4-15 魔法演舞
俺とジゼルは、娼館の一室であおいちゃんの孫達と会っていた。
あおいちゃんとの打ち合わせの後、孫娘を探すための捜索隊を編成しようと部屋を出ると、そこにジゼルが待っていて町の外から客が来たと知らせてくれたのだ。
誰だろうと会ってみたら、探そうとしていた2人だったので驚いた。
2人とも一目で姉弟と分かる顔立ちをしていて、同じように両手を合わせて指を回している姿もそっくりだった。
「私はユニス・アイ・ガーネットと言います。やっと見つけられて本当に良かったです」
俺がそう言うと姉の方は期待を込めた瞳で見つめ返してきたが、弟の方はこちらに敵意を向けていた。
「お前は、姉さまを敵に差し出すつもりか?」
弟君がそう言うと、後ろに立っている2人の護衛役もそれに合わせて身構えた。
まあ、普通に考えてこちらが圧倒的に不利な状況だから、相手の脅しに屈して引き渡すと思うよね。
ここは先に誤解を解いておこう。
「貴方達を敵に差し出すつもりはありません。むしろ戦闘中は安全な場所に隠れていて欲しいと思っています」
「そんな事を言って俺達を信用させて、牢にでも入れる気か?」
困ったな。
全く信用されていないぞ。
すると、それまで黙ってやり取りを聞いていた公女が口を開いた。
「ユニスさんは、私達を助けてくれるのですか?」
「ね、姉さま、信じてはいけません。こんなあ・・・」
亜人と言いたかったんだね。
まあ、人間でも無い者が、人間達のいざこざに巻き込まれるのは迷惑だと思うのは当然か。
だけど俺のせいでこうなっているので仕方がないだ。
「大丈夫です。ちゃんとお守りします」
「どうやって守るというんだ。敵は10万なんだぞ」
さて、何処まで話していいものかと悩んでいると、公女は相変わらず俺の方に期待を込めた瞳を向けていた。
「クレメント、ユニスさんには秘策があるようですよ。ここは頼りましょう」
「ね、姉さま・・・分かりました。」
弟君は不満そうな顔をしているが、姉の決定には従うようだ。
南門の前に広がる平原には、鎧に装着したマントやネッカチーフを赤色に統一した軍と青色に統一した軍とが綺麗に整列していた。
赤色の軍隊は先程見た杖を交差させた上に聖杯を描いた旗がはためいており、青色の軍隊は青色の蝶が描かれていた。
その青色を基調とした軍の後ろには、バリスタを大きくしたような装置が何台も並んでいた。
敵の軍隊と城壁の間にはカルトロップを敷き詰めた危険地帯が横たわっているので、魔法を発動するまでの時間稼ぎになってくれるだろう。
すると赤色の軍隊の方から騎馬が1騎走ってくると、こちらに向けて声を張り上げた。
「2時間待ってやるからジュビエーヌ公女を差し出せ、さもないと総攻撃をするぞ」
そう言って帰って行くと、今度は青色の軍隊から騎馬がやって来て同じように声を張り上げた。
「そこの雌エルフ、大人しく降参しろ。さもないと2時間後に総攻撃するぞ」
えーと、赤色がジュビエーヌ公女で青色は俺が目当てなのか。
俺何かしたかな?
城壁で敵の使者とのやり取りを終え娼館に戻ってくると、そこにはジゼルとあおいちゃんが待っていた。
「それで、どうだったの? お姉ちゃん」
ジゼルの魔眼でバレているかもしれないのに、あおいちゃんがまだ双子の妹という設定を続けている事に、思わず笑いそうになるのを必死に抑えた。
「2時間後に総攻撃、それが嫌なら私と公女殿下を差し出せってさ」
「それで敵の数はどのくらいなの?」
「誇張じゃなく、ちゃんと10万居るみたいね」
それを聞いたジゼルが椅子から立ち上がると、俺の服の裾を掴んだ。
その顔は真っ青だった。
「ユニス、今すぐ逃げましょう」
「大丈夫だよ、ちゃんと策もあるしね」
「本当に?」
「ええ、今回も全く問題無いわよ」
そう言ってジゼルを安心させると、俺はあおいちゃんに親指を立ててサムズアップした。
そのポーズにジゼルはきょとんとした顔をしたが、あおいちゃんはジト目を返してきた。
俺は背中に汗をかいていたが、見なかったことにした。
あおいちゃんが部屋を出て行くと、ジゼルがまた不満そうな顔をしていた。
「ユニスはアオイといると、2人にしか分からない身体言語を使う」
ああ、そうか。
確かについついうれしくて、日本人にしか分からないボディランゲージをしているな。
これはちょっと反省しなければ。
約束の時間になると、俺とあおいちゃんは南門の城壁の上に立った。
その姿は外の軍隊からも良く見えるので、直ぐに赤と青の陣から騎馬が走ってきた。
「公女を差し出す気になったか?」
「降伏する気になったか?」
騎馬に乗った兵士は勝ち誇った顔でこちらを見ているが、それに対する俺の答えは決まっている。
周りに聞こえるように手製のメガホンを手に取ると、返事をした。
「お断りよ。貴方達こそ、この場から早々に立ち去りなさい。さもないと誰一人この地から帰れなくなりますよ」
俺の返答を聞いて呆れかえっている騎士の顔を見るのは、とても愉快だった。
だが、直ぐに怒りに燃えた顔になると、次々に捨て台詞を放って戻っていった。
「後悔させてやるぞ、このくそエルフめ」
「我が軍の恐ろしさをたっぷり味合わせてやる」
やれやれ、ありきたりな捨て台詞は何処でも同じなんだな。
俺の返答を聞いた伝令が陣に戻り、それぞれの指揮官に報告している姿を確かめてから、俺はあおいちゃんに頷いて見せた。
するとジュビエーヌ公女に化けたあおいちゃんも、おかしそうに笑みを浮かべながら頷き返してきた。
あおいちゃんの衣装はいつの間にか赤色の祭服に変わっており、服の裾と袖の先それとフードの縁は金色の刺繍が施されていた。
その血のように赤い祭服は、これから起こる惨劇を暗示しているかのようだった。
そして一歩前に出ると懐から彫刻を施した木彫りの獅子を取り出し、それを両手で持ち上げると、まるで天空に祈りを捧げるようなポーズで上空に突き出した。
やがて目に見えるほど濃い魔素が周囲から吸い寄せられ、あおいちゃんの体の中に吸収されていった。
その光景は、煙が広がる映像を逆再生しているかのようだった。
あおいちゃんの体が一回り大きくなったような錯覚を覚えると、両手で掲げた木彫りが輝き出し、上空に向けて光の柱が聳え立った。
それはまるで光の龍が天に昇って行くようだった。
上空に上った魔素の束は周囲にあった雲を吹き飛ばし、晴天の空にうっすらと赤い魔法陣を描いていった。
魔法陣の大きさは、パルラに押し寄せた10万の軍勢をすっぽりと覆い隠す程大きなものだった。
その魔法陣は、あおいちゃんからの魔力の供給を受けまっさらな台座にパズルのピースが埋まるように、徐々に魔法陣の形が完成していった。
そしてそれに伴い薄く不明瞭だった赤色も、徐々に鮮やかな色に変わっていった。
「ほう、これが魔法演舞というやつか」
上空の魔法陣が少しずつ完成していく様を視界の隅で見ながら、敵陣にこれを阻止する動きがないかと目を凝らした。
敵陣でも突然上空に現れた赤色の魔法陣を見て明らかに動揺が広がっていて、それを中級指揮官達が身振りや大声で何とか抑え込もうとしていた。
そして魔法の発動を邪魔しようとする動きが現れた。
青色の軍からは、後ろに配置されたバリスタの大型版に多くの兵士が群がり発射の準備を始めていた。
そして赤色の軍隊からは、百騎程の騎士が上空に舞い上がり一気にこちらに向けて飛んでくる姿が見えた。
さて、今度は俺の番だな。
連中は赤色魔法陣が完成する前に魔法発動を妨害出来ると思っているだろうが、それが間違いだと気付かせてやるぜ。
そして俺はあおいちゃんの周りに空間障壁の魔法を展開すると、数の暴力でこちらを見下してくる連中に恐怖と絶望を味合わせてやるため気合を入れ直した。
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