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最悪の魔女と誤解された男  作者: サンショウオ
第4章 ロヴァル騒動
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4-12 公都脱出


 その日、公城アドゥーグは上を下への大騒ぎになっていた。


 陛下が大勢を率いて出撃して行った後、閑散としていた公城の中は、突然の大騒ぎに誰もが部屋を飛び出して何事が起こったのかと情報を求めて駆け回っていた。


 そんな中、ジュビエーヌが居る部屋では周りの騒ぎを聞きつけた侍女長のエルメリンダが直ぐに侍女に命じて様子を探らせていた。


 そして戻って来た侍女からの報告を受けるエルメリンダの顔がみるみるうちに厳しい物に変わっていくと、聞かなくても状況が悪いのは直ぐに分かった。


「ジュビエーヌ様、ドーマー辺境伯が裏切ったようです。既にエリアルの大半が制圧されました。この城を落とされるのも時間の問題です。ジュビエーヌ様は、クレメント様を連れて出来るだけ早くこの場から逃げて頂きます」

「でも、何処に?」

「ティリンに行くのは難しいでしょう。フェルダに落ち延びて下さい。城の外にハッカルとツィツィと言う名の案内人が居ますので、頼ってください」


 ティリンは国の南西側にあるオルランディ公爵領の領都だが、アイテール軍が南側から侵攻してきている状況では、そちらに向かうのは自殺行為だろう。


フェルダは西の国境にあるシュレンドルフ侯爵の領都で、今は確かルフラント軍に攻められているという話ではなかったか?


「エルメリンダはどうするの?」

「私達はここで時間を稼ぎます」


 そう言ったエルメリンダの瞳には、悲しい覚悟が秘められていた。


 そこに弟のクレメントが連れて来られると、私達は有無を言わさず平民の服に着替えさせられた。


ジュビエーヌは御祖母様の死から展開が早すぎて気持ちの整理が出来ていないのに、唯一安心出来るこの部屋からも追い出されようとしている事に心が折れそうだった。


今も床にへたりこんで大声で泣きたかった。


どうしてこんな事になったの?


何故、私がこんな目に遭わなければならないの?


そんな私に、弟が声を掛けてきた。


「僕が姉さまを守る」


 ジュビエーヌは自分よりも幼い弟の方が不安で堪らないはずなのに、私の事を気遣ってくることが嬉しかった。


そして自分がもっとしっかりしないといけないと、気持ちを切り替えた。


「そうね。私の可愛い騎士さんに、これ以上心配は掛けられないわね」


 私の覚悟が決まったと見て取ったエルメリンダは、これからの事を話してくれた。


 それによると秘密階段で公城から抜け出し、そこで待っているハッカルとツィツィという名の案内人と合流してエリアルから脱出するというものだった。


 準備が整った所で、突然通路側が騒がしくなると男の声が聞えてきた。


「おい、ここが公女の部屋だ。早くぶち破れ」


そして重い一撃が扉に加えられると、部屋の中に大きな振動と共に破壊された扉の一部が部屋の中に飛び散った。


 その音と衝撃に部屋に居たメイド達が悲鳴を上げると、私達はマーラに手を掴まれ奥の部屋に連れて行かれた。


 そして奥の部屋のクローゼットを開けると掛けられている衣装を押しのけ、その先の壁の細工を動かした。


 するとそこには暗い空間が現れた。


「ジュビエーヌ様、クレメント様、ここから城の外に出られます。後は外で待っている案内人の指示に従ってください」


 そう言うと私の背中を押して、そのぽっかりと開いた空間に押し込んだ。


「気を付けてください。直ぐに下り階段になっておりますよ」

「御二人とも無事生き延びて下さいませ」

「貴女達も無事でいてね」


 私がそう言うと寂しそうに微笑む2人の顔を見て、二度と会えないような気がして目頭が熱くなってきた。


 閉じられた壁の向う側からは男達の怒声が聞えてきたが、今はエルメリンダ達が命がけで逃がしてくれた事に感謝しながら先を進むことしか出来なかった。


 暗くて良く見えない階段を踏み外さないように壁に手を当てて慎重に下りて行くと、やがて目の前に扉があるようで四角く明かりが漏れていた。


階段を下りて扉の前まで来ると、いきなり扉を開ける事はせず扉に耳を押し当てた。


 この扉の向う側に誰が居るかによって、自分達の運命が決まってしまうのだ。


 耳を澄ませて男達の怒声や武器、防具が擦れる危険な音が聞こえてこないかと聞き耳を立てたが、そのような音は聞こえてこなかった。


私は一つ唾を飲み込むと、覚悟を決めて扉を開けた。


 ひんやりとした外気が頬を撫でると、そこは既に日が落ちて夜になっていた。


そしてこちらを見つめる4つの瞳があった。


 ジュビエーヌは思わずその場で飛び上がりそうになったが、何とか意思の力で踏み留まった。


ここで自分の人生が終わりを迎える事になっても、公女としての矜持だけは守りたかったのだ。


 すると先ほどの瞳が近づいて来て、それは徐々に獣人と呼ばれる種族の顔になっていった。


その顔から、野太くぶっきらぼうな声が聞えてきた。


「お前さんがジュビエーヌ公女殿下か?」

「ちょっと、ハッカル、先に名乗らないと駄目でしょう。初めまして私はツィツィ、そしてこの粗野なのがハッカルです」


 そう言ったのは兎耳の女性の獣人で、狼の耳を持つ男の獣人がハッカルのようだ。


 そしてその名はエルメリンダが言っていた案内人の名前だったので、内心ほっとしていた。


「ええ、私はジュビエーヌです。そしてこっちが弟のクレメントです。ここから先は貴方達を頼るように言われたのですが」

「ああ、俺達はバンテ流通会社の社員だ。バンテ社長から、公女殿下をフェルダまで送り届けるように言われている」


 そう言うと、直ぐに行ってしまいそうになる獣人を呼び止めた。


「ちょっと待ってください。既にエリアルは反乱者共に制圧されていると聞きましたよ。どうやって脱出するのですか?」

「ああ、それなら大丈夫だ」


 そう言って何も説明してくれない狼獣人の頭を突然兎獣人が殴ると、こちらに頭を下げてきた。


「ちょっと待ちなさい。貴方は言葉が足りないのよ。すみません、公女殿下、実は私達のバンテ社長がソフィア様と懇意にされておりまして、離宮から外に出る隠し通路がある事を教えて貰っているのです。そこからは町の外にある王墓に出られるそうです」


 そんな物があるなんて初めて聞いたが、それが事実なら確実に脱出することができるだろう。


ようやく納得すると、4人は離宮に向けて走り出した。


 御祖母様が亡くなってから離宮は無人でどうやって中に入るのだろうと心配になったが、獣人達は何故か入口の鍵を持っていて呆気なく中に入っていった。


「ちょっと、なんで貴方が鍵を持っているのよ」

「今はそんな事どうでもいいだろう」

「ちょっとハッカル。すみません、社長から渡されました」


 ジュビエーヌは、迷う事も無く目的地に向けて真っ直ぐ歩いて行く獣人達の後ろ姿を見て、ようやく本当に隠し通路があるのを確信した。


獣人達が立ち止ったのは、生前の御祖母様に良く本を読んでもらった図書室だった。


獣人達は一番奥の棚の前まで歩いて行くと、ツィツィの方がなにやらぶつぶつ言いながら奥の本棚に並ぶ本を数えながら押し込むと書架からガタンという音が聞えてきた。


 するとその書架が90度動き、その奥から暗黒の空間が現れた。


 この通路が、郊外の王墓まで繋がっているそうだ。


 中は真っ暗で何も見えなかったがツィツィが呪文を唱えると明かりが灯り、その光が届く範囲で細い通路が続いているのが見えた。


 細い空間を永遠と思えるような長い間歩いていると、やがて通路の先に扉が現れ、狼獣人がさも当然とった仕草で鍵を取り出すとその扉を開いた。


 ジュビエーヌは最早何も言う気が起きなかった。


 王墓の中は、石で出来た小さな部屋になっており微かに据えた匂いが漂っていた。


 王墓に来たのはこれで3回目となる。


 一度目は御母様で、二度目が御祖母様だ。


 ここに来ると、どうしても悲しい思い出ばかりが蘇ってしまう。


 王墓の入口から外に出ると辺りは真っ暗で、隣接されている宿舎は暗く皆眠っているのか物音一つしなかった。


 そのまま壁の外に出ると、ツィツィが小さな光を2回点滅させた。


 すると暗い空間からぬっと馬車が現れた。


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