4-3 衣料の改善1
獣人の元剣闘士は鎖帷子に皮鎧が一張羅にようで、いつもこの格好だ。
ベイン達清掃人は貴族の目に触れるため制服が支給されていたが、それ以外に服は持っていないらしい。
ウジェ達も上下が1つになったツナギ服をいつも着ているが聞いてみるとやはりこの服しか持っていないようで、破けたら自分達で継当てしていた。
そして彼らを見ていていつも感じていた違和感にようやく気が付いた。
獣人達の尻尾が見えないのだ。
「ウジェさん、ところでその服からは見えませんが尻尾はどうしているのですか?」
俺がそう聞くとちょっと困った顔をしていたが、何とか服の中に収めていると教えてくれた。
そう言われて改めてウジェを見ると服がもっこりと膨らんでいた。
それはどう見ても窮屈そうだったので、獣人用の服が必要だと感じた。
それに俺も、この保護外装にあった服とか下着が欲しかったので丁度良いだろう。
娼館に戻ってきた俺はジゼルの姿は、ワンピースだったので服の下から尻尾の先を見つけることが出来た。
聞いてみるとワンピースの下は何も履いてないそうで、服を捲って見せてくれた時は流石に目を逸らしていた。
この世界の平民服はワンピースが殆どで素肌を殆ど見せない服装だ。男性はそこまで極端ではないがそれでも肌を露出する部分は余りない。
まあ、このパルラという特殊な町では女性従業員の服装はチュニックに膝上までのスカートで、賭場にはバニーガールではなく本物の兎獣人が従業員をしていて結構露出していた。
問題はその服が作れる人が少ない事だ。
獣人の女性は娼館で働く元娼婦以外では闘技場に居た泥レスの選手や各店で働いていた獣人も居るのだが、そのほとんどが獣人牧場出身で裁縫等の手習いを教わっていないのだ。
娼館の獣人達も裁縫が出来るのは12人だけで、高度な技術を持っている者はいなかった。
そこでこの町にもリーズ服飾店という服飾店があるのを思い出した。
「ちょっと相談に行ってみるか」
「何処に行くの?」
声がした方に振り向くとそこにはジゼルが居た。
「リーズ服飾店に行ってくるのよ」
「服でも買うの?」
「まあ、そんなところね」
「じゅあ、私も行くわ」
そう言われて、リーズ服飾店で女性用の下着を注文しようと思っていた俺はジゼルの魔眼にどう映っているのか不安になった。
黒髪の男の姿が映っていたら、女性用下着を注文したら完全に変態なのだ。
その一瞬の逡巡で、ジゼルに俺が何か隠し事があると見抜かれてしまった。
「ちょっと、私に何か隠し事があるわね?」
「えっと・・・」
そこでまた女の感が恐ろしいという事を思い出していた。
ここは諦めた方がよさそうだ。
「実は服とか下着を購入しようかと思ったんだけど」
俺がそう言うとジゼルはじっと俺の恰好を上から下まで眺めていた。
「それもそうねぇ・・・」
うん、ジゼルさん、その肯定の意味は何処にあるのですか?
「それじゃジゼル用の服も買おうね」
俺がそう言うとジゼルは下を向いて自分の服を見てから答えた。
「そうねえ。ユニスとお揃いというのも面白いかも」
そう言ってはにかんでいるジゼルはとても可愛らしかった。
こちらの世界にはペアルックという概念は無いのかもしれないが、パルラの町中なら別に違和感はなさそうだ。
リーズ服飾店に買い物に行くのでドーマー辺境伯の館で回収した金貨を保管しているゴーレムに付いてくるように命じた。
リーズ服飾店の裏に回り従業員用の勝手口に来るとドアをノックした。
ここは客を服装でチェックする店なので勝手口の方が安心するのだ。
「ルーチェさぁ~ん、居ませんかぁ~」
「はい、は~い。た、だいまぁ~」
店の中から陽気なルーチェの声が返ってきた。
するとぱたぱたという足音が聞こえてきて、扉が勢いよく開いた。
そして扉から顔をのぞかせた女性は栗毛色の髪の毛をボブカットにして満面の笑みを浮かべていた。
「食料の配給ですかぁ?」
「いいえ、仕事です」
「え?」
ルーチェはキョトンとした顔をして、俺が何を言ったのか理解していないようだった。
仕方がないので再度「お・し・ご・と」と言葉を区切って言うとようやくその言葉が脳の中に染み込んだようだ。
「えぇぇぇぇ」
そんなに驚く事なのか?
それとも俺の外見が亜人だから、仕事は受けられないのだろうか?
「ちょっと、いい加減現実に戻って来てよ。お金ならちゃんとあるから」
ルーチェの肩を掴んで前後に揺らしてどうにかこうにかルーチェを現実に引き戻すと、ようやく店の中に入れてくれた。
そして店舗側にある応接室に入るとそこで仕事の話をすることになった。
ルーチェの隣には少し腰が曲がった初老の女性が居て仕事着の前掛けと指貫を付けていた。
「ユニスさん、それでお仕事ってなんですかぁ?」
「実は獣人達のために普段着を作って欲しいのです。代金もちゃんと払いますよ」
そう言うとちょっと困ったような顔になっていた。
理由を聞いてみると俺はこの町を支配している支配者なのでその服を作ったと言えば社長に言い訳は出来るが、獣人の服を大量に作ると貴族相手の高級服というリーズ服飾店のブランドに傷がつくのでその責任を負えないという事だった。
確かにブランドイメージは重要だ。
日本でもブランドイメージを保つため企業は大変な労力を払っているからな。
「ミナーリさん、この町は封鎖されているのです。この町からリーズ服飾店のブランドイメージを壊す情報が外に漏れる事はありません」
「でもぉ・・・」
「それなら私に強要されたと言えばいいじゃないですか。貴女の社長さんには私から謝罪しますよ」
「でも、貴女がそのぉ・・・」
「ああ、私がドーマー辺境伯に殺されたらですか」
俺がそう言うと図星といった顔をしていた。
この娘は直ぐに顔に出るので隠し事が出来ない性格のようだ。
「それなら一筆書いて代金も先払いします。それならいいでしょう?」
「でもぉ、うちのお店には奴隷用の生地なんて置いてませんよぉ・・・」
確かにリーズ服飾店は貴族向けの高級服しか取り扱っていないのだから、平民用の生地等無いのだろう。
どうしようかと考えていると、隣に居るジゼルがそっと耳打ちしてきた。
「商人の倉庫に生地があったわよ」
それを聞いた裁縫士の女性が口を開いた。
「プライドばかり言ってもしゃあない。仕事があるんなら受けたらいい。それに飯食わしてもらっている恩は返さにゃな」
「ううっ、分かりましたぁ。それじゃあ御受けしますけどぉ、お金は本当にあるんですよねぇ?」
「それは大丈夫ですよ。ちゃんと貯金箱持ってきましたから」
「ちょきんばこ?」
そう言うとミナーリは人差し指を唇に当てて首を傾けていた。
俺は不思議そうにしているミナーリを連れて再び勝手口から外に出ると連れてきたゴーレムを見せた。
それは領主館の地下金庫から回収した金貨を回収して保管しているゴーレムだ。
ゴーレムを作成する時に豚の貯金箱が頭に浮かんでしまい、出来上がったのがこのゴーレムだった。
丸々と太った体に小さく渦を巻いた尻尾、それに垂れた耳に特徴的なあの鼻を持った貯金箱ゴーレムが俺達の方に顔を向けて小首を傾げていた。




