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ルーファス・アイエスは攻略対象 1


 マリアンヌのお陰で悪役縦ロールを阻止することができた私は、ルーファスに顔にかからない程度に緩めに髪を結ってもらった。


 ふわふわとした髪が顔にかかるのを嫌っていたのは、専属教師に「なんですかその髪は、だらしのない!」と言って物差しで叩かれるのが嫌だったからなのよね。

 なるだけ彼女の逆鱗に触れないように髪型を工夫してもらっていたら、最終的にたどり着いたのが悪役縦ロール。


 でももう、私は立派な王妃を目指さなくて良い。

 髪型だって、自由にして良い。


 きつく結ぶのは苦手なので、半分をおろしてもらって、半分は柔らかく編み込んで頭の後ろで留めてもらった。

 髪留めはルーファスが選んでくれたもので、今日は夜空の惑星を模した球体型の飾りがついている。


「お嬢様、これでいかがでしょうか?」


「ありがとう、ルーファス。変ではない?」


「お嬢様はいつも可愛らしいですよ。私は縦ロールも好きでしたけれどね」


 なんだかルーファスは少し残念そうに見えた。

 仕事だから結ってくれていると思っていたのに、私の髪型に彼なりのこだわりがあったのだろうか。


『きゃああ、ルーファスじゃないのおおおおっ!!!』


 制服にはもう着替えていたので、そろそろ登校するために立ち上がろうとすると、突如私の脳内でマリアンヌの叫び声が響いた。

 驚いた私は思わずよろけそうになる。

 すかさずルーファスが私の腰を抱いて支えてくれた。


 ルーファスの掌は大きく、「大丈夫ですかお嬢様?」と覗き込んでくる紫色の瞳がとても綺麗だ。

 子供だった頃、私はソルトお兄様とルーファスと一緒に、湖や野原や庭で遊んでいた。

 気づけば随分、大人になってしまったのね。

 もうとっくに成人しているからだろう。

 洗練された立ち振る舞いや静かな声からは、大人の余裕や色気のようなものが感じられる。

 しばらくルーファスの顔を眺めながら、私はどきどきと胸を高鳴らせた。


 ――いけないわ、こんなの。

 私はずっと、他の男性について考えるなんてはしたないと思っていたのに。


 ルーファスが素敵な男性であることに気づいてしまった。


「お嬢様……?」


「ルーファス……」


 顔が、とても近い。

 ルーファスの整った顔が、薄い唇や高い鼻梁が、私の目の前にある。

 私を支える時に乱れてしまったのだろうか、灰色の前髪がわずかに額に落ちていて、なんだか見てはいけないものを見てしまっているような気がしてくる。


『あらー、良いじゃない、良いじゃないのアリス。その調子よぅ、あたしまでどきどきしてきちゃったわ』


 朝起きた時にはマリアンヌの気配は感じなかったのに、昨日と同じように私の脳内で彼女は色っぽく、そしてやや下世話に喋り始めた。


『でも、こんなに近くでルーファスが見られるなんて最高ね! やっぱり良いわぁ、二十歳過ぎてる男は良いわね。十代の青臭いガキ共とは違うわ~。これで、もう少しまともだったらあたしの推しになってたんだけど、でもちょっと残念なのよねぇ』


「ちょっと、目眩がしただけよ、大丈夫」


「お嬢様、差し出がましいようですが、レオン殿下と庶民の娘のことを気に病んで、体調を崩しているのではありませんか?」


 マリアンヌと私とルーファス、三人で会話している訳ではないのでとてもややこしい。


 ルーファスはマリアンヌの声に全く気づいていないようだった。

 マリアンヌの声は、私だけに聞こえるみたいね。

 私の守護霊なのだから当然といえばそうなのだけれど、やっぱりマリアンヌは私を導いてくれる天使様なんだと思うと、なんだか嬉しくなってしまった。


『いやぁあん、ルーファスってば優しいじゃないの! まぁ、ルーファスは昔からアリスのことが好きだから、当然だけど』


「え、は、え、えぇ……っ!?」


 奇妙な叫び声をあげてしまった。

 なんてことを言うのマリアンヌ。

 そんなの、冗談でも言ってはいけないわ。

 ルーファスは私の執事で、もう一人の兄のようなもの。私のことを心配してくれるのは、当たり前なのよ。


「お嬢様……、やはり様子がおかしいですね。今日は授業はお休みになるべきだ」


「だ、大丈夫よ……、元気だもの、授業は休まないわ」


『そーよ、そーよ。せっかくあたしが仕事してきて眠たいってのに、朝酒もしないで起きてるんだから、休んでる場合じゃないわよぅ』


 お仕事帰りのマリアンヌが文句を言っている。

 夜に働いているのかしらね。

 大変ね。


『それにぃ、駄目よアリス。ルーファスはねぇ、お人形みたいな子が好きなのよ。あんたの縦ロールだってお気に入りだったんだから、それをあんたは拒否しちゃったでしょ。このまま二人きりで部屋にいたら、何が起こるかわかんないわよ。バッドエンドよ、バッドエンド』


 私が好き。

 お人形。

 バッドエンド。


 聞き捨てならない単語がたくさん羅列されたけれど、ルーファスの手前マリアンヌと会話をするわけにはいかない。

 とりあえず、授業には出た方が良いということだけはわかった。


「お嬢様、今日授業に出たら、また嫌なものを見るかもしれない。お嬢様にそんな思いはしていただきたくありません」


「心配しないで。一晩休んで元気になったの。私はレオン様のことを慕っているという訳ではないし、レオン様が誰を好きになろうと構わないと思うのよ。ここだけの話よ、言ってはダメよ、不敬になってしまうから」


「お嬢様……、お嬢様にそこまで言わせるなんて……、あれほど努力してきたではありませんか。王妃教育を受けて、お嬢様の手の甲や、背中は傷だらけになったでしょう? それなのに……!」


「もう傷はないのよ。だって、あなたが治癒魔法で癒してくれたじゃない」


「私にはそれしかできなかった。……傷つくお嬢様を見ていることしか」


『そうなのよねぇ、ルーファスってば実は魔族なのよね。魔法が使えるのよ。って、そんな美味しいイベントがあったの? 最高じゃないのアリス! そりゃルーファスもあんたに執着するわよ』


 ルーファスの声に混じり、マリアンヌの声も響く。

 混乱するのでやめて欲しい。

 なんだか今、とても重要なことを話されている気がするのに、マリアンヌのせいで気が散ってしょうがない。


『コゼットと恋に落ちる男どもの中で、唯一ルーファスはあんたに惚れてんのよね。そこが良いって意見もあったけど、あたしは駄目ね。あんたを手に入れるためにわざとコゼットに近づくんだもの』


 マリアンヌが衝撃的な話をはじめたので、私は内心穏やかではないまま、ルーファスを見上げた。

 ルーファスが私の手に優しく触れてくれる。

 男性に触れられているというのに、集中できない。


『ルーファスのルートは重たすぎて、お気楽恋愛ゲームのくせに胸焼けを起こしちゃうわよ。朝まで飲んだ後に豚骨背脂ラーメン油増し増しキメちゃうあたしでも、ちょっと無理よ~、焼くのは芋ぐらいにしときなさいって話よ。芋食べたら胸焼けしちゃうか。本末転倒~!』


 とてもうるさい。

 主よ申し訳ありません、折角の守護霊様だと言うのに、とてもうるさいと思ってしまいました。

 お叱りはいつでも受ける覚悟はできております。

 でも、マリアンヌの言葉が強烈すぎて、ルーファスとの会話に支障をきたしている。


「とんこつせあぶらラーメン……」


 思わずマリアンヌの言葉を繰り返してしまった。

 それがどんなものかはわからないけれど、なんだか美味しそうな食べ物の予感がする。


「お嬢様……、おかわいそうに、混乱しているのですね。……それもこれも、お嬢様というものがありながら、他の女に目移りをするあの男のせいですね」


「違うわ、ルーファス……!」


 レオン様のせいではない、マリアンヌのせいだ。


『んふふふ、良い感じよアリスちゃん。ルーファスも良いと思うわよ、ちょっと歪んでるけどあんたを大切にしてくれるわ。でもまだ早いわね、他にも良い男はたくさんいるわよ。あんたの青い春と書いて青春はまだ始まったばっかりじゃない。ここで手を打つなんて馬鹿な真似はおやめなさい。ほら、授業よアリス、ルーファスから逃げないとバッドエンド直行よ』


「ともかく、私は大丈夫よ。授業にも出るし、学園はきちんと卒業するわ。ルーファス、私は遊びに来た訳ではなくて、学びに来たのよ。これぐらいで寝込んでいたら、とてもじゃないけれど王妃なんて務まらないわ」


 これは本心だ。

 私は婚約破棄されてしまうのだけれど、自分からはそんな素振りをみせてはいけない。

 だって私は侯爵令嬢で、相手は第一王子なのだから。

 私からは婚約破棄できる立場ではないので、レオン様から提案してくるまで、何にも知らないふりをしておかないと。


『たまには、あなたの好きなように髪を結ってくれると嬉しいわ。はい、アリスちゃん。今がチャンスよ、あんたの顔の前に選択肢が光り輝いているわよ。あたしを信じなさい!』


「……ええと、今日は髪型のわがままを聞いてくれてありがとう。これで私は悪女縦ロールではなくなったわ。でも、本当はあの髪型も嫌いではなかったの。た、たまには、ルーファスの好きなように、髪を結って頂戴ね」


 これは良いのだろうか。

 なんだかとても、ずるい事をしているような気がしてならない。

 でも、マリアンヌは百戦錬磨の魔性のオンナなので、ここはちゃんと参考にするべきだろう。

 彼女は私の守護霊なので、きっと私にとっての最善を選んでくれている筈だ。

 ルーファスは私の言葉を聞いて、スッと目を細めた。

 私の頬に、さらりと手を触れさせる。


「お嬢様。……殿下に好かれようと、髪型を変えたのかと思っていました」


「違うわ。未来の王妃でいることから、少し自由になろうと思ったの」


「それは、良いことだと思います。でもお嬢様、どうかご無理はなさらないでくださいね」


 ルーファスはそう言うと、切なげに微笑んだ。

 私が胸をときめかせる前に、マリアンヌの『いやああん素敵ぃぃぃ!』という声が頭の中で響き渡り、それどころじゃなくなってしまった。


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[一言] マリアンヌは私を導いてくれる天使様・・・(視線を逸らしながら)ヨカッタネアリスチャン 聖徳太子みたいじゃないと濃いぃいなマリアンヌちゃんと話しながら別の誰かと話すなんて無理ですねw
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