4-10 秘薬への執着
ヌメイラにあるルーセンビリカの本部では、ここのトップであるフリュクレフ将軍が目の前のテーブルにある豪華な装飾を施された小瓶の中に入っている赤色の液体をじっと眺めていた。
これはパルラと言う町に潜入させている「パロット」から渡されたエクサル草を材料にして黄金館の魔法使い達の手で作られた試作品だ。
中の液体は魔力感知で見ても高い魔素量を含んでいるようだった。
エリクサーには若返らせる効果あり、最悪の魔女の呪いにより早死にしてしまう皇帝の寿命を延ばす効果があると言われているのだ。
だが、その原料となるエクサル草は7百年前に魔女が消滅した時に絶滅したといわれていた。
皇帝に献上する前に人体実験が必要だが、この件は極秘事項なので知る者は少ない方が望ましい。
被験者として一番良いのがあの宮廷の爺さんなのだが、非常に猜疑心が強くて私が勧めても絶対飲まないだろう。
それに他の連中も、今まで騙されてエリクサーを飲んだ被験者がどうなったのか知っているので絶対飲まないはずだ。
治癒ポーションは青色なので、目の前の赤色の液体を治癒ポーションと偽っても誰も信じないだろう。
「仕方がないわね。私が飲んでみるわ。貴方達、私に何かあったら宰相に報告しておいてね」
「え、あ、はい」
試作品を作成した2人の魔法使いは少し戸惑った表情をしていたが、直ぐに了承した。
ソフィは瓶の蓋を開け覚悟を決めると一気に飲み干した。
するとソフィの全身が一瞬白く輝き、長年付き合ってきた肩こりが解消していた。
そこではっとなって手鏡で自分の顔を見るとうっすらとあった皺が消え、まるで10代前半のような綺麗な肌がそこに映っていたのだ。
そして左の二の腕と右の太ももにあった古傷も綺麗に消えていたのだ。
ソフィはこの古傷のせいで夜会で着るドレスの種類が限られていたが、これからは肌を露出する大胆な服も着る事が出来そうだ。
「上出来ね。これで陛下に報告出来るわ」
ルーセンビリカの本部と帝城ラトゥールまでの間は歩いても10分程度なのだが、当然ソフィは歩いて行くことは無い。
専用馬車に乗るとそのままラトゥールの正面入り口に乗り付けると、そのまま皇帝執務室に向かった。
ルーセンビリカは皇帝直轄の組織でありソフィの上司は皇帝陛下ただ一人なので、直接会う事が可能だった。
バルギット帝国の現皇帝プロスペール・ロック・バルギットには3歳まで生きられた子供がいないため今は世継ぎが居ない状態だった。
このため側近たちは国中から適齢期の女性を集め皇帝の夜伽を求めているが、皇帝はあまり乗り気ではなかった。
後で皇帝が「あいつら俺の事を歩く生殖器とでも思っているのか」と零していたのを小耳に挟んでいた。
このままでは御3家の筆頭であるアブラームの長子リュカ・マルタン・アブラームが次期皇帝になってしまうが、あの男は間違いなく暗君になるだろう。
そのため今回手に入れたエリクサーは皇帝の寿命を延ばす特効薬となるのだ。
「陛下、朗報です」
「ソフィ、随分嬉しそうだな」
「お喜びください。エリクサーを手に入れました」
ソフィがそう言うと途端に皇帝の顔が厳しい物に変わり、大きなため息をついた。
「お前も知っているだろう。今までその話題で何度煮え湯を飲んだと思うのだ」
「今回は本物です。私も一本飲んでみましたが効果は絶大でした」
そう言って赤い小瓶を皇帝に見せた。
皇帝はその小瓶を手に取ると空に翳してみたり、小瓶の底を調べてみたりしていたが、鋭い視線をソフィに向けてきた。
「お前はこれを飲んだのか?」
「はい、肌艶が良くなり、古傷が消えました」
そう言うとソフィは自分の左腕を捲って二の腕を皇帝に見せてみた。
皇帝はソフィの左の二の腕に古傷があるのを知っているからだ。
それを見た皇帝は驚きの表情になっていた。
「ほう、それは本当に効きそうだな?」
「はい、私が人体実験をしましたので大丈夫です」
「それで、この薬はどれほど手に入れられるのだ?」
「これは先方から提供されたサンプル品です。相手はこちらとの交易を希望していますので、食料等と交換で手に入れる事が可能です」
「ほう」
そう言うと皇帝は手にした小瓶から赤い液体を飲み干した。
すると皇帝の体がうっすらと光り、ソフィの目にも皇帝が少し若返ったように見えた。
皇帝もその効果が分かったようで驚いた顔をすると、空になった小瓶を見つめていた。
「・・・おお、これは本当に効くようだ」
「そのエクサル草は何処にあるのだ?」
「ロヴァル公国のパルラという町です」
すると皇帝はニヤリと悪い笑顔になると違う方向に向けて声を掛けた。
「それは僥倖、そうだな、マルセル」
「はっ、パルラとはドーマー辺境伯領にある町で、辺境伯とは我がアブラーム派のフランブール伯爵が懇意にしており、此度はパルラを不法占拠している不届き者を懲罰するのに手を貸してほしいと言われております。今ならアイテールも兵を動かそうとしておりますので、邪魔をされることなく目的を果たせそうです」
そこで皇帝の口角が上がった次の瞬間、話の運び方を間違えた事に気が付いた。
いきなり攻め込むという話にすり替わったのに面食らい、もう一度確かめてみる事にした。
「お待ちください。パルラでは我々との交易を望んでおります。攻め込まなくても入手可能なのに何故攻め込まれるのですか?」
陛下にそう言ったのにそれに答えたのはオーリクだった。
「フリュクレフよ、陛下の命運を他国に握られる訳には行かないだろう? そんな簡単な事も分からないのか?」
オーリク公爵家は現時点で帝位継承権第2位のマルセル・ロイク・オーリクを擁している。
今回、この作戦で戦功を立て陛下からの覚えを確かな物にしたいのだろう。
尊大で、格下の者を蔑む男だ。
「よし、良く言った。それではお前に命じよう。しくじるなよ」
「ははっ」
「陛下、お待ちください。ロヴァルには獅子の慟哭があります。安易に行動を起こしては百年前の二の舞になる危険がございます」
「言葉が過ぎるぞ、フリュクレフ。それに今の我が軍にはカタパルトがある。赤色魔法の詠唱を始めたら魔法の発動までに仕留められるさ」
ソフィはしたり顔で顎髭をしゃくるアブラームの顔を見た。
その眼は、明らかにこちらを見下していた。
陛下との謁見を終え、ソフィは帝城の食堂でやけ食いをしていた。
少し考えれば分かる事ではないか、皇帝からすれば自分の生命線を他国に握られるなんてことは絶対に許容できないという事に。
問題はエクサル草の入手方法をパロットも知らない点だ。
対応を誤れば二度と手に入らない危険性があり、それよりもあのエルフを敵に回しても良いのかという点も気になっていた。
だが、ソフィは皇帝の命令に逆らう事は出来ない。
パロットを通じてエクサル草の捜索を行わなければならなかった。
分厚いフィレステーキ肉にナイフを入れ一口サイズに切り分けると、フォークを差して口に運んだ。
柔らかい肉が口の中で溶けて行くようだった。
そしてパンも蜂蜜入りの高級品だ。
それをちぎって食べると蜂蜜の甘い香りが口の中一杯に広がっていった。
食事を終えてデザートの果実を頂いているとテーブルに影が差し、開いている席を引く音がした。
「こんな所にいるなんて珍しいね」
「陛下のためにエリクサーを手に入れたのよ」
「何だって、それは大手柄じゃないか」
そう言って快挙を喜ぶガルの顔を見ても、ちっとも心が晴れなかった。
「なんだい? そんな渋い顔をして」
「それが色々あるのよ」
戦略物資を自分の管理下に置くというのは間違ってはいないのだが、今回は相手が悪いのだ。
この気の置けない幼馴染の顔を見つめていると、前に最悪の魔女の外見を聞かれた事を思い出した。
そして黄金館の報告書にあった記述と、パロットから送られてきた報告書の内容が一致している事に気が付いた。
「ねえ、ガル。貴方、前に最悪の魔女の外見を聞いたわね。その後、何処かで会った?」
「いや、会えなかったよ。アレはカルメに二度と現れなかったよ」
やはりそうか。
金髪に赤い瞳をした魅惑的なエルフ。
カルメからパルラに移動したという事ね。
考え事から戻ってくると、目の前にはガルの顔があった。
「ソフィ、相変わらず君は分かりやすい顔をしているね。最悪の魔女について何か知っているんだろう?」
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