4-19 迷い
ジュビエーヌ達は、唯一営業しているカフェでお茶を飲んでいた。
娼館の一室でこれからどうなるのかと不安な気持ちで待っていたが、部屋に入って来た狐獣人の女の子から「敵が逃げたから自由にしていいわよ」と言われたので、娼館の外に出てみたのだ。
この町に連れて来られた時はそのまま娼館の正面で気を失ってしまったので、せっかくだから町中を散策してみることにしたのだ。
町中では獣人を多く見かけたが人間も居て見た感じ互いを無視しているようだが、それはお互い干渉しないと言った感じだった。
そして人々の笑い声が聞えたのでその場所に行ってみると、そこは営業しているカフェだったのだ。
店長は人間の女性でお茶と菓子を出してくれた。
店長の話では、ここで提供している茶葉はドーマー辺境伯が手配した高級品とのことで美味しかった。
そして菓子はとても甘かった。
なんでもユニスさんが甘味大根を栽培していて、甘味の供給が豊富なのだそうだ。
甘味大根の栽培には大量の魔素水が必要なようで、それだけ聞くととても高価な代物と思えた。
そもそも魔素水は魔法使いが水に魔力を込めて作るため、とても手間と費用がかかると教わっていたからだ。
噂では天然の魔素水もあるらしいが、残念ながら国内にそんな場所は無かった。
ジュビエーヌは久しぶりにゆったりした気分を満喫していた。
ああ、このままこの町で暮らせたらどんなにか気ままでいいだろうと考えていたら、外の様子を見に行っていたハッカルが戻って来た。
そしてテーブルの上に2枚の紙を広げると、それは私とクレメントの手配書だった。
手配書の私は目と口角が吊り上がり、顎を突き出して絵を見た者を見下しているので、どう見ても極悪人に見えた。
それを見て明るい気分が一気に暗くなった。
この町で私を捕まえようとする者は居ないが、外に出たら賞金目当てで狙われるだろう。
アドゥーグを脱出した時エルメリンダに言われたのは落ち延びる事だけで、その後の事は何も言われていない。
それは、その後の事は自分で考えろという事なのだろう。
ユニスは先程の大魔法で既に消滅してしまっている。
この地も何時までも安全とは言えないのだ。
「姉さま、ユニス殿に協力してもらい一刻も早く国を取り戻しましょう」
弟は先程の魔法でユニスが消滅した事を知らないのだ。
そして国を取り戻したいと思っている。
でもどうやって国を取り戻すというの?
私にそんな力は無いのに。
「考えさせて」
「姉さま?」
ジュビエーヌは一人になりたくて立ち上がると、そのまま何も言わずにカフェを出ていった。
+++++
俺はジュビエーヌを探していた。
今回この国が大変な事態に発展したのは、俺が王墓の棺の中に骨を入れたのが原因だ。
そのせいであおいちゃんの孫達が家を追われてしまったのだから、しっかりあの2人を家に送り届けて、元の生活が出来るようにしなければならないのだ。
町の中を捜索していると、すれ違う人達から挨拶を受けた。
人々は先程の戦闘の事も知っているはずだが、こちらを化け物として恐れるよりも自分達の食料に気を配ってくれる親切な亜人とでも思ってくれているようだ。
そして目的の女性を見つけた。
ジュビエーヌは一人で中央広場の芝生の上に腰を下ろして、日向ぼっこでもしているのだろう。
俺が近づいて行くと目を見開き、何か信じられないといった顔でこちらを見ていた。
その理由が何か分からなかったが、驚かさないように手を振り友好をアピールしながら近づくとその隣に腰を下ろした。
「公女殿下、何か驚くような事がありましたか?」
「・・・」
「話すだけでも気が楽になると思いますよ」
「・・・・」
これは重傷だ。
まあ、暫く滞在していれば少しは気が楽になるかもしれないな。
「・・・・ユニスさん?」
「はい、どうしたんです? まるで信じられない者でも見たような顔をしていますよ」
「ええ、幽霊を見ているのです」
「幽霊?」
俺は自分の後ろに背後霊でも居るのかと振り向いたが、当然そんな者を見る事は出来なかった。
「ユニスさんは赤色魔法を撃って消滅したのではないのですか?」
「え、何で消滅するのですか?」
「では、本物なのですか?」
「ええ、触ってみれば分かると思いますよ」
俺がそう言うと、恐る恐るといった感じでジュビエーヌが俺に触れてきた。
そしてそこに実体があることに驚いていたが、暫くしてようやく納得したようだ。
「驚きました。赤色魔法を撃つとその反動で消滅すると思っていたので」
どうやらあおいちゃんが、おかしな事を孫娘に吹き込んでいたようだ。
ようやくそれが嘘だと分かった少女は安心していた。
「ユニスさんはどうしてこの町を占拠しているのですか?」
「う~ん、成り行き、でしょうか?」
「え?」
そこでこれまでの経緯を話したのだ。
するとジュビエーヌは俺の話に目を輝かせたが、次に自分が呪いのため守りたいものを何一つ守れないと暗い顔になっていた。
「ユニスさんは凄いのね。私は、魔法もダメで剣も使えないの。これでは国を取り戻すことはおろか、自分の身を守る事も出来ません」
う~ん、王族なんて周りのみんなを指揮するのが仕事で、剣を振るうとか魔法を放つのって部下の仕事なんじゃないのか?
だが、このままだと家に帰ると言ってくれないかもしれない。
どうしたものかと考えていると、自分の手がテクニカルショーツの膨らみに触れた。
「あ、そうだ。これを」
そう言うとテクニカルショーツの中からスリングショットを取り出して、2人の間の芝生の上に置いた。
それから4色の弾を取り出すとそれも芝生の上に置いた。
ジュビエーヌは俺が置いたものが理解出来なかったようで、不思議そうな顔で尋ねてきた。
「これは?」
「これはスリングショットという物で弾を遠くまで飛ばす装置です。弾は4種類あって赤は爆発、白は目潰し、茶色は目くらまし、そして緑は刺激のある煙を発生させて戦闘不能に追い込むのです」
俺がスリングショットの説明をすると公女様はとても興味を示したようだが、それでもなんだか浮かない顔をしていた。
「私は呪いで魔法を使うと全て自分に返ってきてしまうの。これも使えるのかどうか分からない」
そういって俯いてしまったので、これは実験をした方がいいだろうと思い、外で実射してみる事を提案した。
ジュビエーヌはあまり乗り気ではなさそうだったが、ここは勢いで連れて行く事にした。
城壁の外まで飛行魔法で飛ぶと、赤色魔法の爪痕で黒くなった地面に着地した。
ジュビエーヌはその痕跡を見て目を丸くしていたが、直ぐに空間障壁の魔法でジュビエーヌを包み込んだ。
これなら仮に魔法の反動があったとしても身を守れるだろう。
「公女殿下の周りに空間障壁を展開しました。これで怪我をすることも無いと思いますよ」
俺はそう言ってスリングショットと一番危険性が無い茶色の弾を渡した。
ジュビエーヌは少しためらっていたが、やがてそれらを手に取ると俺が撃つための簡単な手ほどきをすると、そのまま茶色の弾を引き絞って発射した。
茶色の弾はそのまま飛翔し、着地するとその場で白い煙を上げた。
「どうやら成功ですね。これは煙幕を発生させる弾で、スモークと言います」
俺はどうやら危険が無いようなので、今度は白の弾を渡した。
「これはスタン。白い閃光を発して相手の目を一時的に見えなくしますので、光を直接見ないように注意してください」
俺がそう言うとジュビエーヌは頷いてから弾を受け取ると、そのまま発射した。
今度は先程より慣れたのか先程よりも遠方に着弾すると、眩しい閃光を発した。
「なかなか筋がよろしいです。では次は爆発する弾を撃ってみましょう」
そう言って赤の弾をジュビエーヌに渡した。
ジュビエーヌは爆発という言葉を聞いて躊躇っていたが、空間障壁があるから大丈夫と太鼓判を押すとようやくその気になってくれたようだ。
赤い弾は先程と同じ場所に着弾すると爆発したが、ジュビエーヌに被害をもたらすことはなかった。
「どうです、これなら公女殿下にも扱えると思いますよ」
「これを私に?」
「はい、護身用にどうぞ」
「ありがとう。それに私の事はジュビエーヌでいいわよ」
「分かりました。それなら私の事もユニスで」
そう言って初めて笑顔を見せてくれた。
評価ありがとうございます。




