員室や保健室、会議室などだ。


 中心の棟からは回廊が伸びていて、大ホールへと繋がっている。

 私が昨日レオン様とコゼットを目撃した裏庭があるのは、回廊から降りた先の場所だ。


 裏庭を抜けると教会がある。朝と晩のお祈りは、部屋で行うこともあれば余裕があれば教会に通って行うこともある。


 大抵の場合私は早起きをして教会に通っているのだけど、今日はルーファスと会話をしたりマリアンヌと会話をしているためにそんな時間はなさそうだ。


 授業は、九時から遅くても午後三時まで。

 それ以降は、部活動に行くものや余暇を楽しむものなど様々で、特にこれといった制約はない。


 試験の得点が悪ければ特別補習を受けることもあるらしいけれど、私には縁遠い話だ。


『あら、あら、あらあら』


 校舎に近づくにつれて、マリアンヌの声量が大きくなる。

 その声は幾分か嬉しそうに弾んでいる。大きいには大きいが、特に目新しくはない建物だと思う。マリアンヌの知っている建物とは、作りが違うのかしら。


『なんか感動ねぇ、あたしが知ってるそのまんまの世界なんだもの』


「それは、ご存知でしょう。マリアンヌちゃんは私の全知全能である主が遣わしてくれた守護霊なのですから」


『なんか知らない間にあんたの中のあたしはえらいことになってるわね』


「マリアンヌちゃんがいなければ、こんなに前向きで清々しい気持ちで登校できませんでしたのよ。きっと、腹を立てているか、落ち込んでいるか、どちらかだったと思いますわ」


『でしょ。やっぱあんた分かってるわ~!』


 今のは私の正直な気持ちで、けっしてお世辞ではない。

 マリアンヌが私の未来を教えてくれたということもあるけれど、彼女の前向きな言葉にはとても勇気づけられている。

 婚約破棄をされることをこんなに明るく前向きに受け入れられるだなんて、思っていなかった。


 レオン様以外にも男性がいるということを、まだ少しだけ抵抗はあるけれど考えてみる気になったのは、大きな進歩だと思う。

 今までの私では考えられないことだった。


『アオハルよ、アリス。あんたのアオハルは始まったばっかりなのよ。コゼットちゃんが主役の話は、灰かぶりと王子様って言うんだけど、あんたが主役の話は、そうねぇ、生真面目な元当て馬ちゃんと恋の守護霊マリアンヌってことかしらね。ん、違うわね、これじゃあんたとあたしの話になっちゃうわ』


「素敵ですわね。ところで、あおはるとは、なんですの?」


『青い春と書いて青春のことよ。二十歳前の学生時代の淡い恋、飛び散る汗、出会いと別れ、ってやつねぇ。良いわねぇ』


「マリアンヌちゃんは、私の知らない言葉をたくさん知っていますわね」


『使っていきなさぁい、ここぞとばかりに使っていきなさいよ。あたしの言葉は著作権フリーよ』


 また知らない言葉が出てきたけれど、一々尋ねたら嫌がられてしまうかもしれない。

 マリアンヌと話していくうちに意味が理解できることもあるだろう。


『アオハルで思い出したんだけど、あんたぶっちゃけルーファスのことどう思ってんのよ?』


「え……、えぇっと……」


 唐突に尋ねられて、私はぴたりと足を止める。

 ほんの数時間前にルーファスは素敵な男性だと気付いたばかりなのよね。

 どう思っていると言われても、まだよく分からない。


「ルーファスは、私の傍にずっといてくれていて、兄という感覚に近いと思っていましたわ。でも……、そうですわね、難しい質問ですわ」


『そっかー、安心したわ。あんたがルーファスを好きだったら、相思相愛めでたしめでたしになっちゃうじゃない。あたしも無理やり邪魔する気はないし、お役御免ってとこよ。でも、良かったわ、これでもっといろんなオトコを眺められるわね』


「誰か気になる方がいるのですか」


『そりゃあね、いるわよ。あんたにぴったりの、オススメ物件があるわ。顔よし、体よし、性格良しの、三拍子揃った良い男がいるわよ。でも、まだ教えなーい』


「私の知っている方でしょうか……」


『うーん、どうかしら。ま、とりあえず学園生活を満喫しましょうよ。半世紀ぶりの学園だわよ、楽しみねぇ』


 半世紀ぶりとは、マリアンヌは本当に一体いくつなのだろう。

 半世紀前に学園に通っていたとすると私のお父様やお母様よりももっと年上なのかもしれない。


『半世紀は嘘よ』


「嘘なのですね……」


 また本気にしてしまった。

 こういった所が、真面目すぎて面白くないとレオン様に思われてしまうのかもしれない。

 もっと冗談を理解できる性格になりたい。

 頑張らないと。


『ほら、ボサッとしてないで行くわよ、アリス!』


 立ち止まって考え事をしていた私は、マリアンヌに言われて我に帰った。

 予鈴の時間が近づいてきている、急いで教室に入らなければと足早に歩き始めた。



 一年生の教室は、一階にある。

 学力ごとに三クラスに分かれていて、私とシャルル、それからコゼットもファーストと呼ばれる最上位のクラスだ。

 私はシャルルとは仲良くしているけれど、それ以外は顔見知り程度でしかない。

 周囲の方々に冷たくしている気はないのだけれど、身分や立場もあって話しかけづらいこともあるのかもしれない。

 もしかしたら、もしかしたらだけれど、悪役縦ロールが怖かったのかもしれない。

 その可能性はあるわよね。

 なんたって悪役なのだから。


「アリス! おはよう。今日は珍しく遅かった……って、可愛いわ、可愛いじゃない!」


 教室に入ると、シャルルが私の傍に寄ってきた。

 シャルルは綺麗な赤い髪をした、背の低い少女だ。

 身長が低く童顔なので、実際の年齢よりも若く見える。

 シャルルはそれを気にしているらしく、真っ直ぐな髪を大抵の場合はおろしている。そのほうが大人っぽく見えるからだという。


「どうしたの、いつものくるくる巻きは?」


「悪役縦ロールのこと?」


「そう、その悪役縦ロール……っ、あくやく、たてろーる……っ」


「ルーファスもシャルルもそう思っていたのに、どうして言ってくれなかったの……?」


 シャルルはルーファスと同じ様な反応をした。

 もっと早く言ってくれたら、私も改善できたのに。

 でも、まだ四月が終わったばかり。気づくのが早かったと喜ぶべきだろう。それもこれも、マリアンヌのお陰だ。


『あらー、シャルルじゃない。小さいわね。ところであたしは、縦ロールのあんたも可愛いと思うわよ。それに、あれはルーファスの趣味よ』


「だ、だって……、私は可愛いと思っていたわ。それに、似合っていたし。アリスが気に入ってる髪型の悪口なんて言わないわ」


「特に気に入っているわけじゃなかったのですけれど……、今日から、気分を変えてみることにしましたの」


 シャルルは私の周りをぐるりと回りながらしげしげと私を眺めた後、ちらりと教室の端へと視線を送った。

 彼女の視線の先には、桃色がかかった金色の髪を肩口まで伸ばした、可愛らしい女子生徒がいる。

 コゼットだ。


『コゼットだわ~!』


 シャルルの時もそうだけれど、ルーファスに対するものよりも若干マリアンヌの反応が薄い。

 彼女の口ぶりからしてコゼットのことはお気に入りだと思っていたのに、思ったよりも興奮していないようだった。


『そりゃそうよ。コゼットは主人公補整で可愛いけど、女にはたいして興味ないし。大体、名前変えられるのよ。コゼットあらため、シゲミ・マリアンヌでやってたわよあたしは。あたしが可愛いってのと、コゼットが可愛いってのは同じ意味よ?』


 とても、難しい。

 マリアンヌの言葉は難解すぎて、私には理解できそうになかった。


「噂は聞いたわよ。……髪型を変えたのは、そのせい?」


「あぁ、レオン様とのあれですわね。違うの、そうじゃないんですけれど……、でも、気分を変えようと思ったのは、それもあるかもしれません」


 レオン様とコゼットの話は、もうすでにシャルルの耳に入っているらしい。

 なんと答えて良いのかわからず、まさかマリアンヌの声が聞こえるとは言えないので、私は曖昧に言葉を濁した。

 シャルルは一瞬悲しそうな顔をした。誤解されている気がしたので、大丈夫だと首を振った。


「あのね、シャルル……、私、レオン様には嫌われているみたいで」


「そんなこと、そんなことないわよ!」


「違うの。そうじゃなくて……、お昼休みに詳しく話しますわね」


 皆が私たちの話に聞き耳を立てているのがわかる。

 レオン様とコゼットの噂が広まっているのなら、私がどうするのかきっと気になって仕方がないのだろう。

 視線の先にいるコゼットは、居心地が悪そうに縮こまっている。

 私は慌てて視線をそらした。

 コゼットを叱責することは私の不幸に繋がる。できるだけ、関わらないほうが良いだろう。

 

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