4-6 国葬
エリアルの町には前大公の葬儀に参列するため、貴族達が続々とやって来ていた。
4つある門では貴族の馬車を優先して招き入れるため、待たされる商人や冒険者等から不満の声が上がっていた。
前大公は色々な改革を実施した実力者であったことから、町中に人々もその死を悼み喪に服していた。
そんな中、忙しい思いをしているのが宿屋で、地方から行商のついでに最後の姿を一目見ようとやって来た商人やその護衛の冒険者、それに各地に葬儀の模様を語って聞かせる語部である吟遊詩人等が集まって込み合っていた。
そして儲けるチャンスと見た宿屋が宿泊費を値上げした事から、常連客との間で喧嘩になっていた。
そしてエリアルの貴族街ではアメーリア公爵の館に公爵派の貴族達が集まっていて、その中にはドーマー辺境伯の姿もあった。
集まった貴族達は次期大公レースで負けていたが、女狐が死んだ事で再びカッサンドラを押す声が大きくなっていた。
「このままジュビエーヌ殿に大公職を明け渡すのですかな?」
「左様、左様、既に大公派は大きく力を削がれております。ここで巻き返さなくて何時やるのか?」
「日和見主義共を切り崩してこちらの陣営に引き入れれば、まだ逆転の目があるのではないか?」
ドーマー辺境伯は貴族共が気勢を上げる中、ゆっくりとアメーリア公爵の方に近づいて行った。
公爵は周りの貴族共から持ち上げられて、ご満悦といった表情をしていた。
その視線がゆっくりとこちらに向いてきたので、軽く一礼すると予想通り声を掛けてきた。
「これはドーマー辺境伯、今日は長耳娘を連れていないのですかな?」
「ええ、今日の主役は公爵殿ですからな。私のような者が目立つわけにはまいりません」
「それは残念ですな。妖精種は居るだけでも華になりますからな」
「公爵一つお伺いしますが、カッサンドラ様を大公職に付けるチャンスがあったらその幸運を掴まれますかな?」
公爵は一瞬目を見開いたようだが、直ぐに何時もの人を食ったような顔に戻っていた。
そして興味を失ったのかフロアの方に視線を移すと、ドーマー辺境伯の横を通り過ぎる瞬間そっと声を発した。
「伯がその幸運を運んできてくれるのなら、喜んで掴もう」
そう言うと、他の貴族達の対応をするため離れて行った。
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第31代大公であるソフィア・ララ・サン・ロヴァルの葬儀は、離宮の大広間で行われた。
棺は部屋の奥に台座を設けその上に安置されており、周りには沢山の供花スタンドが置かれていた。
そして背面の壁にはソフィア・ララ・サン・ロヴァルの似顔絵があり、その顔は齢百を超えた老女の物ではなく若々しい姿をしていた。
葬儀はディース教のアーネル司祭が執り行っており、王家の席には大公のエドゥアルとその子ジュビエーヌそれにクレメントの3人が座っていた。
出席した貴族達は臨時に用意された椅子に座り、男は黒いマントを女は黒い飾りの無いドレスを着ていた。
そしてアーネル司祭が執り行っている儀式が終わると、次は大きな聖杯の中に山盛りになったテロスの実を棺の中に入れて行く事になる。
この実は微量の魔力を吸収する特性を持ち、死んだ人物がアンデット化しないよう願いを込めて棺の中に入れていった。
平民はアンデット化しないように焼くのだが、貴族や裕福な商人等はこうやって死者を葬るのが慣例になっていた。
最初に行うのは現大公エドゥアルで、聖杯からテロスの実を1つ摘まむとソフィア・ララ・サン・ロヴァルの棺の中にそっと入れた。
その後は、ジュビエーヌとクレメントの2人の王族が続いた。
そしてエドゥアルが貴族達が座る方に向き直ると、ゆっくりと視線を巡らせてから次の命令を発した。
「これから3年後、ここに居るジュビエーヌが第33代大公に就任する。それに同意する者は、聖杯からテロスの実を取り31代大公の棺の中に入れよ」
その指示に公爵派の貴族達が一瞬固まったようだが、動揺する素振りは見せなかった。
これは第32代大公が亡くなった時にも行われた宣言で、あの時はソフィアが再登板することを貴族達に同意させたのだ。
誰も声を発しない中、アーネル司祭が儀式を促すため口を開いた。
「それでは皆様、31代大公様へのお別れをお願いします」
貴族達が儀式を行う順番は、ソフィアが作った貴族年間の順位どおり行われるので、最初に動いたのはオルランディ公爵夫妻だ。
誰も不満を言わない中、式は粛々と行われ最後の貴族が席に戻る頃には棺の中は沢山のテロスの実で埋まっていた。
沈黙の中、ジュビエーヌを次期大公に認めさせたエドゥアルは満足そうな顔をしており、それを強制させられたアメーリア公爵は渋い顔になっていた。
その後は教会関係者の手で棺が閉じられると、後ろで待機していた人足のよってキャスター付きの台車に乗せられた。
棺はそのまま外に待機している馬車に運ばれるので、それまで参列者は席に座ったまま見送る事になる。
外に出された棺は天蓋の無い馬車に乗せられ、王家の墓まで運ばれるのだ。
棺が馬車の乗せられると離宮から出てきた3人の王族が同伴するため、王族用に用意された馬車に乗り込んだ。
王墓に向かう馬車の前後には護衛の騎馬がずらりと並び、中央に棺を乗せた馬車、王族の馬車そして副葬品を運ぶ馬車が続き、離宮から出て北門を目指してゆっくりと移動した。
エリアルの民衆には前大公の棺が通るルートが知らされており、ルート上に当たる通りの両側にある建物では、前大公の棺を見下ろしてはいけないと通達があったので2階以上の窓は全て閉められていた。
そして通りには等間隔で騎士達が配置され、市民はその騎士が守る規制線の外側で葬列が通るのをじっと待っていた。
そして棺を乗せた馬車がやってくるとそれまでざわついていた沿道は皆押し黙り、最後の別れをするためじっと棺を見つめていた。
大魔法使いロヴァルから数えて31人の大公の棺を納棺してある王墓は地下に造られており、地上にはその入口と墓を守る墓守達の宿舎があり、その周りには侵入者を阻む壁が作られていた。
北門を抜けた葬列はその先にある王家の墓に到着すると、壁に唯一ある門は既に開けられていて葬列が通れるようにしてあった。
葬列が通り過ぎるまでの間、門番をしている墓守はずっと頭を下げて見送っていた。
そして地下墓地への入口まで到着するとそこにも墓守達が待っていて、棺を運び込むため待ち構えていた。
地下墓所の中に入れるのは王族の3人と墓守だけなので、護衛の騎士達は周辺の警備を行うため散開していった。
墓所の中はがらんどうな空間になっており、その中央にぽっかりと地下に降りるための空間が開いていた。
地下に降りて行く階段には、足元を踏み外さないように等間隔で明かりが灯されていた。
棺を運ぶ墓守達は慣れた足取りで地下に降りて行くとその先は長い通路があり、その両側には番号が付けられた扉が続いていた。
そして墓守達は31番の番号が振られた扉を開くと、その中に棺を安置した。
石の台座の上に置かれた棺には、ロヴァル王家を示す赤色蝶を描いた旗が被せられた。
王族の3人は最後の別れを告げると、棺を納めた部屋は施錠された。
王家は本日から7日間、喪に服すことになる。




