クロード先輩はコゼットと同郷
実技訓練場の調査は一週間程で終わった。
私はその間にお兄様に腕輪の使用についての報告をしたり、ルーファスと共に簡単な魔法の練習をしたり、コゼットの作ってくれた料理を食べたり、シャルルとティグレ様のシャルルからの一方的な痴話喧嘩を眺めたりしていた。
時々レオン様が、コゼットの居ない隙を見計らうようにして私の前に現われては、「偶然だな、アリスベル!」などと挨拶だけして帰っていったけれど、朝の登校時間に会う事はなくなった。
ティグレ様の話では、「レオンにはきつく言っておきましたので」だそうだ。
どうきつく言ったのかは分からないけれど、きっと私にばかり構っていないできちんと役目を果たせとか、そのように叱ったのだろう。
ティグレ様もシャルルを構い倒しているように見えるけれど、ティグレ様はそつがないというか、要領が良いというか、押さえるべきところはきちんと押さえている。
卒業したら婿に入るにあたって、既にフライツマール公爵家の仕事の大半は頭に入れているらしい。
シャルルの周りの外堀を整地でもするかのように埋めていっているティグレ様は、流石というか、怖いというか。
シャルルを絶対に逃がさないという気概を感じて、遠くで見ている分にはとても素敵だと思う。
うん。そういうことにしておこう。
魔晶石の腕輪についてはお兄様は、「魔力を吸収するのは知ってたけど、魔石そのものを吸収する効果があるんだ?」と意外そうに言っていた。
作った本人が知らない訳がないと思って疑わしくお兄様をじっと見据えていると、曖昧に笑いながら「だって、その魔晶石はそれこそこの間出現した赤玉ドラゴンの落す魔石と、同じぐらいの大きな魔石を何十個も使ってできてるんだよ。俺程度が使える魔法じゃ、試し打ちしても魔力がまるで減らない。オスカーの使った魔法の威力が恐ろしいほど大きかった、ということだろうね」と言う。
確かにそれはあるのかもしれないと、納得した。
私は同じ火の魔法でも、何度練習しても小さめの火球ぐらいしか作り出せない。
オスカー様の炎魔法は天まで貫くような火柱だった。
それは遠くの校舎から見える程で、あんな魔法を実技訓練所の魔物相手に使うんじゃないと、その後騎士科の教師から注意を受けたようだとお兄様が教えてくれた。
オスカー様が魔晶石で出来た剣に興味を持っていたことを伝えると、「残念だなぁ、その魔晶石の腕輪は奇跡の一品なんだよ。また試作品を作ってはいるけれど、魔石を精製する段階で魔力が抜けてしまって上手くいかないんだ」と困ったように言っていた。
研究に使うためにも、是非魔石を集めてきてほしいというお兄様に、一応魔物料理の紹介もしておいた。
食事に興味のないお兄様は、本当に興味がなさそうに「へぇ、ふぅん、そう」と相槌をうった後「俺だったらその素材を新しい道具を作る材料にするから、魔石と一緒にいらないものがあったら持ってきて良いよ」と言う。
何がいるものでなにが要らないものなのかはよく分からないし、私にとっては魔物からとれる素材なんて基本的にはいらない物だ。
お兄様に差し上げるのはやぶさかではないのだけれど、まだ探索に出てもいないので、そのあたりは話し合っても仕方ないと思い会話をきりあげた。
寮のお兄様の部屋にははじめて入ったけれど、予想より小綺麗だった。
もっとごちゃごちゃしている部屋を想像していたのだけれど、一番手前にある来客用のリビングには物はほとんどなくて、寂しいぐらいだった。
一緒に同行してくれたルーファスの話では、扉一枚隔てたその先に『魔窟』がひろがっているのだという。
以前あまりの惨状に掃除をしようとしたら、黙っていれば冷たい印象ではあるけれど口を開くと好青年というか、どことなく茫洋としているお兄様にしては珍しく、断固拒否したのだという。
来年お兄様は卒業で寮をひきあげなければいけないのだけれど、大丈夫なのかしら。
それまでにはきっと、なんでも収納できる魔法鞄とか、そういった物を開発していそうな気もするので、心配しなくても良いのかもしれない。
せっかく実技訓練場を使いはじめたばかりなのに閉鎖されてしまったけれど、案外私は忙しく一週間はあっという間だった。
実技訓練場の調査が終了し、特に異常はないという判断がされたようだ。
念のために宮廷魔導士の方々が結界を張りなおしてくれて、使用許可が降りたのは更に翌週の事だった。
あと一週間もすれば、五の月になり春の試験が始まってしまう。
オスカー様たち騎士科の方々も筆記試験はあるので、試験期間に声をかけるのは迷惑になってしまうだろう。
だからその前、四の月の終わりの週に、王都の外の探索に同行して頂くお願いをすることにした。
魔族であるルーファスは簡単に魔法を使う事ができるので、腕輪を使用しての魔法とは相性が悪いらしく、腕輪からの魔力の引き出し方が良く分からないと言っていた。
それでも根気よく付き合ってくれて、小さいけれど火球や氷の刃の魔法を使えるようになったので、きっと近くの森程度なら大丈夫だろう。
なんの根拠もないけれど、コゼットが魔物狩りしているのだからきっと私も出来ると思う。
コゼットに詳しく話を聞きたかったけれど、彼女の話は曖昧で「襲ってくる魔物を、ばぁん、とか、どぉん、とかしますね」などとしか言わないのでなんの参考にもならない。
「それは、魔法で?」と尋ねると、コゼットは笑いながら「魔法は使いませんよ~、魔石武具は高級ですから!」と言う。
魔法を使わずに、どのように『ばぁん、とか、どぉん』をするのか分からないけれど、何の武器が得意なのかを聞いても教えてくれなかった。
「だってぇ、アリスベル様の前では、可愛いコゼットちゃんで居たいですしぃ」だそうだ。
シャルルが呆れ顔で「何処の誰が可愛いコゼットちゃんなの? 今更コゼットを非力で無力で可愛い、だなんて誰も思わないわよ」と言っていた。
本当は実技訓練場でじっくり訓練してからにしたかったのだけれど、実践の方が実力がつくかもしれない。
オスカー様は来年卒業してしまうのだし、あまりゆっくりもしていられない。
そんな思いもあって、私は放課後再び騎士訓練所へと向かった。
およそ二週間ぶりに訪れた騎士訓練所には、オスカー様ともう一人、騎士科副学科長である、クロード・ワイマール先輩が居た。
クロード先輩のことは知っているけれど、それはクロード先輩が派手で目立つからで、実際には面識はない。
ストライド家のオスカー様とは違い庶民の出であるクロード先輩は、貴族の晩餐会などに出席はしないし、まだ正式な騎士ではないので警備の仕事を任されたりもしない。
それなので、同じ学園に通ってはいるけれど会う機会はなかったのだ。
赤毛の獅子の立髪のような髪の毛をしたクロード先輩は、オスカー様よりも更に体格の良い聳え立つ大樹のような方で、目の下に切り傷の跡が薄らと残っている。
私が騎士訓練所に入ると、真っ先に挨拶をしてくれたのはクロード先輩だった。
「おお、これはこれは、アリスベル・レミニス侯爵令嬢様ではないですか! こんなむさ苦しいところに、どうしてまた?」
「こんにちは、クロード・ワイマール先輩。はじめまして、アリスベル・レミニスです。どうぞ、畏まらずにアリスベルとお呼びください、学園では身分は平等とされていますので、敬語も不要ですわ」
「そりゃあ、良かった! 俺はど田舎出身の庶民だから、貴族の言葉は苦手で。無理に使おうとすると、さっきみたいな舞台俳優の台詞みたいになるんだよな。助かる」
クロード先輩は、苦笑しながら言った。
整ってはいるがどことなく愛嬌のある仕草や表情は、獅子というよりも大きくなりすぎた猫のように見えなくもない。
「ご無理をさせてしまい、申し訳ありませんでした。普段通りお話しくださると嬉しいですわ」
「アリスベルは偉いんじゃねぇのか? オスカーよりも偉いんだろ、良いのか?」
「……クロード、アリスベル様に無礼だ、と言いたいところだが、アリスベル様がそう望んでいるのだから、構わないのでは?」
オスカー様に確認を取るようにちらりと視線を向けるクロード先輩に、オスカー様は静かに頷いた。
本当はオスカー様にも同様にして欲しいのだけれど、無理は言えない。
いつかもっと気安く私を呼んでくれると良いなと思う。
『今日のオスカー様も素敵ねぇ……、二週間ぶりのオスカー様だわぁ、アリスちゃん、素敵ねぇ』
噛み締めるようにマリアンヌが呟く。
このところ、マリアンヌは日によってはいなかったり、朝から元気よく挨拶をしてくれたりと色々だ。
少し声が聞こえないだけで不安になっていた私だけれど、最近は徐々に慣れてきた。
マリアンヌは働いていて、忙しい日だってあるし、用事がある時もある。
二日や三日声が聞こえない日が続くと寂しいけれど、私だって代わり映えのない一日を過ごすこともあるし、適切な距離感というものはお互いのために大切だと思う。
守護天使様というのは、ここぞというときに頼るものであって、常に助言を求めるのは良くないことと最近は徐々にだけれど、考えるようになった。
勿論こうしてお話をしてくれる日は特別に楽しい。
オスカー様が素敵だというのには私も同意である。
個人的な好みというよりは、一般的に素敵、という意味で。
『クロード・ワイマールねぇ、良いじゃないの、良い筋肉、明るそうで、強そうであからさまに脳筋だわ。あたし的には遠くから眺めていたいタイプねぇ、脳筋体育界系のノリって苦手なのよぉ』
クロード先輩についての評価はやや気怠げだった。
ノウキン、いう言葉は知らないけれど、意味についてはなんとなく察することができる。
きっと、頭を使うよりも体を使うのが好きな方、ということだろう。
『ものすごく言葉をオブラートに包んで、良く言えばそんなところねぇ』
どうやら当たっていたようだ。
ノウキンと称されたクロード先輩は、明るく快活な笑顔を浮かべた。
「オスカーからも許可を貰ったことだし、良いみたいだな! ここの貴族は話がわかる者が多くて助かる! 入学する前は、貴族なんてものはお高くとまっていていけ好かないものだとばかり思っていたが、実際に会うと違う。偏見を持っていた自分が恥ずかしい」
「そういった方も、いますわ。貴族といっても、色んな方がいるのです。クロード先輩は、ご出身は?」
「俺の出身はデンゼリン男爵家のある鉱山の傍の小さな村だよ。もともとデンゼリン男爵も、その村の産まれの炭鉱夫という話だ。たまたま、魔石鉱山を掘り当てて金持ちになったデンゼリン男爵。村では有名だったな」
「そうなのですね。それでは、コゼットとは知り合いでしたの?」
「いや、そういう訳じゃない。コゼットはどこかの教会の孤児院にいて、養女になったんだろ? 出身が近いってだけで、知り合いじゃない」
クロード先輩は、どこか困ったような表情でそう言った。
何か奥歯にものが挟まったような歯切れの悪さを感じた。
もしかしたらコゼットとの間に何かあるのかもしれないけれど、個人的なことを深く探るのは良くないので、それ以上は何も聞かなかった。




