3-26 エルフ達
「む、無傷で解放するんじゃないのか?」
「降伏したのに敵対行動をすれば、それは釈放する前提条件が崩れるわね」
「わ、分かった。もうしないから許してくれ」
「まあいいでしょう。今度おかしな行動をしたら、問答無用で始末しますよ」
「分かった」
貴族殿は、青い顔をした調整士がトラバールに串刺しにされたのを見てかなりビビっているしジゼルも隣で頷いている事だし、もうこれ以上変な真似はしないだろう。
「エルフの枷の鍵を、渡してもらいましょうか」
将軍に言うと、一段上にある座席のボックスから鍵を親指と人差し指で摘まみ上げると、それを差し出してきた。
その鍵を受け取ろうとすると、横合いからトラバールが前に進み出てその鍵を貴族殿の手から捥ぎ取った。
そんなに警戒しなくてもふざけた行動はしないと思うけど、トラバールが俺を心配してくれた行動には感謝するべきだろうな。
そして枷を外して自由になったエルフを俺に渡してきた。
「ほらよ、姐さん」
トラバールに礼を言うと、受け取ったエルフの状態を確かめてみた。
意識はないが息はしているようだ。
試しに霊木の薬液を注入してみると、顔色が少し良くなったような気がした。
俺の行動を隣で見ていたジゼルが、ぼそりと呟いた。
「これって、魔力切れじゃ」
「え、それじゃどうすればいいの?」
「ほっといても自然回復するから大丈夫だと思うけど」
ジゼルのその指摘にエルフの意識が戻るまでの間、操縦室内を調べてみる事にした。
まず操縦席にはハンドルとペダルのようなものがあり、右横と正面に魔法陣のようなものが刻印されていた。
操縦席の隣の席には前後左右に動かせる小さなマニピュレーターが2つあり、頭の部分には親指で押せるボタンが付いていた。
これで2本の前足を操作するようだ。
そして調整士が座っていた席には3つの魔法陣があり、その下の銘板には文字が書いてあった。
それをジゼルが魔力吸収、魔力放出、残量表示と読み上げてくれた。
この大きなゴーレムを動かすには、相当量の魔力が必要なのだろう。
そんな大量の魔力が何処にあるのか、興味が湧いてきた。
「それで魔法の件は分かったけど、このゴーレムを動かす動力は何?」
「そ、それは・・・」
まだ何か隠しているようだ。
俺はトラバールに合図を送ると、トラバールはニヤリと笑うと剣先を貴族殿の喉元に突きつけた。
「分かった。言うから剣を下ろしてくれ」
そして貴族殿は操縦室を出て、先程の格納庫に戻ってくると床下を指示した。
「この下に動力源がある」
そう言ったまま動こうとしないので、自分達で勝手に調べろという事のようだ。
仕方がないので、外に居る獣人達を呼ぶことにした。
獣人達が邪魔な長椅子を外していくと、床下には床板を持ち上げる取っ手があった。
そして床板を持ち上げると、その下から仕切りのある空間に入れられたエルフが現れた。
獣人達が床板を持ち上げて行くとエルフが次々と現れてその数は32人にも上り、その中にはまだ子供のエルフも居た。
サソリもどきから次々と救出されてくるエルフ達は、地面に横たえられていった。
エルフ達は皆銀色の髪に長い耳をしていて体の大きさから大人か子供かは判別できるが、皆ほっそりした体形で凹凸がない事から男女の区別が全く出来なかった。
そんなエルフはゴーレムを動かすための魔力源として使われていたらしく、まるで植物が水不足で萎びているような感じになっていた。
そして意識が無くどうしたものかと考えていると、操縦室に居たエルフの意識が戻ったようだ。
そして目の前に居る俺をみると、途端にあわあわしだした。
「ま、魔女様、復活されたのですか?」
魔女だって?
もしかしてバルギット帝国の町で言われた、最悪の魔女ってやつか?
その疑問に答えてくれたのは貴族殿だった。
「まさか、お前は最悪の魔女なのか? いや、待て、それなら・・・」
そういうと何やら小さな声でぶつぶつ言いながら考え込んでいたが、絶対良くないはずだからここは否定しておこう。
「私は魔女ではありませんよ」
「え、ですが・・・」
「違いますよ」
俺が強く否定すると、エルフは何かを察したのか口を閉ざした。
これ以上余計な事を言われる前に、人間達には消えて貰った方が良さそうだ。
「約束通り貴方達は解放しますよ」
それを聞いた人間達は互いに顔を見合わせてから、街道をダラムに向けて逃げて行った。
逃げる時なにやら叫んでいたが、気にしない事にした。
余計な人間が居なくなったので、改めてエルフに名乗る事にした。
「私の名はユニス。一応この町の支配者よ」
「あ、私はベルヒニアと言います。助けてくれてありがとうございます」
そこで萎びているエルフ達の状態を聞いてみると、魔力切れに近い状態だと教えてくれた。
そしてこのままでも徐々に回復するが、出来れば口から摂取できるもので魔力を回復させてあげたいという事だった。
しかしこんな状態で固形物を摂取できるのだろうかと首を傾げると、そこで一つの解を閃いた。
「町の中にホルスタインが居るから、魔素水で補給した方が良さそうね」
「え、そんな貴重な水を頂いてよろしいのですか?」
「ええ、いくらでも調達出来るから問題ないわよ」
「流石はま・・・ユニス様、水に魔力を込めるのも朝飯前なのですね」
いや、俺が作る訳じゃないからね。
それからまた魔女と呼ぼうとしたよな。
「その魔女というのは何?」
「えっと、ヴァルツホルム大森林地帯の支配者です。7百年前人類と戦って敗れましたが」
「それじゃ私とは違うわね」
「・・・そうですか」
ベルヒニアはじっと俺の顔を見ていたが、やがて目を逸らすとそう言った。
まあ、納得してくれたのならそれでいいのだ。
救出したエルフ達をゴーレムの荷台に乗せ、パルラの町に戻る事にした。
そして帰る途中で、ベルヒニアに掴まっていた経緯を聞いてみる事にした。
それによると、エルフ達はこのバンダールシア大陸の南部にあるノール湖の傍に結界を張って暮らしていたが、結界の中に突然人攫いが現れたそうだ。
全く予期していなかったため、何の抵抗も出来ず掴まったらしい。
そして奴隷商人のオークションにかけられ、辺境伯に奴隷として買われたんだとか。
「それで私達はどうなるのでしょうか?」
そう言われてベルヒニアの顔を見ると、ゴーレム達に放った黄色魔法を思い出した。
「貴女が覚えている虹色魔法を私に教えてくれるなら、隷属の首輪を外して解放してあげてもいいけど、どうする?」
「えっと、それは私だけですか?」
「他の人達にも希望を聞いてみるわよ」
そしてエルフ達に魔素水を与えると、皆徐々に回復していった。
エルフ達がホルスタインから魔素水を飲む姿は、事情を知らない人が見たら乳牛に群がり乳を搾って飲んでいるようで、とても奇異な光景に見えただろう。
それから泊まる場所が無い彼らを娼館に連れて行くと、そこには般若の顔をしたブルコが待ち構えていた。
「それで、その亜人はどうするんだい?」
「えっと、娼館で泊められないかと思って・・・」
「ここは宿屋じゃないんだよ」
まあそう言う反応になるよね。
それにしてもシェリー・オルコットが居ない世界に来たというのに、苦手な女は何処にでも居るものだな。
その後、また高い宿泊費を請求されたのはいつもの事だった。




