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学生用に整備された遺跡の安全配慮は完璧です 2

 

 それは正しく年末大掃除のようだった。

 コゼットの蛸モップ一号の吸引力はすさまじく、ちょっと姿を現した魔物やら、物陰に潜んだ魔物やらを伸びた蛸足が絡めとり捕食しもぐもぐごっくんと食べてしまう。

 あとに残されたのはきらきらと粒子を纏った素材と、小型の魔物が落す小さな魔石だけ。

 魔石は私の腕輪が勝手に取り込んでしまうので、私は素材拾いを手伝ってコゼットの布鞄に青毒蛙の卵(青くてつぶつぶしている)やら、歩く花の蜜(何故かちゃんと瓶に入っている)、絡めとる蔦の根っこ(人のような形をしていてちょっと怖い)を詰めた。

 遺跡の中の魔物を全部食べてしまうんじゃないかというぐらいの魔物を食べた蛸モップ一号は、最初に取り出した時よりも蛸足のモップ部分が太って見えた。

 遺跡の最奥につく頃には、コゼットの布鞄はぱんぱんになり、蛸モップ一号は元の黒い棒のようなものに戻った。


「お腹いっぱいになったんでしょうかねぇ、勝手に収納状態に戻っちゃいましたね、蛸モップ一号君」


 コゼットが手にした黒い棒をしげしげと眺めながら言う。


「その蛸モップ一号……さん、には、意思がありますの?」


「あるような、ないような~。私が命令しなくても勝手に食べちゃうこともあるので、あるのかもしれませんねぇ」


 その武器は呪われているのではないのかしらと思わなくもなかったけれど、私は黙っておいた。

 コゼットが平気そうなので、多分大丈夫なのだろう。


「でも、あれ、あれ? モップに戻りませんねぇ……、これはお腹いっぱい過ぎて寝てますね、蛸モップ君」


 コゼットが手の中の棒をぶんぶん振った。

 けれど蛸モップ一号は棒のままだった。


「寝ているのね。……やっぱり、意思があるね、蛸モップ一号さんには」


「意思があったとしても所詮は蛸足なので、お腹空いたか、お腹いっぱいぐらいしかないと思いますよ~」


「……それ、大丈夫なのかしら」


 ご飯を与えないと暴走したりしないのかしら。


「大丈夫ですよぅ。この間勝手に私の保存してたドラゴンの干し肉食べちゃったから、勝手なことすると蛸鍋にして食べちゃうよって怒ったら、大人しくなりました。所詮は蛸足ですから~」


「そう……」


 私なら怖くて蛸モップ一号さんとは同居することができないと思うけれど、コゼットにとっては蛸足は食材なので、あまり気にならないようだ。

 私のお兄様が作った武器だと思うけれど、私はお兄様の事が、もともと良く分からないけれど益々良く分からなくなってしまった。なんでまた、こんなものを作ろうと思ったんだろう。

 お兄様の事だから「ちょっとぐらい扱い難くても、強ければ良いよね」ぐらいの軽い気持ちで作ったのだろうけれど。

 そういえば、私は自分の事で精一杯でマリアンヌと出会うまではお兄様とあまり関わってこなかったけれど、レミニス侯爵家では度々お兄様は執事長でありルーファスの父である、オーガストに呼び出されていた。

 どうしたのかとルーファスに聞いたことが一度だけあったような気がする。

 確か「ソルト様がまた危険な魔法道具を作ったらしいですよ」と言っていた気がする。

 お兄様にとっては危険度よりも研究と興味の方が上を行ってしまうのだろう。研究者とはそういうものなのかもしれない。

 結婚する気はないと言っていたけれど、お兄様はしっかりした奥様を娶った方が良いと思う。

 お兄様のような、四六時中研究部屋に籠ってしまう男性と付き合える女性がいるかどうかは分からないけれど。


「蛸モップ一号は使えなくなっちゃいましたけど、もうすぐ遺跡の一番奥ですもんね。遺跡の魔物は先に入った男の子たちと蛸モップ一号がやっつけてくれましたし、問題ないですよね。アリスベル様の魔法もありますし~」


「私は今のところ出番がないのに、魔石ばかりを腕輪が吸収してしまって申し訳ないわ……」


「魔物への吸引力に定評のある蛸モップ一号と、魔石を吸収するアリスベル様の腕輪、なんとなく似てますよね~、おそろいって感じがしてとても良いですぅ。アリスベル様、私も蛸モップ一号を持っていただけなので、特に何もしてませんから安心してください!」


 コゼットが励ましてくれる。

 蛸モップと腕輪の仕様が何となく似ているのは、作成者が両方ともお兄様だからだろう。

 コゼットにお兄様の事を説明しようかと思ったけれど、それよりも先に私達は遺跡の最奥に辿り着いてしまった。


 三角錐型の遺跡をぐるぐると回り込む形に、遺跡の中心部はなっている。

 遺跡の中心部には外に直結する一方通行の転移装置が備わっているとグレイ先生は言っていた。

 転移装置は昔からある魔法道具のようで、王家の宝物庫として使用されていた時代に王家の魔導士か雇われた魔族の方か、誰かが作って最奥に設置したものであるらしい。

 定期的に魔石による魔力の補充が必要ではあるが、問題なく作動しているのだという。

 私たちよりも先に遺跡に入った生徒達と、遺跡内ですれ違わなかったのはその為だ。

 最奥まで行ってしまえば、帰りは一瞬なのである。

 勿論腕試しや、素材集めがしたくて帰りも来た道を戻ってくる方々もいるようだけれど、私達が辿り着く頃にはもう皆帰り終えてしまっていて、遺跡の深部は誰一人として姿が見えなかった。


 四角形の広い空間の中心に祭壇のようなものが設置されていて、その祭壇の上に遺跡踏破の証明書が置かれている。

 行き止まりになっている奥に円形の魔法陣と、起動装置とみられる魔石のはめ込まれた石板がある。

 ずっしりと重そうな、素材が大量に詰まった布鞄を背負ったコゼットは、足取りも軽く祭壇に続く階段をあがり、証明書を手にして私を振り返った。


「アリスベル様~、証明書ですよ! 素材もいっぱい集まりましたし、帰って青毒蛙の卵のお料理を作りましょう~! 宿屋のおばちゃん、食堂の調理場貸してくれますかねぇ、良い人そうだったから、貸してくれそうですよね? 昨日ゴールド巻き上げて泣かしちゃったから、クロちゃんにも卵料理を食べさせてあげようかなぁ」


「お料理、私も手伝えるかしら……?」


「はい、一緒に作りましょう! いつオスカー様に嫁いで、一緒に野営をしても困らないように、コゼットちゃんが親切丁寧に魔物料理の作り方を教えちゃいますよ! あ、でも、アリスベル様がオスカー様に嫁いじゃっても、アリスベル様を一番愛してるのはコゼットちゃんだってこと、忘れないでくださいねぇ!」


「だからね、コゼット、私とオスカー様はそういう関係ではなくて……!」


 終わったと思っていた話題なのに、コゼットは忘れていなかったらしい。

 私は赤くなってしまった顔をなるだけ見られないように俯きながらコゼットの言葉を否定して、私の分の証明書を手にした。

 ――その時、だった。

 証明書を手に取っただけなのに、何もなかった祭壇の平らな石の上に、見たことも無い文字列が赤く浮かぶ。

 遺跡がみしみしと、小刻みに揺れているような嫌な音を立て始めている。


「……あれぇ、何ですかこれ、こんな風になるってグレイ先生言ってましたっけ?」


「コゼット……、なんだか分からないけれど、逃げた方が良いかも……っ」


 不思議そうに祭壇の文字を覗き込むコゼットに、嫌な予感を感じた私は彼女の服を引っ張って、転移装置まで急いで逃げようとした。

 けれど、見えない何かに体を掴まれているように足を動かすことができない。


「腕輪が……っ」


 浮かび上がった文字列に呼応するように、私の腕輪の魔晶石が鈍く光り始める。

 すさまじい暴風が私を中心に湧き上がり、コゼットを拒絶するように彼女を転移装置の上へと弾き飛ばした。


「アリスベル様!」


 コゼットが手を伸ばしている。しかし、彼女の姿は一瞬で掻き消えてしまった。

 おそらく遺跡の外へと強制的に出されたのだろう。

 祭壇から、絡めとる蔦に姿が似ている見たことも無い太い蔦がうねうねと伸び始める。

 動けない私はその蔦へと絡めとられて、まるで祭壇と一体化でもするようにして拘束された。


「お兄様……」


 小さな声で呟く。

 嫌な予感はしていたし、オスカー様にも心配されていた。

 お兄様の腕輪を頼りにせずに、普通にお店で魔石腕輪を買えば良かった。

 魔法の練習ならそれで充分だった筈だ。


『でも、お兄様のプレゼントを粗末に扱う事なんてできない子でしょ、あんたは』


「……マリアンヌちゃん」


『えらい事になってるわねぇ……、きっと、大丈夫よ。あんたは今まで頑張ってきたわ。だから、大丈夫』


 それはいつものマリアンヌとは違う、落ち着いた言葉だった。

 腕輪から物凄い勢いで魔力が奪われていくのが分かる。

 私には魔力はないけれど、腕輪を通じて体にそれが巡るのを感じられるようになってきている。

 まるで、生命力を奪われているようだ。

 体が重たい。

 蔦の中が、苦しい。

 私は深く目を閉じた。

 そのまま意識が黒く濁っていった。


 窓の外には、木々に囲まれた広い庭が見える。

 レミニス家は自然の多い中央から離れた場所にあって、国の中央、王都の人々にとっては田舎の領地とされている。

 広いけれど、田舎。

 アルテミス魔王国とリンドブルム獣王国に隣接しており、旅行者や移住者も多いので、街は異文化が混ざり合って雑然としている。

 他種族の方と結婚する人も多いので、人種もかなり混じり合っている。

 リンドブルム獣王国の方々は異種族婚を嫌う人も多いけれど、移住者は別だ。

 そういったことをあまり気にしないから、移住してくるのだとも思う。

 リンドブルム獣王国の半獣族の方々は、自然が多い場所を好むし、アルテミス魔王国の方々は文化が発展している便利さを好む。

 レミニス侯爵領はその狭間にあって、自然も多ければ街はそれなりに発展している、どっちつかずの中途半端さがあり、街はなんとく煩雑だ。

 けれど私はその煩雑さが好きだった。


「アリスは騙されやすいなぁ」


 お兄様を追いかけて庭の先の湖まで行ったのはつい一週間前の話だ。

 お兄様は自由な人で、一人でどこまでも行ってしまう方だ。

 遊び相手がお兄様かもう一人の兄のルーファスしかいない私は、ルーファスもお兄様を心配して先にどこかに行ってしまうので、いつも置いてけぼりにされることが多くて、必死にあとを追っていた。

 湖で釣り糸を垂らしていたお兄様の元へ行くと、もう一本の釣竿を渡されて釣りを進められた。

「綺麗な桜色の可愛い魚が釣れるよ」と言われて、それは是非見てみたいと思ったのである。

 釣り糸の先には、なんだかよく分からない小さな石のようなものがついていた。

 釣り糸を池に垂らして暫く、ぴんと張った糸と、しなる釣竿を引き上げると、糸の先についていたのはピンク色の巨大なべとべとした、クラゲのような何かだった。えらく軽かったので、そんなものが釣れるだなんて思ってもみなかった。

 急いで釣竿を手放したけれど、クラゲは自力で丘へと這い上がってきた。

 悲鳴を上げて泣きながら逃げる私にうねうねと近づいてきたその私よりも大きなクラゲは、私の体にじゅるりと纏わりついた。

 そこで言われたのが、先程の台詞である。

 騙されやすいとかそんな程度の言葉で済ましてよい状況なのだろうか、うねうねぷるぷると私を抱えて弾むクラゲに揺られながら、私は蒼褪め震えた。


「大丈夫だよアリス。その水妖クラゲは大人しい魔物でね、いつも冷たい水の中にいるから人間の体温が好きなんだ。特に女性を好むんだよ。やっぱり女性の方が柔らかいし、体温も高いからかなぁ。本にはそう書いてあったけど、本当みたいだね」


 全然大丈夫じゃないです、お兄様。

 涙目の私はそのまま意識を失った。後から聞いた話では、ルーファスによって救出されて、屋敷に戻された後にべとべとの体はオーガストによって浄化魔法をかけて貰って、怪我一つ負わなかったという。

 ルーファスやオーガストに怒られたお兄様は「だってアリスが可愛いんだよ」と悪びれもせずに言っていた。


 そんなことがあったのは一週間前なのに、今の私は家庭教師の女性の前で小さくなっている。

 窓の外が、あんなに遠いとは知らなかった。


「……野猿のように、外を駆けまわっていると聞きました。……王都のご令嬢はそんな事を絶対にしません。こんな躾けもマナーもなっていない猿のような子供が、レオン様の婚約者など考えられない事です」


 家庭教師による王妃教育の第一日目、私は今まで感じたことのない悪意に晒されていた。

 でも、とか、だって、と口答えすると、その女性は物差しで私の背中を打った。


「口答えをどこで覚えたんでしょうか、恥知らずな。あなたはレオン王子に対しても口答えをするのですか。そのような態度で王妃になるなど、烏滸がましい。それどころか、身分の低い貴族でもあなたのような者を妻に欲しいとは思わないでしょう」


 私はすっかり委縮してしまった。

 そうして、お兄様やルーファスと遊んでいた記憶を箱の中にしまい込んで、自分の意思も意見もない、理想の令嬢とやらを体現した堅苦しくつまらない女へとなり下がったのである。



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