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ルーファス・アイエスは攻略対象 2


 マリアンヌの言うように、ルーファスは確かに素敵よね。

 ――どうして今まで気づかなかったのかしら。


 細身の長身に黒い執事服はとても良く似合っているし、切れ長で涼し気な目元も、魔族特有の魔力を帯びた紫色の瞳もとても綺麗。


 ルーファスは魔族だけれど、特徴的な角もなければそれよりも更に魔力の高い者の持つ羽もない。

 ルーファスのお父様であるレミニス家の執事長、オーガストには立派な角がある。お母様は羽持の魔族で、ルーファスを生んで体調を崩して、自宅静養を続けた後に亡くなったらしい。

 お母様が亡くなってしまったために、父の計らいでルーファスは我が家で乳母に育てられた。

 オーガストは有能で我が家には無くてはならない存在だ。オーガストがいなければ、父の仕事は手が回らなくなってしまう。


 そんな訳で私が産まれた時から我が家にいた四歳年上のルーファスを、幼い頃の私は本当の兄だと思っていた。


 本当の兄ではないと知ったのは、私とレオン様の婚約が決まった十歳を過ぎたばかりの時。


 家庭教師の女性に叱責されて、初めて手の甲を物差しで叩かれた日。

 私は誰にも言えなくて、裏庭の隅で傷ついた手の甲を隠すようにしながら泣いていた。


 そこに現れたルーファスが、必死で隠そうとした私の手の甲を無理やり掴むと、治療魔法をかけてくれた。


「アリス……、いえ、アリスベルお嬢様。……私はあなたの兄ではなく、オーガストの子供です。角はありませんが、魔族なんですよ」


 驚く私に、ルーファスはそう話してくれた。

 私はルーファスが実の兄ではないということが悲しくなってしまい、どうして今まで教えてくれなかったのかと尋ねた。


 ルーファスは困ったように、「旦那様の方針です。レミニス侯爵は、年の近い私とお嬢様が……、恐れ多くも恋愛感情を持つ事を心配して、実の兄とした方が都合が良いと考えたようです」と言った。


「これから私は執事として、お嬢様の傍にいられるように頑張りますね」


 治療が終わった私の手を取って、ルーファスは優しく微笑んでくれた。


 ルーファスが頑張るのなら、私もレオン様の婚約者として頑張らなければ。

 そう、強く思ったことを覚えている。


 そんな事を思い出しながら、私は教室への道を歩いた。

 教室まで送ると言ったルーファスの申し出は、断った。

 一人きりにならないと、マリアンヌと落ち着いて会話ができないからだ。


『あら、嬉しいわね。そんなにあたしと話したかった?』


「えぇ、マリアンヌちゃん。おはようございます」


 まだきちんと挨拶もしていなかった事を思い出し、私は小さな声で呟いた。

 マリアンヌの姿は見えないので、どこを見れば良いのかは分からない。


 今日の空は晴れ渡っていて、校舎の前に植えられている樹木がさわさわと風に揺れている。

 私の横を通り過ぎる他の生徒たちが会釈して歩いていくので、にこやかに挨拶を返した。


『おはヨークシャテリア~』


「ヨークシャテリアならわかりますわ。犬種のことですわね。マリアンヌちゃんの世界にも、ヨークシャテリアがいますのね」


『ファンタジーの世界観ってわっかんないわねぇ、ヨークシャテリアがいるのにセバスチャンはいないのね』


「マリアンヌちゃん、ルーファスの事を知っていますの?」


 教室までの道のりは短い。

 マリアンヌと話をするのは楽しいけれど、要件を手短に伝えた方が良いだろうと思い私は質問した。


『知ってるわよ。攻略対象だもの』


「こうりゃく、たいしょう……?」


『そうねぇ、コゼットが主人公のお話はいくつかあってね。出てくる人とか、生い立ちとかはみんな同じなんだけど、誰と結婚するかでちょっと内容が変わるのよ。数人相手がいるって言ったでしょ、ルーファスはその一人よ』


「ルーファスは私の執事ですわ。コゼットさんに出会う可能性の方が、少ないと思いますけれど……」


 なんとなく察しはついていたので、さほど驚かなかった。

 レオン様と、ルーファスと、あと何人コゼットの相手はいるのだろう。

 数人の男性と恋に落ちる可能性があるなど、はしたないと言って顔をしかめるべき状態だと思う。

 けれど私も少し考え方を変えた。

 あくまで可能性であって実際にお付き合いをする訳ではないのだから、複数人の男性と交流を持つのは悪いことではない。

 婚約破棄される予定の私が幸せになるために、それはきっと大切なことだ。


『あんたも分かってきたじゃない。オネエサマは嬉しいわよ』


「お姉様……?」


『あたしのが年上なんだからおかしくないでしょ?』


「マリアンヌちゃんはおいくつですの?」


『あたし~? あたしはね、五ちゃい』


 私は沈黙を保った。

 ここで何か言ったら負けな気がした。


『年の話なんて不毛なこと、やめましょ』


「もう尋ねませんわ。ごめんなさい」


『素直でよろしくてよ』


 マリアンヌちゃんにも聞かれたくないことがあるのよね。

 気を付けなければいけない。


『ルーファスの話をしてたのよね。ルーファスはねぇ、レオンと親しくなってくると、分岐するルートなのよ。なんでかなって思ってたんだけど、あんたがルーファスにコゼットの事を相談してたからなのね。コゼットとレオンが親しくなってるのを知ったルーファスは、コゼットに近づくわけね』


「何故でしょうか、私が余計な事を言ったから……?」


 ルートとか分岐とかよくわからないけれど、状況は理解できたのであえて聞くことでもないだろう。

 先程のルーファスとの会話が思い出された。

 ルーファスはコゼットとレオン様について、感情を表に出さない彼にしては珍しくかなり怒っているようだった。


『ルーファスはあんたが大切なのよ。最初はねぇ、レオンの浮気相手に探りを入れる目的でコゼットに近づくのよね。コゼットとレオンが結ばれたらあんたを自分のものに出来るかもって下心もあるのよ?』


「だ、駄目ですわ……、そんな、勝手な事を言っては、ルーファスに悪いですわ」


『何言ってんのよ、好かれてるんだから喜びなさいよ。だってあんた真面目で可愛いじゃないの、そりゃルーファスだって好きになるわよ。ロリコンとか言ったら駄目よ』


「ろり……?」


『ともかく私なんかが好かれるはずがないとか思うのは謙遜ブスよ。世界はあんたを中心に回ってると思いなさい。あんたは可愛いんだから好かれるのは当たり前よ。その中で誰を選ぶのか、決めるのはあんたよ。男から好かれたぐらいでいちいち動揺してんじゃないわよ』


「は、はい……」


 可愛いかどうかはともかくとして、確かにマリアンヌの言う通りよね。

 私はこれから数々の男性に思わせぶりな態度をとりながら、交流していかなければいけないのだもの。

 見る目を養うとはそういう事。

 それに私はレオン様の婚約者なのだから、多少私に好意を抱いてくれてたとしても、本気になる方などはいないはず。

 もう少し、気楽に考えるべきかもしれない。


『ルーファスルートはバッドエンドがやたら多いんだけど、トゥルーエンドでも結ばれたりはしないのよね。ここでもあんたは当て馬ちゃんよ。自分の執事がコゼットと密会してるもんだから、怒ってコゼットをいじめるのよ。ルーファスはあんたが嫉妬してくれるのが嬉しくて、わざとコゼットに優しくしたり構ったりしてるわけ。どんなにコゼットが頑張っても、それは変わらないわ』


「……その、バッドエンドとか、トゥルーエンドというのはなんですの?」


『人生一枚岩じゃないってことよ。お話にはいくつか分岐点があって、分岐によって結末が変わるの。あんたが今朝魚を食べたか肉を食べたかで、今日一日の運勢が変わるのと一緒ね』


「今日は焼き菓子と紅茶をいただきましたわ」


『もっと栄養あるもの食べなさいよ。あたしは仕事終わりにカツ丼大盛り生卵付きを食べてきたわよ』


「かつどん……」


 美味しそうな料理の気配を感じた。

 とんこつらーめんという食べ物の詳細も知りたいけれど、かつどんについても知りたい。

 レシピがわかれば、ルーファスに頼めば作ってくれるかもしれない。


「良くない結末と、良い結末ということですのね」


『まぁ、そんなトコね。ルーファスのトゥルーエンドは、ルーファスによって養父に流されるだけじゃなくて自分自身の力で頑張ることを決めたコゼットが、勉強に励んで王都の役場の文官に仕官するっていう話ね。レオン王子からの求婚は断るの。コゼットは、ルーファスが好きだからね。で、ルーファスは……、これは俗にいうお人形エンドなんだけど、知りたい?』


「……一つの可能性、ということですのよね?」


『そうそう。本気にしちゃ駄目よ。あり得たかもしれない結末ってだけのことなんだから』


「それなら、知りたいです」


『嫉妬と怒りに狂ったあんたは、側付きの執事であるルーファスを辞めさせようとするの。ルーファスは、あんたの様子がおかしいって前々から侯爵家に手紙を書いていてね。そこにきて、レオン王子からの婚約破棄の通達があるわけ』


「私、また婚約破棄されるのですね」


 どうやらコゼットの幸せと私の婚約破棄は、切っても切り離せない関係であるらしい。


『お家芸ね。今回の理由はね、ルーファスルートでもレオン王子はコゼットを気に入っていて、コゼットをいじめるあんたを嫌っていたからってのもあるし、ルーファスに奪われそうになってるコゼットに正式に結婚を申し込んで、手に入れたかったからってのもあるわ』

 

 私はレオン様とあまり親しくないのでレオン様のひととなりは良くわからないけれど、好きになった女性のためなら一生懸命になれる方のようだ。

 正式に結婚を申し込むためにきちんと婚約破棄をするのは、手順を踏んでいるので中々好感が持てる。

 私と婚約を結びながらコゼットに結婚を申し込むような、胡乱な方ではなくて良かった。


「どちらにしても、私がコゼットさんを叱責すると婚約は破棄されるということですのね」


『あんたは婚約破棄される定めの元に産まれた当て馬ちゃんだからねぇ、そこは仕方ないと思って頂戴。それで、まぁ、レミニス家はルーファスの言い分を信じるわけ。実際あんたの様子はおかしかったしね。レミニス侯爵に命じられて向かった静養先の地方の別宅で、ルーファスに甲斐甲斐しく世話をされる傷ついて心が壊れたあんたは、ファンの中じゃ伝説よ。可愛いっていう意見と可哀想っていう意見が真っ二つに分かれたわよ』


「それは……、ちょっと、どう受け止めて良いのかわかりませんわ」


『だからぁ、夜の帰り道ときつめの酒とヤンデレお人形遊び男には気をつけなさいって話よ』


「そうなる可能性があるという事を、心に留めておきますわ」


 今のルーファスは優しいルーファスなのできっと大丈夫だろう。

 今日の様子を思い出すとちょっと心配だけれど、私はマリアンヌのお陰で元気なので、あまり思いつめないでくれるとありがたい。

 これからはルーファスとの時間をもっと取ろう。

 近い将来、マリアンヌからレシピを聞き出したら、『かつどん』というものを作ってもらわなくてはいけないし。


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