地底蛸パイとドラゴンロースト 4
睨み合うルーファスとコゼット、二人の背後に冷たい青い炎と元気な桃色の炎が燃え上がっているような錯覚さえ感じる。
これは食べなければいけない雰囲気だ。
シャルルと私の前には、見た目だけなら美味しそうなローストドラゴンと三角地底蛸パイ。
意を決してフォークを手にする。私の前にコゼットとルーファスがぐいぐいと自分の料理が乗っている皿を押し出してくる。
にこやかに私を見るコゼットと、当然召し上がりますよねと無言の圧力をかけてくるルーファス。
妙な緊張感が漂う。食べるのは当然として、どちらの料理から食べるのかという新たな悩みがうまれてしまった。
シャルルは眉を寄せて目の前の料理を眺めている。
多分きっと食べるかどうしようか悩んでいるのだろう。
シャルルに無理をさせるわけにはいかないので、ここは私が全ての料理を胃袋におさめるぐらいの気概を見せなければいけない。
『なにこれ、フードファイト?』
思わず、マリアンヌちゃん、と叫びそうになってしまった。
昨日の夜から声を聞いていないだけなのに、妙に懐かしい気がする。
『あらぁ、そんなにあたしが恋しかった? 罪深い恋の堕天使ねぇ、あたしったら! ところで、ルーファスとコゼットは料理対決でもしてるの?』
魔物料理対決、ということになるのだろうか。
一人で食べきるには凄い量だけれど、頑張らなくては。体型など気にしている場合ではない。
私は悩んだ末に、まだ中が見えないだけ食べやすそうなルーファスの地底蛸パイをナイフで半分に切った。
サクサクのパイの中から、とろりとした赤いものが溢れてくる。小さく切られているつぶつぶしたものは地底蛸だろう。
青色ではない。赤色だ。火を通すと色が変わるのかもしれない。
溢れた中身をフォークですくいあげて、パイと一緒に口に運ぶ。
シャルルがやや青褪めながら私を凝視している。
ルーファスはとても幸せそうで、コゼットが少し悲しそうなのが心苦しい。ちゃんと食べるから安心して欲しい。
いきなりドラゴンのお肉ですと言わんばかりの素材感がある、ローストドラゴンを食べる勇気が出なかっただけなのだ。
『地底蛸もそんなに食欲出ない見た目だった気がするけど、昨日襲ってきたドラゴン食べるのもちょっと気が引けるわよねぇ』
そうなの。ドラゴンは昨日生きていたので、ちょっと食べにくいのよ。
マリアンヌが分かってくれて、ちょっと嬉しい。
コゼットにはそれを言うのは気が引けるのだけど、やはり実際動いていたものを食べるのはまだ私には少しハードルが高い。
そんなことを言っているようでは、立派な冒険者にはなれないのだろうけど、冒険者になる予定は今のところないので許して欲しい。
口の中に入れた地底蛸パイは、パイ生地はもちろんいつも通りとても美味しい。
とろりと広がる中のソースも、トマト風味でとても美味しい。
その中に地底蛸のふくよかな海鮮の風味が広がって、なんともいえない味だった。
たとえて言えば、普通の蛸に蟹と海老の味を足して生臭さを消したような味だ。
有り体に言って、今まで食べたパイの中では一番美味しい。
「……ルーファス、美味しいわ!」
魔物料理を食べることができたこととそれが美味しかったことの安心感からか、より一層美味しく感じられる。
「お嬢様の召し上がるものなのですから、勿論味には気を使っています。私が調べたところ、地底蛸の足は栄養価も高く、病気を治癒する薬膳のような効能もあるとか。確かにデンゼリン家のある鉱山地帯では名物として親しまれているようですね」
「そうなんです、地底蛸は坑道によく湧くので、地底蛸の足はパイだけでなく煮込み料理や串焼きにしたりもしますね」
「なるほど、そのような調理方法も悪くはなさそうですね」
コゼットの説明にルーファスが頷く。
調理方法の話題になったからか、険悪な雰囲気がやや穏やかになったようだ。
シャルルも恐る恐るパイを口に運んだ。ゆっくりと咀嚼した後に驚いたように目を見開いて、口元を押さえている。
味は確かに美味しい。とはいえ、どうしても地底蛸の足を食べたい、という気持ちにはまだなれないのだけれど。
『あたしの国にも、たこ焼きっていう料理があるわよ~、説明は難しいけど、蛸の足が入ってるわね、中に』
マリアンヌの国にも蛸がいるようだ。
とんこつらーめんやかつどんはどんな料理なのか分からないけれど、マリアンヌの国は別の世界にあるような気がするのに、蛸という海産物が共通しているのはなんだか不思議な感じがした。
「お嬢様、どうぞお召し上がりください。気に入ってくださったようで良かった。昼食は、私の地底蛸パイだけで十分ですね」
「アリスベル様、ルーファスさんの地底蛸パイも美味しいかもしれませんけど、私のドラゴンローストも美味しいですからー!」
「わかっているわ、せっかく私やシャルルのために作ってくれたんだもの。……シャルルは、無理はしなくて良いのよ?」
「……食べるわ。食べ物は粗末にしてはいけないと、おばあさまもよく言っているし」
私は小声で伝えたけれど、シャルルは首をふった。
ルーファスは何度か「そのようないかがわしいものは召し上がるべきではありません」と言って、コゼットに睨まれていた。
私とシャルルは再びナイフを手にして、小さく切った肉の欠片を口に入れる。
見た目よりもずっと柔らかい肉が、口に入れた瞬間にほろりとほどけた。
舌先がぴりりとするような刺激があるが、長い間熟成されたチーズのような深みがある味わいだ。
チーズというのは例えだけれど、柔らかくすぐに溶けてしまうけれど油っこさのない牛肉、と言えばよいのだろうか。
ドラゴンのお肉なので、獣臭さがあるのかと思っていたけれど、そんなものはまるでない。
かけられているソースはベリーが入っているのか、酸味があって少し甘酸っぱい。
コゼットの料理はどことなく素朴さがありながらも洗練されている、ルーファスに引けを取らないものだ。
これなら確かに、コゼットが希望していた王城の料理人になれるかもしれない。
シャルルも開き直ったのか、ぱくぱくとローストドラゴンを食べている。もう躊躇いはなさそうだ。
「コゼットのお料理もとても美味しいです」
「そうでしょう、そうでしょう! アリスベル様への愛が入っていますからね! 愛情に勝る調味料はないと私の田舎ではいいますから~!」
「愛はともかくとして、ドラゴンも地底蛸もこんなに美味しく食べられるのね。コゼットや、ルーファスさんが作ったから特別に美味しいのかしら? 料理の腕も関係するのかしら」
シャルルが尋ねる。
愛がこもっていることを強調しているコゼットを全く意に返さないところが、流石はシャルルである。
もしかしたらシャルルは慣れているのかもしれない。
ティグレ様をはじめ、年上の方々に愛されているので、こういったことを言われる経験も多いのかもしれない。
「そうですね、素材としてはやや扱い難いという印象を受けました。地底蛸は確かにうまく調理すれば美味しいですが、地底蛸を調理するなら普通に海鮮市場で真蛸でも買ってきた方が無難といったところでしょうか」
「ふふ、ルーファスさん、それは負けを認めたということですね!」
「いえ、全く、これっぽっちもそのようには思っておりません。私の腕にかかれば地底蛸は真蛸以上の味わいを発揮しますので、調理については問題ありません。あくまで、一般的な料理人にとっては、という話です。お嬢様の執事として、私は全てを完璧にこなしていますので。デンゼリン男爵令嬢の手料理は、お嬢様には必要がないので、今後はお控えいただけますか?」
「嫌ですぅ」
慇懃無礼というかなんというか、私はルーファスがここまで饒舌に話をしているところをあまり見たことがない。
あくまでも丁寧なのにちくちく棘のある言葉を向けられても、コゼットは平然とぷいっとそっぽを向いてそれを否定した。
中々の芯の強さだ。流石は物語の主人公 、とても強い。
『そうなのよねぇ、コゼットちゃんってば結構気が強くて押しが強くて。なによこの選択肢、ってのが結構あったわ、そういえば。レオンに向かって『調子に乗るな、気障王子』とか、そういうの。そっち選ぶと失敗だから選ばなかったんだけど、本来のコゼットちゃんの性格はそっち側だったのかもしれないわねぇ』
しみじみと、マリアンヌが何かを言っている。
コゼットはレオン様にそのようなことを言ったのだろうか。
あまり理解できなかったのだけれど、レオン様はコゼットを怖がっていたので、言っていてもおかしくないような気もする。
コゼットなら言いそうだと思ってしまった。
コゼットは良い子なのに、申し訳ない。
「二人とも、今日はありがとう。……甲乙つけがたいぐらいに、美味しかったです。ルーファスの料理は勿論好きですし、コゼットの料理を味わえるのも、嬉しいです。先に食べてしまってごめんなさい、せっかくですから、皆で食べましょう?」
どちらが美味しいかと聞かれる雰囲気を察して、私は先手をうった。
二人とも同じぐらいに料理上手なので、張り合うのはやめて欲しい。
そして魔物料理がおいしいと言う事はわかったので、今後はできるだけ偏見を持たないようにしよう。
お互いの作った料理を食べたあと、ルーファスとコゼットは一時休戦したらしく、いがみ合うことはなかった。
コゼットから他にも食べられる魔物はいるのかと詳しく聞き出しているルーファスに若干の嫌な予感を感じながら、和やかに魔物料理食事会は終了したのである。




