プロローグ1
運命論。
世の中の出来事はすべて、あらかじめそうなるように定められていて、人間の努力ではそれを変更できない、とする考え方。
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その日、レーテは「なんとなく」気分で王都を歩いていた。
いつものように真っ黒でぶかぶかなフードローブのフードを深くかぶって、お出かけ用の認識阻害の魔術まで使ってただ、王都の街並みを歩いていたのだ。
普段はこんなことをしない。たまたま、急にそうしたくなったのである。
季節はもうあとすこししたら外套がいるくらいに冷えるだろう、そんな日だった。
道行く女や男、子供たちは皆長袖で、それでも風が吹くと寒いのか震えている。
そうして、気分の赴くままに王都を歩き、そろそろ自身の工房へ戻ろうとした時だった。
「お待ちください!」
レーテを、「認識できない」はずの誰か、若い女の声が呼び止めた。
「なんだい、今僕は――」
面倒臭そうな顔を隠しもせずに止まって振り返ったレーテは、驚きの光景に言葉を止める。
レーテを呼び止めたのは、若い女……いやまだ少女か。だがレーテが驚いたのはそこではない。
その少女の身分であった。
誤魔化そうとしているのか商人の娘のような恰好をしているが、少女の持つ雰囲気と立ち振る舞いが、明らかに平民のものではなかったのだ。おそらく、相当高位の貴族の娘だろう。
彼女の周りについている二人の護衛も、中々腕がたつようにみえる。
それらを一瞬で見抜き思考したレーテは、周囲を見回してから溜息をついた。
「……。仕方が無い。ちょっとその子を借りていくよ。」
そう言って両手を一回打ち鳴らした瞬間。
少女の護衛が何かを言う前に、レーテと少女は二人そろって姿を消したのである。
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ソフィア・フォン・キュアエイデスは自身の身に起こったことが信じられなかった。
何せ、本で見たばかりだった。
――この世界に存在する、数少ない魔法使いの一人である存在。
――「黒/白の魔法使い」レーティアス・ニウェウス・アーテルその人を。
奇跡だと思った。
自身の身に起きた、最初で最後の奇跡だと。
この時を逃せば、もうこの人には会えない。
その感覚を信じた彼女は、無我夢中でレーティアスに話しかけたのである。
そうして、ソフィアの目の前には、今レーティアスその人がいる。
腕をむんずと掴まれて飛んだ先は、おそらくレーティアスの工房か。アンティークの調度品がおかれた品の良い部屋の椅子に座らされ、ソフィアは一人レーティアスを待っていた。
そうしてレーティアスを待つ事10分少々。
「……おまたせ。――疲れてるだろう?ちょっとした魔法のジュースとあと、あったかい野菜のスープとパン」
レーティアスがお盆にパンが入っているだろうバスケットと湯気を立てたスープカップ、銀色の液体の入ったコップを載せてソフィアの前のテーブルにやってきた。
慣れない王都の街を歩いたせいか疲れていたソフィアにはありがたい、あたたかな食事だった。
「リラックスしてからの方が話しやすいからね。……さぁ食べるといい。人間に食事を振舞うのなんて何十年ぶりだが、まずい事は無いと思うよ」
ソフィアを見て、面白そうにレーティアスは笑った。