地底蛸パイとドラゴンロースト 3
コゼットが準備してくれた中庭のテーブルには、白いクロスがかけられている。
中央にあるのは大きめの皿で、レタスとフェンネルが一口大に刻まれたサラダの上には棒状に成形された大きめの、男性の腕ぐらいの太さはありそうなローストされたお肉が鎮座していた。
遠目でも分かる。
あれは絶対に、赤玉ドラゴンのお肉だ。
昨日の丸太状のものに比べれは美味しそうだし、ローストビーフに見えないことはないのだけれど、色あいが普通の牛肉よりもやや赤みがかっている。
「お待ちしておりましたぁ、アリスベル様、シャルル様、今日のご飯はコゼット特製、ドラゴンのローストですよぉ~!」
あろうことかコゼットはきっぱりと、はっきりと、大声でそう言った。
コゼットの近くのテーブルで休息をしている他の生徒たちが、ぎょっとした顔でコゼットを一斉に見る。
それもそうだろう。赤玉ドラゴンが出現した昨日の今日でドラゴンのローストなのだから、よほど察しが悪い方以外なら、そのお肉の出所が分かるだろう。
無言でコゼットの正面に進み出たシャルルは、じっとコゼットとテーブルの上の肉の塊を交互に見た。
「コゼット、今なにか聞き捨てならないことを言わなかった?」
「ドラゴンの、ローストのことですか? ローストドラゴン、ドラゴンロースト! お店で食べたら一万ゴールドはするお料理ですよ、ささ、遠慮なさらず、シャルル様座って座って!」
「この国のどこにドラゴンの肉を提供する店があるっていうのよ!」
「私の田舎にはありますよぅ、シャルル様は王都の事しか知らないんだからぁ、美味しいですよ?」
コゼットはシャルルの背中をぐいぐい押して、椅子に座らせる。
私もシャルルの隣に座った。
ドラゴンのお肉に思うところはたくさんあるのだけれど、折角コゼットが作ってきてくれたのだし、その気持ちを無碍にするのはいけないことだ。
私はアリスベル・レミニス。南のレミニス侯爵家の長女であり、厳しい王妃教育を耐え抜いてきた経験もある。
ドラゴンのお肉ぐらい、問題なく食べられる。
大丈夫、大丈夫と心の中で自分に言い聞かせた。
「私たちの為に準備してくれたの、コゼット?」
私が言うと、コゼットは満面の笑みを浮かべた。
「はい! 昨日いただいたお肉は大きかったので、半分は売って、残りの半分をさらに半分に分けて、一塊を皆で食べようと思ってじっくりじっくりローストにしてきました! あとの半分は、小さくして燻製にしてます。保存食です~」
「ああいったものは、売れるの?」
「魔物の素材専用の売買専門店があるのですよ。卸売り業者と言えば良いのでしょうか、王都でのそういったお店の場所は、副騎士学科長様に教えてもらったんです。アリスベル様が赤玉ドラゴンに襲われてくれたおかげで私の懐は潤って、ついでに胃袋も潤ったので、ドラゴンローストは感謝の気持ちです、遠慮せずに食べてくださいね!」
「あ、ありがとう……」
一先ずお礼を言う私を、シャルルが何か言いたげな表情で必死につついている。
シャルルも優しい人なので、折角作ってきてくれた料理に文句を言う事ができずに困り果てているようだ。
コゼットが塊の肉を、ナイフを手にして華麗な手捌きで薄く切り分けてくれる。
普段の落ち着きのなさからは考えられないぐらいに、そのナイフ捌きは素晴らしかった。
私などが切り分けたら、断面はぎざぎざになるだろうし、大きさもいびつになるだろう。
料理が得意というだけあって、侯爵家の料理人たちやルーファスと同等かそれ以上の手捌きかもしれない。
薄く切ったお肉を、それぞれのお皿に分けて、上から深い茶色のソースをかけてくれる。
それがドラゴンだと知らなければ、とても美味しそうに見えた。
透明なグラスに、レモンの輪切りとミントが入ったお水をコゼットが注いでくれる。
「さぁ、アリスベル様、私の愛がたっぷり入ってますので、食べてください! あ、シャルル様の分にもそれなりに愛は入ってますのでね、安心してくださいね」
「別にコゼットの愛なんて欲しくないわよ、羨ましくなんて思ってないわよ」
「またまたぁ、シャルル様ってば素直じゃないですねぇ」
コゼットは自分の分も皿に移すと、椅子に座ってにこやかに私たちを見つめている。
これは、食べられないとはとても言えない雰囲気だ。そんな不誠実な事はできない。
シャルルにはちょっと待っていてもらって、私が食べてからどうするかを判断してもらうのが良いかもしれない。
そっとシャルルに目配せした後、お料理を前に両手を組んで食事に感謝を捧げてから、私はナイフとフォークを手にした。
お肉にナイフを通すと、すっと簡単に切ることができた。案外柔らかいのかもしれない。
一口分切り分けて口に運ぼうとしたとき、背後から私の口は誰かの手によって塞がれた。
「んー……っ!」
息苦しさと驚きでくぐもった声を上げながら、私は背後の人物に視線を送る。
そこに居たのは、珍しく軽く息を乱した、ついでにいつもすっきり整えられている灰色の髪の毛もやや乱したルーファスだった。
「……あら、アリスの執事の」
シャルルが小首を傾げながら言った。流石シャルル、こんな状況なのに落ち着いた佇まいを崩してはいない。
「ご歓談の場を邪魔するご無礼をお許しください。アリスベル様の執事の、ルーファス・アイエスと申します」
丁寧な自己紹介をしながらも、私の口を手で塞いだままのルーファス。
ルーファスがこんな行動をするのは勿論初めてだ。
私はその手を外そうと両手で指を引っ張ったり悪戦苦闘しながら、どういうつもりなのかとルーファスを訝し気に見上げる。
ルーファスは私の視線に気づいて、口元から手を離してくれた。
ついでに、何故かは分からないけれど、私の手にあったドラゴンローストが刺さっているフォークを取り上げて、そっと皿に戻した。
「ルーファスさん、今日はどうしたのかしら?」
シャルルが首をかしげる。ルーファスが学園内へ来ることは珍しい、というよりはじめてかもしれない。
シャルルとルーファスは面識がある。
私の寮の部屋へとシャルルは数回遊びに来ていて、ルーファスは給仕をしてくれたからだ。
だから今の挨拶はコゼットに向けてのものだったのだろう、コゼットはぺこりとお辞儀をした。
「私はコゼット・デンゼリンです。アリスベル様にはそれはもう良くして頂いて、正直に言えば愛してますね」
「コゼット、口を慎みなさい」
心なしか潤んだ瞳で愛を語るコゼットを、シャルルがどこからともなく取り出した閉じた扇でぱしりと叩いた。
あんまり痛くなさそうな音がした。
「ルーファス、コゼット・デンゼリン男爵令嬢よ。お友達なの」
「お嬢様にご友人がいらっしゃるのは喜ばしい事です。ですが、見過ごせない事態になっている事に気づきまして、お邪魔してしまうのは承知で参上致しました」
「見過ごせない事態……?」
「お嬢様。お嬢様の口にいかがわしい者が作ったいかがわしい料理が入るなど、私としては看過できない問題です」
いかがわしい者のところで、ルーファスはコゼットを軽く睨んだ。
コゼットは怯えるかと思いきや、どうも挑戦的な態度だ。
立ち上がり両手を腰に当てて胸を逸らしている。
「いかがわしくなんてないです、味見もちゃんとしましたし、新鮮なドラゴンのお肉で作りましたし。私のドラゴンローストよりも美味しい料理なんてこの世にありません!」
魔物料理人コゼットは、自分の料理が貶されたことについて怒っている。
ルーファスの心配は有難いけれど、ここは私もルーファスを注意するべきだろう。
コゼットはいかがわしくないし、料理だって見た目は美味しそうだ。
素材がドラゴンのお肉、というだけで。
「ルーファス、コゼットは私たちの為に準備してくれたの。いかがわしいだなんて、言ってはいけないわ」
「私の、お嬢様は、とても優しいですね」
心なしか、私のお嬢様という言葉がゆっくりと丁寧に大きな声で発音された気がするけれど、多分気のせいだろう。
ルーファスは片手に持っている可愛らしいバスケットから、何かを取り出てテーブルに並べ始める。
ドラゴンのお肉が乗ったお皿を端に追いやりながら。
「……お嬢様が魔物料理を召し上がりたいと思っているとは、気付かずに申し訳ありませんでした。こんないかがわしい料理を召し上がらずとも、私が作って差し上げますので」
「いかがわしくなんてないですってば! 執事さんのお料理よりも、私の作ったご飯のほうがおいしいですよ、アリスベル様への愛情で満ち溢れていますのでね!」
「……お嬢様に対する愛で、私が負けるとでも?」
睨み合う二人に、私の脳裏にマリアンヌが言っていた『お人形バッドエンド』という言葉がちらつく。
マリアンヌ、今日はどうしたのかしら。朝から一度も話していないけれど。
マリアンヌ好みの素敵な男性が少ないから、あまり興味がないので休憩しているのかしら。
若干不安になりながら、私は自分を納得させた。
確かに彼女は、コゼットにもシャルルにもあまり興味がないと言っていたし、こんな奇妙な事態に付き合ってくれる程暇ではないのかもしれない。
「準備が整いました、お嬢様。お待たせしました。今朝、洞窟で仕留めてきた新鮮な地底蛸を使用した、地底蛸パイですよ」
今日のメインディッシュを紹介するように、さらりとそれが当たり前のように、ルーファスが言う。
ルーファスが準備したお皿に乗せられているのは、一口大のパイだった。
三角形で可愛らしい形をしていて、パイの間には花形に切った野菜や食用花がちりばめられていて、華やかで可愛らしい。
けれど、どんなに可愛らしくても、パイの中身は地底蛸。
地底蛸なのだ。
あの、魔物の。
洞窟やら水辺やら、暗くてじめっとした場所を好む、タコに似た紫色のぬらぬらとした触手を持ったあの、魔物。
「この私が作ったドラゴンローストに、安価な地底蛸で勝負を挑んでくるなんて……、ルーファスさんとおっしゃいましたっけ? 身の程知らずも良いところですね」
「私はお嬢様の味付けの好みを完全に把握しています。私の地底蛸パイは完璧です」
シャルルが、何か言いたげな顔で私の制服の袖をひっぱっている。
大丈夫よシャルル。多分、私も同じ気持ちだと思う。




