校外学習の説明
六の月の遺跡探索についての概要と、希望者の参加証の提出について書かれた用紙がグレイ先生から配られた。
用紙が勝手に空を舞って机にそっと落ちるのは、グレイ先生の授業ではよく見られる光景である。
最初は驚いていたけれど、最近では慣れてきた。
「遺跡探索は、夏季休暇の前の三日間で行う。移動に一日、実際の探索に一日、学園への帰還に一日。王都から左程離れた場所にあるわけではないけれど、生徒たちの体力と安全を考慮しての日程だ。遺跡の傍の街に、宿泊施設がある。特に困る、ということはないと思う」
用紙にも同じように書かれている。
この間オスカー様と行った洞窟より更に遠い場所だけれど、地図を見た限り、そこまで離れた距離でもなさそうだ。
私達貴族は基本的には移動は馬車を使用している。
歩くということ自体不慣れではあるので、そういう者が参加することも配慮しての日程なのだろう。
以前の私だったら参加するなど考えたりもしなかったのだろうけれど、今の私は違う。
騎士や魔導士志望の方々には勿論及ばないだろうけれど、参加できるぐらいの体力はついてきたと思っている。
「全員強制参加というわけではないし、女生徒は不参加で構わない。ただ、魔導士や騎士を目指している者、特に騎士科の志願者は参加義務があるので、気を付けるように。三学年の騎士科に進級するためには、遺跡の最奥に設置されている遺跡踏破の証明書を持って帰ってくる必要がある。……とはいえ、内部は本当に簡単な作りになっているし、整備もきちんとされているので、危険な事はない。証明書を持ち帰ることができないのは、余程体力ややる気がない者だけなので、心配しなくて良い」
この最初の校外学習の遺跡が踏破できれば、次はもう少し難易度の高い場所へと連れて行ってもらえる。
騎士科志願の方々にとっては、近場への散歩程度の感覚なのかもしれない。
といっても、志願者の方々が全員戦い慣れしているというわけでもないので、細心の注意を払っている印象を受ける。
あくまで授業の一環なので、生徒達に怪我をさせるわけにはいかないのだろう。
「宿泊施設や、遺跡までの移動は各自で行う。騎士科の生徒達に警備を頼んでいるから、道中危険な事は起こらないだろう。安全を確保するために、居場所を探索できる魔法道具を各自所持してもらうので、迷ったり、誰かに連れ攫われるようなことがあっても、僕が君たちの担任として責任をもって助けに行くから問題ない。……今までそんな生徒はいなかったが、万が一ということはあるからね」
教室内に女生徒の浮足立った声が少しだけ響いた。
グレイ先生が助けに来てくれるというところに反応しているようだ。
確かにグレイ先生は麗しの魔族なので、助けに来てもらえたら少しではなくかなり、ときめいてしまう方もいるのかもしれない。
そんな事目当てで参加したりする愚かな行動をする方は、多分いないとは思うけれど。
それにしても、騎士科の生徒の方々が警備をしてくれるということは、オスカー様やクロード先輩も近くにいてくれるということだろうか。
私が一人で遺跡を踏破できたところを、オスカー様に見ていただきたい。
整備された遺跡を踏破できたところで何の自慢にもならないだろうけれど、オスカー様が付き合ってくださった魔法の練習の成果を見せることができると良いと思う。
「遺跡に出る魔物は、地底蛸と、黄色スライム、絡めとる蔦、それから、散歩する花、一番危険なもので、青毒蛙、ぐらいだね。青毒蛙は、毒という名前がついてはいるけれど、毒性は無いに等しい。毒を受けると皮膚が赤くなったりはするから、解毒剤は各自に渡すことになっている。魔物との戦闘は避けても構わないし、持ち込む武器も道具も自由。魔法は使っても構わない。遺跡の内部は、魔法で破壊されない作りになっているから、多少威力のある魔法を使っても問題はない。……常識の範囲内で」
常識の範囲内で、というところで、グレイ先生は何故かコゼットに視線を送った。
コゼットはうとうとしている。私はこっそりコゼットをつついた。
「参加希望者は、参加証を書いて僕のところに提出するように。期限は明日まで。整備された遺跡といっても、魔物がいる事には変わりないから、遊び半分での参加は控えて欲しい。生徒によっては僕の方で、身の安全に配慮した結果参加を取り下げる事はあるからね」
グレイ先生は最後にそう付け加えた。
私は大丈夫だろうか、参加したくても、駄目だと言われるかもしれない。
不安になったけれど、とりあえず参加証を提出してみないと分からないかと思い、悩むのをやめた。
私の隣では、目覚めたコゼットが参加証に大きく自分の名前を書いている。
説明が終わってグレイ先生が退出すると、教室内の騒めきが大きくなる。それぞれ友人たちと、どうするか相談しているようだ。
コゼットは自分の名前を書き終わると、私の紙を覗き込んだ。
「アリスベル様、一緒に行きましょうねぇ! はじめての旅行ですねぇ、楽しみですぅ。一緒の部屋にとまりましょうね?」
「コゼットも参加するのね?」
「はい、勿論! だってぇ、整備された遺跡なんですよ? 簡単に探索できるうえに、食材だらけ。参加するしかないですよこれは」
「地底蛸の他にも食べられる魔物がいるの?」
シャルルも私の方へと身を乗り出して、コゼットに尋ねる。
シャルルの紙はまだ白紙だ。
「シャルル様ってば、本当になんにも知らないんですね! 全部食べられますよ。黄色スライムの体液は、黄色水まんじゅうになりますし、絡めとる蔦の根っこは薬として高く売れるんですよ。薬膳料理にしてもおいしいです。あと、散歩する花の蜜は甘くて美味しいですよ。料理に使ったり、パンにつけたりしますね。青毒蛙の卵は、卵料理に使います。蛙卵焼きとか、蛙目玉焼きとか」
「青毒蛙の卵だけはどうしても美味しそうには思えないわ……、他の料理はなんとなく分かるけど」
コゼットのおかげで魔物料理にすっかり慣れた私達だけれど、私もシャルルの意見に同感だった。
蛙の卵だけはあんまり食べたくない。地底蛸の触手もそれほど食べたいとは思えないけれど、慣れとは怖いもので、定期的にルーファスが食材として取り入れてくれるおかげで、だいぶ慣れた。
見た目はあれだけれど、味は美味しい。
「遺跡の踏破については、仲間と一緒でも大丈夫って書いてあります。私がアリスベル様を守りますねぇ、任せてください! 木のデッキブラシは壊れちゃったから、鉄のモップに変えたんですけど、この間の巨大蛸には歯が立たなかったから、いただいた巨大蛸の触手を使って新しい武器を武器屋さんで作って貰ったんですぅ。今度の校外学習でお披露目しますねぇ。コゼットちゃんが強くて頼りになるところ、見ていてくださいね、アリスベル様!」
「何それ、ずるいわ……、私だけ仲間外れみたいじゃない」
シャルルが拗ねたように呟いた。
心なしか覇気がない。かなり落ち込んでいるように見える。
私とコゼットは顔を見合わせた。
「そんなことないわ、シャルル。仲間外れだなんて。たった三日で帰ってくるのよ?」
「でも、二人で行くんでしょ? 私だけ仲間外れだわ……」
「じゃあシャルル様も一緒に行きましょう! 歩けなくなったら、シャルル様は小さいから、私が背負ってあげますよぅ。遺跡だってそんなに入り組んでないって言ってましたし、大丈夫ですよ。ちょっとした旅行みたいなものですよぅ」
コゼットが笑顔で言った。シャルルと喧嘩することも多いけれど、基本的には友人思いの優しいコゼットなのだ、普段の言動からは中々伝わらないけれど。
でも、そんな軽々しい気持ちで参加しても大丈夫なのかしら。
シャルルが怪我をしないか、心配だ。
「……良いのかしら。グレイ先生に、怒られないかしら」
「シャルル、私も参加証を出してみるけれど、グレイ先生が却下するかもしれないと思っているの。だから、シャルルも試しに提出してみてはどうかしら? もし駄目だと言われたら、遺跡の中は危険かもしれないから、宿泊施設で待っていると言って、交渉しても良いと思うの。……歩いて隣の町に行くことなんてこの先ないだろうし、国の事を知る良い機会だわ」
遺跡の中は危ないかもしれないので、もしシャルルが同行することになったら、街で待っていて貰うのが良いかもしれない。
シャルルが怪我でもしたら、ティグレ様が大変お怒りになるだろうし、それは怖い。
「そうね、そうよね! 街までは、一緒に行っても良いわよね? 私も同じ部屋に泊まるわ!」
「そうしましょう、そうしましょう。今度ばかりは私も、シャルル様邪魔しないでくださーい、とは言いませんよ。なんたってシャルル様も大切なお友達ですから」
コゼットに言われて、シャルルは自分の名前を用紙に記入しながら、恥ずかしそうに頬を染めていた。
三人で参加できることが嬉しくて、私もつい口元が緩んでしまう。
それにしても、巨大蛸の触手を使った武器とは、一体どんな物なのだろう。
コゼットに尋ねると、説明用紙の端に絵を描いてくれた。
長い柄の先に、うねうねとした何かがついている。
ちょっと怖い。知らない方が良かったかもしれない。
校外学習の前に、私の腕輪についてもう一度お兄様に相談をしに行った。
五の月は試験期間だったので、魔石を吸い込んだのは巨大蛸で最後だ。毒々しいような色合いだったような気がするけれど、今は元の腕輪に戻っているような気がした。
ルーファスと共に訪れたお兄様の部屋は、相変わらず殺風景だった。
「アリス、いらっしゃい。最近益々可憐になってきたねぇ、元気だったころのアリスに戻ったみたいで、お兄様は嬉しいよ」
「お兄様はそのようなお世辞を言う方ではなかったと記憶していますけれど……」
「可愛い妹を可愛いと褒めただけだよ。お世辞じゃないんだけど。……で、どうしたの、今日は?」
ルーファスは私たちの前に紅茶を置くと、私の背後に静かに控えた。
以前学園には私とお兄様しかいないのだし、もう少し気安くても良いと伝えたのだけれど、あくまで自分はレミニス家の執事だと言われてしまったので、私もそれ以上しつこく食い下がったりはしなかった。
「それが、お兄様。お兄様の腕輪なのですけれど、なんだか必要以上に魔石を取り込んでいる気がして、少し怖いのです」
「そうなの? それは興味深いねぇ」
「お兄様は詳しい事は分かりませんの?」
「さぁ、良く分からないな。だって俺は魔石を大量に煮詰めて魔力を蒸留して再結晶化しただけだしね。失った魔力を取り込むようにはしたつもりだけど、魔石そのものを飲み込むなんて予想外だったし。……でもまぁ、大丈夫じゃない? 魔力がいっぱいあれば、魔法がたくさん使えるでしょ? 悪い事じゃないと思うけどね」
「適当ですね、ソルト様。……お嬢様に、危険はないのですか?」
やや厳しい声で、ルーファスが言う。
「ルーファスは魔族でしょ? 腕輪から、何か感じたりはしない?」
「かなりの魔力が含まれている事は分かります。私が感じるのは、それだけですね」
「じゃあ、大丈夫でしょ。魔力が沢山ある腕輪ってだけだよ、きっと。……何かあれば、ルーファスがアリスを守るよね?」
「それは、勿論そうですが」
「ルーファスがいないときには、オスカーか、……まぁ、レオンあたりが、助けに来るでしょ。学園にはグレイ先生もいるし。だから問題ないと思うよ、アリス」
「それなら、良いのですけれど……」
何だかお兄様にはぐらかされている気がするけれど、私は渋々頷いた。
「それよりも、この間の触手、ありがとうアリス。大事に使わせてもらってるよ。あぁ、そういえば、なんだかよく分からない巨大な触手で武器を作って欲しいって、懇意にしている魔法武器屋から連絡があったんだけど、アリス、何か知ってる?」
「……お兄様、武器を作りましたの?」
「うん。頼まれたからね。実践では試してないけど、結構よくできたと思うよ。見た目が気持ち悪いから俺は持ち歩くのは嫌だけどね」
私はコゼットが描いてくれた絵を思い出した。
一体実物はどんな形状をしているのだろう。とても、不安だ。




