4-7 王墓への侵入者
ソフィア・ララ・サン・ロヴァルの棺が納められた日の夜は、墨を流したように真っ暗で虫も鳴かない静かな夜だった。
その暗闇に潜む黒い影が目の前に僅かに見える壁に三又になった鉤爪を投げ上げると、爪が壁を捕えたカチリという音が聞えてきた。
黒い影は爪がしっかりとかかった事を確かめると、慣れた動きで音も無く登っていく。
それからしばらくして上の方から小さな光が2回点滅すると、間もなく固く閉じられていた扉が軋み人一人が通れるくらいの隙間が開いた。
その隙間を黒い影が次々とすり抜けていった。
影達は良く訓練されているのか誰も何も喋らない。
意思表示は全てハンドサインで行われていた。
そして向かった先は宿舎がある建物で、住民は皆寝静まっているのか物音一つしなかった。
影達はお互い頷き合うと、手に持った何かを宿舎の中に放り込んだ。
その時突然後ろから声を掛けられて一瞬動きが止まったが、直ぐに懐に忍ばせた投げナイフを投げた。
+++++
俺はあおいちゃんから送られてきた連絡蝶の指示に従い、王墓と呼ばれる場所の上空まで来ていた。
墓守が寝静まった後と指示されていたので、周りは真っ暗で何も見えなかった。
魔力感知を使っても良かったが、せっかくあおいちゃんに暗視魔法を教えて貰ったので使ってみる事にした。
すると暗視ゴーグルで見るような光景が眼前に広がった。
やがて四角いコンクリートの建物のような物と宿舎のような建物、それを取り囲む壁が見えてきた。
あおいちゃんからは鍵を預かっているので中に入るのは簡単だが、良く見ると扉が少し開いていて、そこから数人の人影が中に入ってくるところだった。
どうやら俺と同じ目的を持つ人達が居るようで、侵入者は王墓の隣にある宿舎に行くと何かを中に投げ込んだのだ。
これは拙いな。
「お前達、そこで何をやっている?」
声を掛けると侵入者は一瞬動きを止めたが、直ぐに振り向きざまに誰も居ない空間に向けて投げナイフを投擲していた。
そこじゃないんだなあ。
俺は5m程の上空を滞空しているので、ナイフは俺に足元の遥か下を通過していった。
そして敵対行動を確認できたので、石礫を雨あられとお見舞いしてやった。
藍色魔法でも連射されたら相当のダメージを与えるはずなのに、侵入者共はフラムという魔法の盾で防いでいた。
全くあの盾は標準装備品なのか?
どいつもこいつも、なんであの盾を持っているんだ?
本当にうっとおしい。
直ぐに散開した敵が俺に向けて青色魔法の水弾や風刃で攻撃してきたが、こちらも魔力障壁があるので全て弾いていた。
時折飛んで来るナイフも、暗視魔法で動きが丸見えなので問題無く回避できた。
だが、こちらの攻撃も的確に防いでいることから、敵からもこちらの動きが見えている事は確かだ。
この暗闇の中、相手からもこちらが見えているという事は、魔力感知か暗視のどちらかを使っているはずだが、魔力感知では攻撃のタイミングまでは分からないはずなので暗視の可能性が高い。
それに敵側にはかなりの人数が居るのに、攻撃魔法が土、風、水に偏っているという事だ。
暗視魔法は周囲の光を増幅するので、火炎系と電撃系を使うと魔法陣から魔法が発動した瞬間強い光で目が眩んでしまうデメリットがあった。
そのため俺も石礫で攻撃しているのだ。
そこで良い事を想い付き、その結果を思い描いて思わず口元が緩んでいた。
含み笑いを堪えながらテクニカルショーツに手を突っ込むと、そこからスリングショットと白色の弾を取り出した。
スリングショットで敵の手前の地面を狙い白色の弾を発射すると、暗視魔法を解除して瞼を閉じた。
直ぐに閉じた瞼が明るくなるのを感じると、地面から「目が、目が」と言う声が複数聞えてきた。
再び暗視魔法を発動させて地面を見ると、そこには目を押さえて転げまわる侵入者達の姿があった。
暗視魔法で光源を増幅しているところで、閃光をまともに見たらそうなるだろうな。
そしてあれだけの騒ぎだったにも関わらず宿舎から墓守達が出て来ない事に不安を覚えたが、中を覗くと皆寝息を立てていた。
転がっているのが暗殺者じゃない事が分かったので、こちらの作業の邪魔をされないように遠ざけておくことにした。
土人形で護送用ゴーレムと作業用ゴーレムを造ると、地面に転がっている侵入者を護送用ゴーレムの檻の中に放り込んでいった。
侵入者は作業用ゴーレムに掴まれると途端にナイフを出して反撃してきたが、ゴーレムは意に介さずそのまま作業を続けて行った。
そして全員を檻の中に収監すると、護送用ゴーレムに全速力で東に向けて走り魔力が切れたところで自己崩壊するように命じた。
全速力で走らせると魔力消費も尋常じゃないので、この国を越えて他国まで到達した辺りで魔力が尽きると想定された。
これで邪魔者が居なくなったので、さっさと仕事を済ませる事にした。
あおいちゃんから預かっている鍵で王墓の扉を開け中に入った。
王墓の中は暗闇が広がっていたが暗視魔法で通路は見えるので、そのまま階段を下りて行き31という番号が付いている扉の前に辿り着いた。
この扉の向う側が目的の場所だ。
鍵を開けて中に入ると、そこには重厚な石造りの棺が安置されており蓋の上にはこの国の国旗が被せてあった。
重たい石棺の蓋に重力制御魔法を掛けて軽くしてから取り外すと、中に入っている人物は青白く死んでいるようだった。
「あおいちゃん、もう起きても大丈夫だよ」
そう声を掛けると、それまで死人のようだった顔に徐々に生気が戻って来た。
そして瞼が震えゆっくりと目が開くと、瞳が俺を捕えた。
「酷い気分だわ」
棺の中から、ややかすれた声が聞えてきた。
そりゃそうだろう。
今まで仮死状態になっていたんだから。
「お目覚めですか白雪姫、いやこの場合はジュリエットと言った方がいいのかな?」
「ジュリエットは止めて、此処であなたと死ぬつもりはないわ」
「ああ、そうですか。ならいい加減そこから出て来てくれないか?」
「貴方、女にもてないでしょう?」
俺はあおいちゃんの一言で、直ぐにシェリー・オルコットの事を思い出して嫌な気分になった。
あおいちゃんは棺の中で片手を上げて待っていた。
その手の意味は分かったので、しぶしぶ棺に近づくとそこから出られるようにその手を取った。
「これでいいですか、お姫様」
「あら、最初からそうすればいいのよ。さ、行くわよ」
どうやらあおいちゃんは低血圧のようで、寝起きの機嫌が悪いようだ。
あおいちゃんは、さっさと出口に向けて歩いて行ってしまった。
俺はそんなあおいちゃんが出て行った方向を見て苦笑いをすると、持って来たずた袋から白骨を取り出すと棺の中に入れていった。
「あんたもあそこで放置されているよりも、ここで永眠した方がいいだろう。じゃあなゆっくり休みな」
俺は白骨にそう言葉を掛けると、あおいちゃんの後を追いかけた。
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