4-11 公国の崩壊
エドゥアルは、妻の父親であるオルランディ公爵、宰相のバスラー侯爵、魔法騎士団長ヴィッラそれと騎士団長のシュレンドルフ侯爵とで、アイテール大教国からの宣言について検討していた。
「陛下、このアイテールの言っている事は本当なのですか?」
「何を言っているのだ。こんなものは言いがかりだ」
「それではこのジュビエーヌ様を引き渡せという要求は?」
「もちろん却下だ」
エドゥアルがそう強く主張するとバスラー卿が困ったような顔になっていた。
「陛下、前大公の葬儀の際、貴族達は一応の忠誠を誓いましたが、今回の件で再び自分達の主張を言い始めるかもしれません。自分達の利益になるジュビエーヌ様の引き渡しに賛成するでしょう。仮にアイテールと戦となったら、どんな行動に出るか分かりません」
「ふむ、確かにな。シュレンドルフ侯爵、大公派だけで撃退できるのか?」
エドゥアルがそう質問するとシュレンドルフ侯爵は何やら考え込んでいたが、徐に口を開いた。
「ソフィア様の時代、その存在に頼りきっておりました。我が軍はかなり縮小しておりますので騎士団だけでは難しいでしょう。それに公爵派や王配派の勢力が計算できないとなると相当厳しいでしょうな」
やはり戦闘は厳しいか。
何とか交渉で切り抜けられないか?
「アイテールに数名程度の調査団なら受け入れると返答しよう」
「分かりました。その条件で返事をします」
バスラー卿がそう言って、今回の会議を締めくくった。
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ジュビエーヌは、今まで自分に温かい目を向けてきた貴族や騎士それに使用人達が、いつの間にかよそよそしい雰囲気に変わり視線を逸らすようになった事に気が付いた。
それはまるで知らない他人の家になってしまったかのようだ。
ジュビエーヌが通り過ぎた後で、なにやらひそひそと陰口を叩く声が聞こえてくるようだった。
その雰囲気に耐えられなくなり自分の唯一の安息の場所である自室に戻ってくると、そのまま天蓋付きベッドにダイブしていた。
部屋の中に居るのは幼児の頃から一緒にいる専用メイドのマーラと御祖母様の侍女長だったエルメリンダだけだった。
この2人は今でも私への態度が変わらないので、それだけで安らぎを覚えるのだった。
そんな彼女の元に父親であるエドゥアルがやって来た。
「おお、ジュビエーヌ、浮かない顔だな」
「お父様、私は怖いのです。一体何が起こっているのですか?」
ジュビエーヌがそう訴えると、お父様は私を優しくベッドの上に座らせると傍らに腰掛け優しく肩を抱きながら語り掛けてくれた。
「お前は何も心配しなくてよいのだ。後は全て私に任せておけばいいのだよ」
「はい、分かりました」
その時の私を心配する父親の顔を忘れる事は無かった。
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公城アドゥーグで行われている会議は紛糾していた。
それというのもアイテール側からの返答が「期限までに公女を差し出さなければ攻め込む」という内容だったからだ。
しかも今回の会議にはアメーリア派と王配派が会議に参加しているのだ。
当然だが、この2派からは姫を差し出すように強く提案されていた。
「そもそもアイテールの軍事力に敵わないでしょう。この際公女一人で国が救われるのならそれを検討すべきではないでしょうか?」
「そうそう、それが国にとっても領民にとっても最も良い案です。なぜ、それを検討しないのですか?」
「よもや、公女一人のためこの国に災いを齎すつもりですか?」
会議にアメーリア派と王配派と呼ばれる日和見共が加わった事で、議論がジュビエーヌを差し出せの一点張りになってしまったことに今にもキレそうだった。
こいつ等は自分さえよければいいという連中なのだ。
恐らく、外国軍がこの国になだれ込んできても自分の利益のみで動くだろう。
エドゥアルは会議テーブルを握りこぶしで叩いて、ざわついた会議を静かにさせた。
「アイテールに尻尾を振る売国奴はこの場から出て行け。議論の邪魔だ」
エドゥアルがそう言って会議室を見回すと、顔を真っ赤にして怒鳴り合っていた者達が大人しくなった。
国王から売国奴と言われて、それを認める者は居ない。
「それで陛下、今後の事はどうされるのですか?」
「要求を飲まなければ攻めるというのなら、受けて立つしかあるまい。エリアルの防衛に2千、残りは私が率いて出撃しよう」
「畏まりました。それでは」
こちらの手勢は4万2千、想定される対峙場所はウルティア侯爵領内だと思われるので、ウルティア侯爵軍を含めればこちらは5万近くなるだろう。
後はアイテールがどの程度の軍勢で攻めてくるかだ。
エドゥアルが率いるロヴァル公国軍はエリアル南街道を南下し、ウルティア侯爵領とオルランディ公爵領の分岐路にあたる交通の要衝ボロゴシュ要塞に到着した。
ここで義父であるイラーリオ・マウロ・オルランディ公爵の軍勢の到着を待つことになっていた。
2日後、予定通りオルランディ公爵がジュビエーヌの婚約者であるコルラード・デチモ・オルランディと共に公爵軍1万2千、その他にも大公派と呼ばれる貴族軍6千も加わっており、合計1万8千の軍勢と共に現れた。
エドゥアルがオルランディ公爵親子を労っているとウルティア侯爵から使者や到着したと、当番兵が報告にやってきた。
ウルティア侯爵の使者はエドゥアルに謁見すると直ぐにアイテール大教国の動向を知らせてきた。
「アイテール軍およそ6万が国境付近のバルバリ丘陵に現れました。アイテール軍は戦闘工兵を含む常備軍のようです。侯爵は手勢8千を率いて警戒に出ておりますが、陛下の到着を一日千秋の思いで待っております」
「そうか、ご苦労であった。急ぎ侯爵の元に戻り、直ぐに応援に行くと伝えてくれ」
「はっ、ありがたき幸せにございます」
そう言うとウルティア侯爵の使者は帰っていった。
侯爵も味方の8倍弱の軍隊と対峙していればさぞや肝を冷やしているだろう。
直ぐにでも応援に行ってやるべきだ。
エドゥアルが立ち上がろうとした所に伝令兵が飛び込んできた。
「大変です。ルフラント王国軍が、シュレンドルフ侯爵領のチェバル砦に攻め込んできました」
「何だと、それで規模は?」
「それが魔物と獣人の混成軍を率いているらしくて実数は不明です」
シュレンドルフ侯爵の領軍の総数はおおよそ1万。今回エリアルに3千人の領軍を連れてきているので残りは7千という事になる。
そこで百年前の悪夢が頭を過った。あの時も3ヶ国に同時に攻められて、あっという間にエリアルを包囲されたのだ。
ここは少なくとも西はシュレンドルフ侯爵に抑えて貰う必要があった。
「シュレンドルフ侯爵、其方は急ぎ領地に戻りルフラント王国軍を抑えてくれ」
「しかし、陛下・・・」
渋るシュレンドルフ侯爵を説得して西の守りに専念してもらうことになり、侯爵は連れてきた手勢を残して供回りに2人を伴ってフェルダに帰っていった。
エドゥアルは要塞への守備に1千の兵を残すと残り5万9千の兵を率いてウルティア侯爵領に向かって進軍を開始した。
バルバリ丘陵でウルティア侯爵軍と合流したロヴァル公国軍は総数6万7千となり、アイテール軍6万に数の上では上回っている。
対峙しているアイテール軍に動きは無く、何かを待っているような感じだった。
それが遅れている部隊を待っているのか、それとも状況が動くのを待っているのかのどちらかだろう考えられた。
するとオルランディ公爵の伝令兵がやってきて、東の国境をバルギット帝国軍が侵犯したと最悪の報告を行ってきた。
侵入してきたのはウルバーニ伯爵領であり、その領都トリックはエリアル東街道の終点となる重要拠点だった。
エリアル東街道は、アメーリア公爵の領都アビラールを中継地点として公都エリアルに続く街道だった。
問題はウルバーニ伯爵もアメーリア公爵も今回アイテール大教国の提案を受け入れるよう進言してきた連中なのだ。
下手をするとそのままバルギット軍を受け容れ兼ねない。
こちらに来た貴族のうち、東側に領地を持つ者達に動揺が走っていた。
何とか落ち着かせようと今後の方針を決定することにして、ここは一度アイテール大教国側と和議を結びバルギット帝国軍を撃退するという事に話が纏まったところで、伝令兵が慌てて駆け込んできた。
「ほ、報告します。本日未明、ドーマー辺境伯の軍勢が公都エリアルを襲撃し、占拠したとの事です」
「「「なんだと」」」
状況は最悪だった。3方から国を攻められ、なおかつ、国内の反乱分子に公都を占拠されたのだ。もはや絶望的状況だった。
動揺が広がり浮足立った味方に、対峙していたアイテール大教国軍が好機とばかり、津波のような勢いで襲い掛かってきた。
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