4-5 前大公の死
リエトはエリアルにある刀専門の鍛冶店で鍛冶職人をしている職人である。
リエトの自慢と言えば娘のブリジットがエリアル魔法学校の魔法科に入学出来た事だ。
今日もリエトは酒場に行って飲み仲間に娘自慢をするのが楽しみなのだ。
だが、今日酒場に来ると、酔客達は意外な話題で騒いでいた。
それはソフィア様が人ではないという話だった。
リエトがそんな馬鹿なと思ったが、聞こえてくる話には納得できる部分もあった。
確かにソフィア様は60歳という人間の平均寿命を大きく超えているが、今でもお元気なのだ。
それに先帝陛下の代になってから突然亜人との共生を言い始めた事や、それまで自分達の文化になかった食べ物を広めようする等、おかしな政策も多かった。
だが、リエトにとってソフィア様は平民に学べる場所を提供してくれた恩人であり、努力すれば出世できる環境を整えて下さった御方なのだ。
感謝こそすれ疑うなんてことは出来なかった。
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大公執務室では大公職を押し付けられた形のエドゥアル・ピネー・アメーリアが宰相のラファエル・クレーメンス・バスラー侯爵と市井の噂について話していた。
「ラファエル、近頃義母様のよからぬ噂が広まっているというのは本当なのか?」
「はい、もしかしたら他国の間者がエリアルに入っているのかもしれません」
「それにしても既に引退した義母様の悪い噂を流しても意味があるのか?」
「陛下、前大公様には「獅子の慟哭」があります」
「ああ、そうか・・・」
エドゥアルは第32代大公ラヴィニア・ラーラ・サン・ロヴァルと結婚した時、百年前の3ヶ国連合軍を壊滅させた赤色魔法の秘密を聞いたのだ。
赤色魔法は膨大な魔力を消費するため、魔宝石や詠唱を組み合わせてもとてもその魔力量を生み出すことが出来ない。
獅子の慟哭はそれを可能とする程膨大な魔力を蓄積するのだが、どういう訳かこのマジック・アイテムは義母様にしか使えないそうだ。
その話が本当だとすると義母様はロヴァルの呪いが発現していない事になるが、その理由は不明だった。
問題なのは次代の大公となるジュビエーヌが、ロヴァルの呪いで魔法が使えない事だ。
それでも他国には「獅子の慟哭」を使えばジュビエーヌでも赤色魔法が使えると信じ込ませなければならないのだ。
ジュビエーヌが大公になるための障害は全て排除しておかなければならない。
「今は微妙な時期だ。即刻その噂を撒いている者共を捕えよ」
「はは、畏まりました」
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ジュビエーヌは弟を伴って離宮に急いでいた。
ついに恐れていたことが現実になってしまったのだ。
前回お見舞いに行った後、父親達がお見舞いにやって来たのでそれ以上話が聞けなくなり、ユニスというエルフが何処に居るのか教えて貰えなかったのだ。
離宮に到着すると、そこにはエルメリンダが暗い顔をして出迎えてくれた。
その顔を見れば悲報が本当だったことが嫌でも理解できた。
エルメリンダに案内された寝室はカーテンが閉められていて薄暗く、病人特有の匂いを消すために設置された大きな花瓶に生けられている花の香りが部屋に広がっていた。
さほど広くない部屋に大きな天蓋付きベッドがあり、そこにこの部屋の主人が眠っていた。
その顔はとても穏やかで眠っているようにも見えたが、生気が無いのは一目で分かった。
だがそれを認めたくない弟が御祖母様に声を掛けていた。
「御祖母様、もう昼ですよ、起きてください」
ジュビエーヌはそんなクレメントを優しく抱き寄せると、優しく背中を撫でてやった。
「クレメント、御祖母様にお別れをするのですよ」
御祖母様へのお別れが済むとエルメリンダがお盆を持って待っていた。
そのお盆の上には御祖母様が肌身離さず持っていた「獅子の慟哭」と呼ばれるマジック・アイテムが載っていた。
「ジュビエーヌ様、こちらをお持ちください」
ジュビエーヌはこれが御祖母様の形見なのだと理解していた。
少し震える手で獅子の慟哭を手に取ると両手で握りしめた。
公城アドゥーグの3階にある私室のベッドに横になったジュビエーヌは、形見として受け取った「獅子の慟哭」を眺めていた。
御祖母様はこの「獅子の慟哭」がある限り何時でも赤色魔法を放つ事が可能だと周囲に信じ込ませたので、百年の間平和が保たれていた。
私はその嘘をあたかも真実だという演技を続けて行かなければならないのだ。
だが、実際問題として生活魔法も使えない私にそれが可能なのだろうか?
「ああ、御祖母様、ユニスというエルフは何処に居るのですか?」
エルメリンダにも聞いてみたが、あの有能な侍女長も知らないようだった。
ユニスというエルフを探して味方に付けるというのが、御祖母様から与えられた最後の課題だ。
私の代わりに赤色魔法を撃ってくれる大魔法使いさんは一体何処に居るの?
「願わくば、その人物が国内に居てくれますように」
ジュビエーヌは獅子の慟哭を両手で掴み胸元で抱きしめると、そう祈りの言葉を呟いた。
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妻を失い、今また義母を失ったエドゥアル・ピネー・アメーリアは今後の国家の運営方針を決めなければならなかった。
元々彼はラヴィニアと結婚し王配として陰ながら大公を支える立場だと理解していた。
その妻がクレメントを産んで直ぐに無くなったため楽隠居している義母に再び大公に返り咲いてもらったが、それを良く思わない貴族達からは王権から逃げた臆病者と陰口を言われていた。
それでも自分の能力を理解しているので気にすることはなかった。
バンダールシア大陸の大国と言われる他の3ヶ国と比べてロヴァル公国は軍事力の面で劣っており、今までは義母の赤色魔法でそれを補っていたのだ。
その義母が亡くなった事が伝われば、最悪百年前の仕返しをされる危険があった。
大いなる力を失った公国で国体を維持するには、どうしても貴族達の協力が必要だった。
義母の葬儀を理由にして貴族達を全て公都エリアルに集め、そこで大公家への忠誠を誓わせるのだ。
それから間もなくロヴァル公国の絶対者と言われたソフィア・ララ・サン・ロヴァルの死と5日後に国葬が行われる事が布告され、各地の貴族当主には国葬に出席を命じる連絡蝶が飛ばされた。
そしてエリアル市内には、国葬期間中の夜間外出禁止令と集会の禁止令が出された。
だが集会を禁止されていいても食事のために食堂に人は入るので、そこに集まった人々は当然その話題を話すことになった。
「エドゥアル様がこれからも政をなされるのか?」
「だが、ソフィア様が3年後にジュビエーヌ様が大公になると布告されているぞ」
「そうなんだが、ジュビエーヌ様は若すぎるだろう。どんな政をされるのか分からないからな。それならこのままエドゥアル様が導かれた方がいいんじゃないのか?」
「それもそうだが、他国が攻めて来たらどうするんだ? ジュビエーヌ様はソフィア様と同じように赤色魔法が使えるのか?」
「百年前の話か、だが獅子の慟哭があればジュビエーヌ様でも赤色魔法が使えるから大丈夫じゃないのか?」
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