オスカー・ストライドはマリアンヌちゃんの推しメン 2
『アリスちゃんを追いかけてきてくれたのねぇっ、なんて、なああんて優しいのおっ、う、うぇ、おぇっ』
大変だ、マリアンヌが興奮のあまりむせこんでいる。
喉に何かを詰まらせたのではないと良いのだけれど。
『今は何にも食べてないわよ、これは天使の吐息よ』
それにしては、かなり激しく嘔吐いていたわよ。
いけない。
ついマリアンヌに気を取られてしまった。
オスカー様と会話をしていたのに、マリアンヌのことが気になって黙り込んでしまった。
「……ご迷惑でしたか。立場を弁えず、差し出がましいことをしてしまいました」
オスカー様が、頭を下げている。
ちょっとだけ黙ってしまったので、あらぬ誤解をさせてしまったようだ。
申し訳ない。
今の私にとっては、心配してくれる方の存在はとてつもなく貴重で、嬉しかったのに。
ここはきちんと伝えなければいけないわよね。
でも、レオン様以外の方と親しく話して良いのかしら。
そんなはしたないこと、我が主クロノス様は許してくださるのかしら。
『あんたの主の、この世界の神のクロノス様があたしをあんたに遣わしたのよ、良いに決まってんじゃないの』
そうだった、そういえば、そうだったわね。
マリアンヌが良いということは、クロノス様のお墨付きということでもある
つまり私は、堂々と、胸を張ってオスカー様と会話を交わして良いのよね。
「いえ、迷惑などではなくて……、ありがとうございます。心配してくださる方がいるなんて、思っていませんでした。……レオン様に責められていたのは私で、レオン様の言葉を聞けば皆私に非があると、思うだろうと考えていたものですから」
「全て聞き取れたという訳ではありませんが、あの状況ではどちらに非があるかどうかまでは判断できません。……ただ、レミニス様があまりにも辛そうで、見ていられなかった。一人きりにしてはいけないと、感じました」
「オスカー様……」
「……何があったのか、お聞きしても? レオン殿下の噂は知っていますが、あくまでも噂は、噂でしかありませんから」
「あの、……ありがとうございます。聞いてくださるのですか?」
「私で良ければ」
「でも、午後の授業が……、私は午後はこのまま礼拝堂で過ごそうと思って、ここにきました。だから私は良いのですけれど、オスカー様まで、無断で授業に出ないということになってしまいますわ」
生真面目そうなオスカー様のこと、授業を無断で欠席するなどあり得ないのではないかと思う。
私が心配になってそう尋ねると、オスカー様は先ほどよりも柔らかい笑みを浮かべた。
『みぎゃあああああっ!』
それと同時に猫の尻尾を踏んでしまったような声も聞こえた。
私がオスカー様の笑顔にときめく前にマリアンヌが叫ぶので、おちおちときめいてもいられない。
『普段笑わないのよオスカー様はっ、笑顔のスチルだって終盤に一枚しかなかったわよおおっ、でかしたわ、アリスベル!』
私は特に何もしていないのだけど、マリアンヌが喜んでくれているようで嬉しい。
「午後の授業とレミニス様、比べる必要もありません」
「私に優しくしてくださるのは、レオン様の婚約者だから、ですの?」
何を聞いているのかしら、私は。
そんなこと、当たり前なのに。
――言わなければ良かった。
オスカー様を困らせるだけよね。
「私はストライド家に生まれました。王家と、それに連なる方々を守護し、この国を守るのが仕事です。剣とは守るためにあるものですから」
案の定オスカー様は、私の質問を肯定した。
当たり前のことだ。私はレオン様の婚約者で、オスカー様の守護すべき対象なのだから。
一体何を、期待していたのだろう。
レオン様に立場やしがらみも関係なく守られているコゼットが、羨ましかったのかしら。
――あまりにも、女々しい。
自分が嫌になってしまう。
『ちょっとお、折角盛り上がってるとこなのに何落ち込んでんのよ。アリスちゃんは女々しくなんてないわよ、素敵な男性に守られたい~、特別扱いされたい~って思うのは、オンナとしてあったりまえのことじゃない。オスカー様なのよ、相手はオスカー様なのよ、期待しちゃうわよ、あたしだって期待しちゃうわよそんなの。その筋肉質な太い腕で抱きしめられた~いって思うじゃない。だからそんなことで自虐するのはやめなさい、自虐ブスよ~!』
「だ、抱きしめ……っ」
そんな、そんなふしだらなこと、望んだらいけない。
考えるのだって罪深いのに。
思わず私はオスカー様の腕に視線を向けた。
確かに太くて、抱きしめられたらとても力強そう――ではなくて。
なんて恥ずかしいことを考えてしまったの私。顔が熱い。恥ずかしい。
午後の授業を無断欠席して礼拝堂で抱き合うなんて、罪深い、罪深過ぎる。
『いやあああん、良いわああっ、婚約者に酷いこと言われて落ち込むアリスちゃんを、誰もいない礼拝堂で抱きしめるオスカー様とか、何それ、良すぎるじゃない、乙女ゲーマー心がギンギンに揺さぶられるわよぉ』
だ、だから駄目だってば。
考えたらいけないって、自分を戒めたばかりなのに、マリアンヌの言葉が具体的すぎてどうしようもなく恥ずかしく、オスカー様の顔を見ることができない。
「わ、私……、余計なことを言ってしまいましたわ。今のは忘れてください……」
婚約者だから心配してくれるの――なんて尋ねてしまったことを恥ずかしがっていると思ってほしい。
そうじゃなければ私は、ただ会話をしているだけなのに突然恥ずかしがって顔を赤くしはじめる、とてつもなく変な女ということになってしまう。
「……レミニス様」
「アリスベルで、構いませんわ。家名で呼ばれるのは落ち着きませんの。オスカー様が、嫌じゃなければですけれど……」
私は無理やり話題を変えることにした。
レミニス様と呼ばれる度に、お父様やお兄様の顔が頭に浮かんで仕方ないので、できれば呼び方を変えてほしいというのは本音だ。
お父様はレミニス侯爵と呼ばれているし、お兄様も次期侯爵だからということもあってか、ソルト様と呼ばれるよりはレミニス様と呼ばれる機会の方が多いのよね。
私は家名を継がないので、できれば家名ではなく個人の名前で呼んで欲しい。
「いえ、しかし……、それはあまりにも、不敬かと」
「私はまだ王妃ではありませんし、私もオスカー様と呼んでしまっていますわ。だから、不公平ではないかしら」
「……わかりました。アリスベル様」
私は嬉しくなって、微笑んだ。
『いいわ、いいわぁ……っ』と、マリアンヌが泣いている。
あまり気を取られないようにしなければ。
今は私は困っていないので、マリアンヌに助けを求めるよりオスカー様ときちんと話をした方が良いだろう。
「オスカー様……、レオン様がコゼットさんに好意を抱いているという噂は、本当なのです」
「英雄色を好むと言いますが、レオン殿下にもそうった悪癖があるということでしょうか」
「いえ、私が好かれる努力をしていなかったのが、原因だと思いますわ」
先程のレオン様は、婚約者になって長いはずの私の言葉をまるで信じてくれなかった。
これはきっと、時間はあったのに歩み寄ろうとしなかった私に原因があるのだと思う。
レオン様ともっと話し合うべきだったのかもしれない。
でも、今更どうにもできない。
「それで……、レオン様は裏庭でコゼットさんと逢引をしていましたの。今日は、その噂に怒ったご令嬢の方々が、コゼットさんを叱り付けていたのです」
実際には叱りつけるというような優しいものでもなかったのだけれど。
オスカー様は一度深く頷いた。
「オスカー様も私が嘘を言っていると思うかもしれませんけれど、……私、コゼットさんを助けようとしたのです。でも、レオン様には私が主導して、コゼットさんを皆で攻撃していたと思われてしまって」
「レオン殿下は、直情的なところがありますからね」
「私、コゼットさんに何かするつもりも、何かいうつもりもありませんでしたのよ。でも、……言い訳に聞こえますわね」
私は肩を落とした。
先程の状況を説明してみたけれど、どう足掻いても私が嫉妬のあまりコゼットをいじめていたという方がしっくりきてしまう。
「……私は、アリスベル様を信じますよ」
オスカー様はさして悩んだ様子もなく、当然のようにそう言った。
私は驚いてしまって、しばらくまじまじとオスカー様の顔を見上げていた。




