地底蛸パイとドラゴンロースト 2
いつもよりもゆっくりになってしまったので、礼拝堂には行かずに授業に出ることにした。
私を真ん中にして当然のようにシャルルとコゼットが座り、歴史学の授業ではうとうとするコゼットを私はひっそりとつついて起こし、地理学の授業ではいくつかの質問に答えた。
四の月も終わり、あと数週間もすれば学期末試験が始まる。
五の月はほぼ試験で費やし、六の月には校外学習がある。
この校外学習は確か騎士や魔術師志望の方々向けのもので、王都の近くの遺跡の探索だった筈だ。
学生用に整備された遺跡なので、危険な目にあうことはまずないという。
女生徒や文官等、魔物と相対する可能性の少ない生徒は不参加でも構わない。
私も入学当初は参加する気などはなかったけれど、今は違う。
魔物討伐、というよりも食糧集めを行っているコゼットは嬉々として参加するだろうから、できれば私も一緒に行きたい。
シャルルはどうするか分からないけれど、できれば色々な経験をつんでおきたいし、ちょっとだけ楽しそうだとも思っている。
昼休憩の時間になると、コゼットは「中庭で待っていてください、食事は準備しなくて大丈夫ですー!」と元気よく言って、どこかに走っていった。
シャルルが「走るんじゃないわよ、危ないじゃない!」と大声で怒鳴っていたが、聞こえていないようだった。
私とシャルルは顔を見合わせた後、コゼットに言われたとおりに中庭へと向かう事にした。
「ねぇ、アリス。昨日は大変だったわね? 噂によれば、実技訓練場でドラゴンに襲われたとか……」
廊下を歩きながら、シャルルが言う。
「最近のアリスは噂に事欠かないわね。レオン様とコゼットと痴情のもつれから始まって、実技訓練場でドラゴンに襲われたかと思ったら、オスカー・ストライドが倒れたアリスを寮まで運んだんでしょ? さながら童話の中のお姫様を守る騎士のようだったと、あの強面のオスカー・ストライドが女生徒から憧れの眼差しを向けられてるらしいわよ」
「シャルルは、物知りですわね。私には噂を教えてくれる友人はいませんわ。シャルルとコゼットしか友人がいないというのが正しいのだけれど……」
「あのねぇ、アリス。私に噂を教えてくれる友人のような方々が多いのは理由があってね。主にこの小柄な体形のせいなんだけど。一部の女生徒、主に先輩方に、猫のように可愛がられるのよ」
「先輩たちに?」
「そう。シャルルちゃーん、おいで、お菓子があるわよ~、っていう感じでね。一応私、シャルル・フライツマール公爵令嬢なんだけど。学園では身分に貴賤ははないと、一応決められているし仕方ないわ。特に、特に二学年の先輩方は、ティグレに何かを吹き込まれてるに違いないと思うのよ。シャルルちゃん、シャルルちゃんの好きな星型のマドレーヌがあるわよ~、って会う度に呼ばれるのよ。私星型マドレーヌ好きの子供じゃないわよ。星型のマドレーヌで喜ぶのは十歳までよ」
「星形のマドレーヌなんてあるの? 見たことないわ。とても可愛いのではないかしら」
マドレーヌといえば貝の形と相場は決まっている。
時折ルーファスが作ってくれるマドレーヌも、貝の形をしている。
「今度貰ったら全部アリスにあげるわよ。全部食べたらもれなく太るわよ」
「それは遠慮しておくわ……。私、最近、自分が美味しそうなお肉なのではないかと思う事があって……」
お肉とアリスベル様。
昨日のコゼットの言葉が思い出されて、私は眉を寄せた。
間違いなくコゼットが言ったのは『お肉とアリスベル様』なのだけれど、お肉のようなアリスベル様に聞こえなくもない。
「どの辺が? もう一度言うわ、どの辺が? それはともかく、そんな先輩方や、耳が早い私のメイドが、あることないこと教えてくれるのよ。つかず離れずの位置でいつも待機してる筈なのに、私のメイドときたらやけに学園の噂に詳しいのよね」
「シャルルのメイドというのは、呼ぶとどこからともなく現れる、あの若い女性の……?」
「そうそう。私を学園に送り届けたら公爵家に帰りなさいといつも命じているのに、言う事を聞かないのよ」
シャルルは背後にちらりと視線を送った。
私もシャルルと同じ方向を見ると、廊下の向こう側にちらちらと、メイド服の女性の姿が見え隠れしている。
言葉を交わしたことはないけれど、いつもの方だと分かる。
「お名前はなんというの?」
「メイドの名前なんて気にしてどうするのよ。あんなのは、メイドそのいち、で良いわよ。私が小さくて年より若く見えるからって、あの子が一番私を子ども扱いするのよ。全く、腹が立つったら。毎日くっついてこなくても良いのに、私の周りはそんなのばかりよ。メイドそのいちといい、ティグレといい、全く面倒くさいわ」
「でも、愛されているのは良い事ではないかしら?」
シャルルの視線が向いている事に気づいたのだろう、メイドそのいち、の方は嬉しそうにシャルルに手を振っている。
とても嫌そうに視線を逸らした後、シャルルは私を低い位置から睨んだ。
低い位置から上目遣いで睨まれるというのは、シャルルには悪いけれどちょっと可愛らしい。
なんというか、胸の奥がきゅんとくる何かしらがある。
なんだかティグレ様やメイドそのいちの方の気持ちが分かる気がした。
シャルルが怒るのは目に見えているので、口が裂けても言えないけれど。
「小さくて可愛い私を可愛がるのは、猫を可愛がってるのと一緒だわ」
「そんなことはないと思いますわ。皆シャルルの性格も含めて、シャルルが好きなのです。私はシャルルが今よりもずっと背が高かったとしても、シャルルが好きですし」
「……ありがと」
シャルルは頬を染めて、小さな声でお礼を言ってくれた。
その仕草はとても可愛らしくて、ティグレ様がどんなにシャルルを怒らせてもめげないのは、こういった姿が時折みられるからかもしれない。
「私の事はともかく、アリス、あなたオスカーといつの間に親しくなったの?」
「親しいと言うほど親しいわけではないのだけど……」
「親しくもないのに、抱き上げて寮まで運ぶのかしら?」
シャルルは胡散臭そうに私を見る。
何と説明して良いのか分からず、私は視線を逸らした。
「……実はね、六の月の校外学習に、参加したいなと思っていて」
お兄様の腕輪とか、王都の外の散策とか、色々な理由はあるけれど、一番わかりやすい目標を話すことにする。
シャルルは俄かに目を見開いた。
「夏季休暇の前の? 女生徒は不参加で良かった筈だけど」
「そうなのだけど、折角学園にいるのだし、極力学習行事には参加したいなと思っていますの。だから、少しでも魔物討伐に慣れようと思って、実技訓練場の管理を任されている騎士科学科長のオスカー様に、使用許可を貰いに行きましたの。そうしたら、ドラゴンが現れて。目の前で気絶したのだから、運ぶのは……なんというか、騎士として当然、というものなのではないのかしら……」
「そうかしらね~、それだけだとは思えないわよ? アリスを運ぶオスカーは、姫を守る騎士のように愛に満ちていたという話よ。コゼットとレオン様の噂だってまだ消えてないんだから、ここにきてオスカーの存在は格好の噂の的よ。アリスを傷つけたレオン様から、颯爽とアリスを救い出した忠義の騎士。流石聖クロノス騎士団長になるオスカー様は違うわぁ、素敵~! っといった感じよ、私の聞いた噂は」
「そ、そうなの……?」
実際には、あの場にはレオン様もグレイ先生も、コゼットも居たのだけれど。
噂とは恐ろしいものだ。オスカー様を巻き込んでしまった。迷惑だと思われていないだろうか。
「そうよ。不愛想で強面で、どちらかというと怖がられてたのに、まさかだわ。オスカーよりも、騎士科副学科長のクロードの方が人気があったのよ? 庶民派で気安いからね。それが今では、ドラゴンからアリス様を守った聖騎士様だもの。女って単純だわ」
「私は、クロードさんのこともよく知りませんわ」
「アリスは私とだけ親しくしていれば良いのよ。それが、コゼットに今度はオスカーでしょ。どういうことなのよ、全く」
シャルルは憤慨したように頬を膨らませた。
「それにしても、コゼットったら昼食を準備しなくて良いっていうのは、どういうことなのかしらね」
「あぁ、それは……」
きっと、絶対にドラゴンローストだ。
あのドラゴンのお肉がどんな料理になっているのか分からないけれど、シャルルに伝えるべきかとても迷う。
魔物料理とどう向き合うべきか、まだ私も心が決まっているわけではない。
あの、ドラゴンの丸太のようなお肉は、果たして美味しいのだろうか。
ドラゴンのお肉を食べなければいけないというほど、食事に不自由はしていないのだけれど、そう思うのはコゼットに対して失礼なような気もするし、何も知らないシャルルを同席させるのも、申し訳ない気もするし。
言葉を濁して悩んでいると、いつの間にか中庭についていた。
そして、中庭にはすでに準備万端なコゼットが、両手を千切れるほどに振りながらぴょんぴょん跳ねていた。




