半獣族は耳が良い 1
爽やかな朝の日差しが窓の外から差し込んでいる。
ふかふかのベッドに埋もれて微睡んでいた私は、早朝から胃もたれするぐらいに圧の強い声によって起こされた。
『アリスちゃあああんっ、朝よおおお、おっはヨードランひかり~!』
ヨークシャテリアやヨーグルトは分かったけれど、よーどらんひかりは何なのかさっぱり分からない。
私に分かるのは、マリアンヌがとても元気という事ぐらいだ。
今日はオスカー様に会いに行くので早く寝ろと言われていたので、いつもよりも一時間は早く寝た私はすっきり爽快だけれど、それ以上にマリアンヌは艶々している。声で分かる。
朝は割と気怠げなマリアンヌなのに、やはり推しの男性に会えるというのは眠気も吹き飛ばしてしまうのだろう。
確かに私も、好きな舞台役者の方に会えるとしたらマリアンヌのように元気になると思う。
そういえば最近、演劇も見に行っていない。
折角王都に来たのだから、たまには劇場に足を運ぶのも良いかもしれない。
今度シャルルにおすすめを教えてもらおう。コゼットとシャルル、三人で見に行くのも楽しいかもしれない。
『うんうん、女子会ねぇ! って、なんでよ! 女子会も良いわよ、そりゃあオンナの友情も大切よぉ、でも命短し恋せよ乙女っていうじゃない。デートに、デートに行きなさいよぉ! デートのエスコートの仕方で男の性格も判断できるってもんよ、気軽に適当に誰でも良いから誘っていきなさいよぉ!』
「……おはようございます、マリアンヌちゃん。……目覚めたばかりで、男性とのデートの事を考えるのは私には難しいですわ……」
『低血圧ねぇ。貧血かもしれないわよ、ホウレンソウとレバー食べなさい、レバー』
「朝からレバーの話もちょっと……」
内臓料理は滋養強壮に良いのは知っているけれど、私はちょっと苦手だ。
ルーファスは料理が上手いので、レバーを使ったテリーヌなどもとても美味しく作ってくれる。
美味しいのだけれどあまり得意ではないので時々しか食べたいとは思わない。できることなら年に数回で良い。
種族的な問題なのだろうと思うけれど、半獣族の方はお肉が好きらしく、王家の晩餐会なども王妃様やレオン様たちに合わせてかお肉料理が多い。
見ているだけで胸焼けしてしまうので、王家の晩餐会で食事をするのはちょっと苦手だった。
気づかれないように振舞っていたつもりだったのだけれど、王妃様はそんな私の様子を見ていたのかもしれない。
可愛げのない婚約者だと思われたのだろうか。
そもそも嫌われていたらしいので、可愛げがないと思われても嫌いの度合いが強くなったというだけだろうから、別に良いけれど。
種族的な好みといえば、魔族の場合は菜食を好む者が多いらしい。
昨日気になってルーファスにも聞いてみたのだけれど、魔族だからといって魔物は食べないと言っていた。
地底蛸パイの話をしたら、「そんないかがわしい食べ物は知りません。お嬢様、絶対に召し上がらないでください」と釘を刺されてしまった。
とはいえ、コゼットが折角作って来てくれるというのだから食べないという選択肢は選べない。
嘘はつけないので、約束はできないと答えると「じゃあ私がより美味しい地底蛸パイをお嬢様の為に作ります」と妙な対抗心を燃やしていた。
私は別に地底蛸に拘りがあるわけではないので、ルーファスまで捕獲に向かう必要はないのだけど。
『レオンはお肉が好きなのよねぇ、地竜のテールステーキとかあげると喜ぶわよあいつ』
「……レオン様は魔物を食べるのですか?」
『そういうわけじゃないと思うけど、あたしの知ってる灰かぶりと王子様の話のコゼットは、やたらと魔物料理を作るのよ。普通の材料は使わないわね……、今思うと不思議よね。別にアリスちゃんたちの世界って、魔物料理が一般的って訳じゃないのよね?』
「魔物を食べるという話は、聞いたことがありませんわ。今度コゼットに聞いてみますわね」
『そこまで気になるわけじゃないから、別に良いわよ』
やたらと魔物料理を作るという事は、コゼットが普段料理に使っているのは地底蛸だけではないのかもしれない。
もしかしたら、学園で管理されているスライムや紫蜥蜴なども食べられるのかしら。
魔石以外で魔物からとれる素材は、武器や装飾品や日用品に加工されたり、蒐集品として高値で取引されている。
けれど世界は広いので、まだ私の知らない使用方法が沢山あるのかもしれない。
マリアンヌとお話してすっかり目が覚めた私は、部屋を出た。
既に起きていたルーファスに身支度を手伝ってもらい食事をすませる。
今日は紅茶と、野菜サラダだけにしておいた。シャルル達にお肉に例えられたのが気になる。食事を減らして運動をした方が良いのかもしれない。
マリアンヌにしきりに『それ以上痩せたら骨と皮しか残らないじゃないの。若いんだからもっと食べなさい』と言われたけれど、気になるものは気になる。
シャルルとコゼットが私よりも小柄なのもいけない。
教会でお祈りをしてから教室に向かう為、早めに寮を出た。
周りをきょろきょろと見渡したけれど、レオン様の姿は無い。
昨日はっきりと断ったつもりだったけれど、迎えにきていたらどうしようかと少し心配だった。
ほっとしながら私は教会への道を歩き始めた。
『今日のアリスちゃんも最高に可愛いわ~、ちゃんと寝たからお肌も艶々ね。偉いわよ~、天気も良いし、オスカー様に会うには絶好の日だわ~!』
「放課後が待ち遠しいですね、お礼や挨拶以外で誰かに会いに行くのははじめてなので、少し緊張しますわ」
『良い緊張感よ~! 放課後のオスカー様は剣の訓練してるかもしれないわ、最高じゃない~!』
「オスカー様に、ご迷惑じゃないでしょうか……」
『あんたみたいな可愛い子が傍に来て嫌がる男なんていないわよ! その心配は無駄なやーつだから、しなくて良いわよ』
そうかしら。
それにしても、レオン様がいなくて本当に良かった。
レオン様がいたら、マリアンヌと話ができないところだった。
『そうねぇ、拒否されて諦めるとか根性ないわね。ティグレ様の執念深さを見習って欲しいわって、ん?』
不意にマリアンヌがいつもよりも低い声で言う。
『……アリスぅ、安心してるところ、悪いんだけど』
「マリアンヌちゃん?」
『……いるわよ』
「ど、どこにです?」
『あんたの背後よ。振り向いてごらんなさい。着かず離れずの位置で、歩いてるわよ』
まさかと思い、私は振り向いた。
道の両脇に植えられた木々がさわさわと揺れているのが見えるだけで、誰もいない。
「……心臓に悪い冗談を言わないでくださいまし」
『いるわよ。ちょっと戻って、そこの揺れてる木を見上げてごらんなさい』
あまり見上げたくはない気がした。
誰もいない朝の教会への道で、揺れる立木を見上げるのはなんとなく恐怖感がある。
気づかなかったことにして教会に向かおうと思ったけれど、それはそれで落ち着かない。
仕方なく私はマリアンヌに言われた通り、数歩戻って風に揺れる大きな木を下から見上げた。
そこには、木の上に登って隠れているレオン様が居た。
ばっちり目があってしまった。
どうしよう。
『何してるのかしらね……』
本当に、何をしてるんだろう。
「レオン様、あの……、おはようございます」
目が合ってしまったので、もう挨拶するしかない。
レオン様はなんとも居心地が悪そうに視線をそらしたあと、高い木の上から軽快に降りてきた。
半獣族の特徴としては、獣に変化できることと、高い身体能力がある。
レオン様は半獣と人族の間に産まれているけれど、半獣族の血が濃いのかもしれない。
木の上から軽々と飛び降りて軽やかに着地する様は、猫科の動物を想起させた。
「……木の上に、カブト虫が」
「そうですの。レオン様は虫がお好きでしたのね」
良かった、木の上にいたのにはちゃんと理由があったようだ。
私は安堵して、虫が好きな少年を前にしたような気持ちになって微笑んだ。
『そんなわけないじゃない。十八歳の第一王子が朝からカブト虫探してたって思われる方が恥ずかしくないかしら。どんな誤魔化し方よ』
「あ、アリスベル、おはよう。き、奇遇だな! 今から教会に行くのか?」
『力技で誤魔化しに来たわよ! 俺様と思いきや素直でわりと純粋で子供っぽいのよね、レオンは。憎めない男なのよ~、あたしは許してないけどね!』
悪い人ではないし、悪意もない方だとはなんとなくわかった。
いつから背後を歩いていたのだろう。カブト虫を探していたら、たまたま私が通りかかってしまったのだろうか。
『だから、それは嘘よ。あんたにみつかりそうになって、木に登っただけよ。半獣族は素早いわね』
「私は、教会にいきますわ。お邪魔して申し訳ありません。レオン様、どうぞゆっくりカブト虫を探してくださいまし」
「いや、それはもう良いんだ」
「そうですの……、それでは、ごきげんよう」
「待て、せっかくだから俺も教会に行く。たまには、朝の礼拝をしないといけないと、思っていたところだ」
レオン様が木の上にいたせいか、乱れてしまっている髪をかきあげながら言った。
銀色の髪が陽光を受けて輝いている。
造形だけは綺麗な方だなと感心する。木に登っていたのを差し引いても、顔が良い。
『カブト虫探してたとか言ってた癖に格好つけてるんじゃないわよ』
マリアンヌが呆れたように言った。
それもそうよね。
私は思わず笑いそうになってしまった。




